第746話 暇なんだけど (叶・桜)

「ねぇ……叶。暇なの」

「うん、知ってる」



 カナタとサクラは自室に居た。

 自分らの兄と姉が凄まじい事をしている最中なのは知らず、カナタは勉強を、サクラは暇すぎるゆえにソファで寝っ転がっているしかなかった。



「今は何勉強してるの? というか、何をどこまで勉強したんだっけ」

「今は獣医学かな。これまで勉強したのは、医学全般、法学、心理学、帝王学、経済学、経営学だよ。それぞれ博士号取得し大学院卒業できるくらいにはしてるよ」

「いつの間にそんなことに……前に聞いた時は医学と法学だけだったのに。さらっと言ったけど、そもそも医学だけですごい種類よね? 全部頭に入ってるんだよね」

「うん、まあね」

「さすがねー」



 サクラは気まぐれに、カナタの隣に座ってもたれかかった。カナタはそんなサクラの頭を優しく撫でる。



「カナタが勉強ハマったらこうなるなんて誰でもわかってただろうしね。そんなことより、暇」

「うん、暇だよね。地球ならやることたくさんあるんだけどなぁ。それに父さんたちまで今回は長くアナズムに滞在するらしいから余計だね」



 ショーやアリム達と違い、やるべきことがない二人はここ数日間暇を完全に持て余していた。

 ゲームもやりつくしてしまったようだ。



「……そうだ!」

「何か思いついたの?」

「うん。旅行いこうよ。ショーさん達みたいにさ」

「旅行かぁ…うん、うんうん! いいかも」



 二人の中でその話はどんどん進んでいた。

 実は、ずっとサクラはその提案をしたかったが、真面目に勉強しているカナタに躊躇して言い出さなかったのだ。代わりに暇だと連呼していたが。

 その行いが身を結んでカナタ自身に旅行を提案させることに成功した。



「で、肝心のどこに行くかなんだけど」

「温泉地とか?」

「たしかに、ここのバーチャル露天風呂以外の温泉も入ってみたいわよね。どこかいいところないかな?」



 トズマホから検索する。

 一発で名所候補がいくつか出てきた。

 その候補達の詳細を見て、サクラは少し眉をひそめる。



「……混浴だらけ」

「でもどこも一応は男女に分かれてる場所あるよ」

「うーん、だけど目玉は混浴らしいじゃない、どこも。私……あの……」

「まあ、桜は一緒に入れないよね。そういうの嫌いだし」

「そ、そうよ! そうそう」

「それにもし、桜が良いって言っても桜を混浴に入れるのが俺は嫌だ」



 本当はカナタなら良いと言おうとしたが、言い切れなかったサクラは、カナタの理解に乗っておくことにした。

 たしかに自分自身も赤の他人に水着姿すら見られるのは嫌だったのだ。



「えへへ、でも男女分かれてることには変わりないし、どこか選んでもいいんじゃない? ……あ、でも私に隠れてこっそり混浴入ったりしたら怒るからね? 女のひとの裸に興味あるのは……年頃だし仕方ないけど」

「いや、別に大丈夫だよ。心配しなくてもいいさ」

「うん、そう答えると思ってた。ふふ、カナタ、信用してるからねっ!」

 


 と言うわけで二人はさらに男女別で入れる箇所がある場所を探し続け、そのうち見つけることに成功した。

 この国内の村にある森の中の天然温泉。

 国の援助金も出ており、しっかりと整備されている。



「決まったね。いつから出発する? 瞬間移動なら日帰りで行けるんじゃないかな」

「……ショーさんとリルちゃんも言ってたけど、それだと旅行してるって感じが薄れるじゃない」

「だよね。馬車で移動しよう」



 話がしっかりと決まった二人は準備もさっさと済ませ、予算は気にしないことにし、有夢にトズマホのメール機能で旅行しに行く旨を伝えてから外に出た。


 馬車乗り場に着き、超高級な二人用馬車を選んで乗り込む。実はショーとリルが全く同じタイプの別の馬車に乗り込んで移動した事を二人は知る由もない。


 

「わぁ……すごい豪華ね!」

「さすがは一番高い馬車だ。色々置いてある。……それにしてもダブルベッド型で良かったの?」

「いいのいいの!」



 添い寝を嬉しがっている事はカナタ自身も知っていたので、それ以上言わないことにした。

 自分自身、添い寝で強く抱きつかれるのに慣れてきたのもある。

 

 ワクワクしているサクラを微笑ましく思いながら、カナタは念のためにベッドを確認。その時に、ひとつ、見慣れないアイテムを見つけた。

 もちろん彼はそれを鑑定する。

 

 そしてその効果を見て、自分の兄と姉や、ショーとリルのような大人な関係に進んだ者たちが、間違いを犯さないために使うものであることを知ったカナタは、柄にもなく赤面。

 サクラに発見されないように慌てて瞬間移動でベッドの下に隠す。



「……ん? 叶、顔を真っ赤にしてどうしたの?」

「ん? ああ、二人きりで日帰りじゃない旅行だなんて初めてだからさ、ちょっと緊張してきちゃって」

「珍しいこともあるんだね。えへへ、これからもこう言うこと増やしていこうね」

「う、うん!」



 うまくごまかせたカナタは心底安心する。

 そして旅行している間はあのアイテムのことは忘れることにした。

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