第554話 道化の指

「こんにちは」



 ウルトさんとパラスナさんに会いに行ってからメフィラド城地下牢にアイテムを駆使して忍び込んだ俺は、牢屋につながれている一人の異形な者に声をかけた。 

 この不思議な世界で色んなことがあって姿形がすっかり変わっちゃっているんだよね。



「アリムさんですか?」

「ええ、光夫さん。お久しぶりです」



 疲れ切った表情をしているけれど、特に大したことなさそうな光夫さんは固い拘束(俺が用意したんだけど)の中から顔を上げ、こちらを見た。



「思ったよりキツそうじゃないですね」

「そりゃ…数百年待つより数ヶ月の方が断然マシですから」



 この人は何かのいたずらで呼ばれて数百年この世界に閉じ込められていたわけだからね。実際はほとんど寝ていたみたいだけれど…。



「俺が来たということは、もうそろそろ帰れる時間が近いですよ」

「ええ、承知しております」

「したがって、いくつかこなさなければならないステップがあります」



 俺はお地蔵様を、この暗く冷たい床に置く。

 


「えっと…古く遠い記憶…それはお地蔵様ですか」

「まあ似てるのは形だけですけど、そうですよ。これの上に手を置いてください」



 俺は牢屋の中の拘束具をアイテムマスターの効果で作り出した様々な道具で一旦外し、鉄格子(多分素材はアルティメタル)も捻じ曲げる。



「相変わらずすごいですね…」

「後でまた拘束させてもらいますけどね。今はとりあえずそこに手を置いてください」



 光夫さんは特に疑問を持つこともなく、お地蔵様の頭の上に手を置いた。



「ではまず目をつむり、そしたらメニューが出てくると思うのでそのメニューの『別世界に移動』…みたいな名前の項目があったはずですからそれを選んでください」

「は、はい」



 俺の言った通りの手順を踏んでいるのか、しばらく目を瞑り黙って作業をこなした後、開口してくる。



「あの、なんか別世界に移動が『可能です』とかなんとか…」

「そう、それです。調べたいことはわかりました。それは返してもらいますね」



 指をパチリと鳴らすと無理やり光夫さんの手元を離れ、お地蔵様は俺の手元に戻ってくる。



「それと光夫さんが帰るに当たって、光夫さんの体の一部…それも肉のついてる部位が必要なのですが、すぐ治すので指を一本頂けませんか?」



 お地蔵様をしまいながら俺はそう訊いた。

 まあほんとはリルちゃんみたいに髪の束と歯でも良いんだけどね、指の方が確実な気がするから。アムリタの復活効果。



「な、なんかそんな可愛らしい顔をして怖いことを言うのですね…帰るためなら…わかりました……」


 

 捻じ曲げられた鉄格子の中側から、左手の小指を差し出してくる。俺はそれを痛くないように素早く切断し、事前に用意していたアムリタの一滴をかけてやった。

 切り落とした小指は布に包んでやり、今作り出したこの人の指専用のマジックバックに入れる。



「やはりアムリタはすごいですね。それで…後は俺はどうすれば?」

「あとは時が来るのを待ってください」

「こ、このまま死刑を受けろと」

「はい」



 自分でも信じられないくらいに冷酷にそう言ってしまった。驚いてはいる、いるけれどこの言葉を撤回するつもりはない。



「貴方のせいで俺の一番大事な人は一度死にました。友達もお世話になった人もみんな。生き返ったら良いという問題じゃないんです。その落とし前はつけてもらいます」

「……そうですよね。はい。わかりました…」

「刑が済み次第、貴方をこの小指から生き返らせ、地球に送り返します…が」



 俺は光夫さんの目を見据えた。

 


「この世界でこれだけ人を殺しておいて、地球で犯罪を犯さないなんて言えるんですか?」

「……それは……」

「そこが心配なのですが」



 まあ行きがけに洗脳すれば良いんだけなんだけどね。

 でも犯罪者を向こうの世界に送るわけにはいかないし、なんならもう死刑のまま終わらせても良いんだ。

 慈悲なんてあるはずがない。



「…大丈夫です」

「本当ですね? 俺なら強制的にこちらの世界に送り返すこともできますからね?」

「…はい」



 本当はそんなことできないけどね。まあいつかできるようにはなりそうだけれど。



「ではその言葉は信じて…。今度は帰るときに会いましょう」



 俺は牢屋と拘束具を直し、光夫さんを拘束してからこのメフィラド城地下牢を脱出した。

 もし、もし光夫さんが向こうの元の時代に無事に戻れてラブロングサーカス団の団長に返り咲いたならば、俺とミカでまた見に行こう。

 カナタとサクラちゃん、ショーとリルちゃんを連れて行くのもいいかもしれない。

 近場で開催したときに。


 さて、じゃあ今度こそほんとうに愛しのフィァンセの元に帰りますかね。

 

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