第626話 幻転地蔵のルーツ

「二人ともどうかしたのか? そんな血相を変えて」



 ラーマ国王が優しくそう尋ねてくるけれど、今は相手にしている暇はない。金剛杵……魔神の封印が施されている武器が、あの幻転地蔵の中にある。

 指を組んだ小さめの石像を、これから数年かけて美花とゆっくり探そうだなんて呑気なこと考えていたけれどそれどころではなくなっちゃった。



「え…あ…いや」

「ああ、あとその石像は頭が蓋となっていて取れるらしい! 曾祖父はそれが若干怖かったようだ。あと、その頭を取るにはこのアナズムの祈りを捧げなきゃいけない。ふむ、別世界の神という概念は違うだろうからな……導者、なかなかやるな。万が一のために封印を解きにくくしたわけだ」



 いつもより反応がいいからか、ラーマ国王は饒舌になって次々と教えてくれる。なるほど、確かに地球とアナズムの宗教の概念は違う。

 そんで持って日本のものであるお地蔵様にキリスト教やら他の宗教のポージングでお祈りする人なんてなかなかいないだろう。

 これはよく考えられた。とりあえずは一安心……じゃない。まてよ。



「ね、ミカ。数週間前にショーが話してたことと佐奈田が話してたこと覚えてる?」

「うん、私もちょうどそれを考えていたところ」



 アナズムに共通する神だから、と、リルちゃんが幻転地蔵の前でアナズム流のお祈りを捧げた際、異変が起きたこと。そして佐奈田によると、その頭が何者かによって外され、放置されていたこと。

 この二つ。



「……やばくない?」

「……やばい」



 どうしよう、やばいということしか言えない。

 つまりもう幻転地蔵の中身はすでに持ち去られている可能性が大きい。しかもつい最近に。



「それでだな、その導者は自らを『ブケ』と名乗っていて………アリムちゃん? ミカちゃん? どうしたんだ、そんな沈んだ顔をして。なにか今、余が話した情報に心当たりでもあるのか?」

「……えっ…あー……その、まあ」



 ラーマ国王にはそんな曖昧な返事しかできない。国王様だったら実家の近所にあるなんて簡単に言えるんだけど。



「顔の沈み方が尋常ではないな」

「す、すいません。今日はもう一旦帰ってもいいですか?」

「……わかった。だがもし何かあれば尋ねてこれば良い。文献も、今我々が研究している歴史書ならば見せてやる」

「あ……ありがとうございます!」



 俺は思わずラーマ国王の手を強く握った。

 こういう、物事を察してくれる人、素敵だと思う。



「じゃ、帰ろ」

「うん! お邪魔しました! また来ます!」



 俺とミカは急いで走り出した。自宅に戻ったからって今の俺たちに何かやれるかとか、そういうのはないけれど、考えをまとめるのは必要だ。

 


「……あの二人、まさかな。とりあえず今日はもう手は洗わない」



 ラーマ国王が何か言ったっぽいけど、さよならかなんかだろう。無視して俺たちは城から出た。



_____

___

_



「さて、二人会議しよう」

「桜と叶君は呼ばなくていいの?」

「カナタは呼んだら真剣に考え始めちゃうからね。こっちで考えがまとまるまで協力を煽るのは待とう」



 とりあえず時間だけならたっぷりある。アナズムという地球のは時間の流れが違う世界が。

 


「それで、今日わかったことをまとめると?」

「幻転地蔵がアナズムで作られたもので、その中に魔神を封印した金剛杵が入っているんだけど、お地蔵様の頭がつい最近取られたから、それが怪しいって話ね」



 怪しいもなにも怪しさしかない。

 しかも、リルちゃんが祈りを捧げた場合、半ば強制的に頭を掴まされた言うじゃないか。

 もしかするとそれは魔神のテレパシーか何かで、もうだいぶ力を取り戻してるとも考えられてしまう。

 それにしても。



「もし、幻転地蔵の中身が取られていたとして」



 とりあえず確認しなきゃわからないから、今はまだあるだろうということも考えておこう。



「持っていったのは誰なんだろ」

「……それがわかれば…なんて、めちゃくちゃ怪しい人がつい最近出て来たじゃない?」

「うん、だね」



 黒いフードを被った、多分男の人。

 アナズムのことも俺たちのことも知っている、本当に謎な人。もし幻転地蔵の中身を持ち去ったのだとしたらこの人が一番怪しい。存在自体怪しいけどさ。



「……なんかこう、一気に色々わかってきたね」

「まだ推測の域だけど、私の勘が言っているわ。的は射ているって」



 俺もそんな気がする。気がするんだけど、いくらなんでもできすぎではないだろうか。こんなにもいくつもの怪奇や偶然がうまいこと重なり合わさって一つのことが判明するのか……?



「とりあえずは考えはまとまったね。みんなにはいつ話そうか」

「明日でいいでしょ。今頃きっと、翔とリルちゃんがイチャイチャしてるわ」

「だよね、邪魔はよくないよ。よくわかる」



 さて……じゃあこれから俺たちはどうするべきかな。二人だけでもなにかしら行動すべきなのだろうか。



「今日のところはどうする?」

「え? 続きしましょ?」

「へ? するの?」



 意外だ。まさかそんなこと言われるなんて_____。



「それはそれ、これはこれ。メリハリは大切よ」

「ただ単にミカが物足りなかっただけじゃないの?」

「……うん」

「まあいいけど」



 本当にこれでいいのかな…。まあ俺たちらしくて良いのかもしれないな。

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