第482話 リルの挨拶 (翔)

「それじゃあ俺達はこれで」



 しばらく談笑した後、有夢達が立ち去ろうとした。



「なんだ? 家の中入っていかないのか?」

「え、だってこれからリルちゃん、翔の両親に挨拶したりするんでしょ?」

「それに、せっかく遠くから彼氏のとこに来たんだから身内だけでゆっくりさせてあげないと」

「「ねー!」」



 なんだろう今日の有夢と美花は。

 全力で俺のことをおちょくってきやがる。

 やっぱり今までの報復か。



「というわけだからリルちゃん。えーっと学校に来れるようなるのはいつからだっけ?」

「3日後からだよ」

「そう、じゃあまたこっちの世界で3日後ね。向こうですぐ会おう」

「お、おう」



 有夢がそう言うと4人はそれぞれ手を繋ぎつつ、人が増えすぎたために親父の部下に守られながら家に帰っていった。



「じ、じゃあ家ん中入るか」

「うん!」



 俺とリルは家の中に入る。

 そういえば今の俺の状況としては両親に彼女を紹介するのと同じなんだもんな。そう考えるとなんか緊張してきたな。



「お、おじゃまシまふ!」



 リルは緊張したような上ずった声でそう言った。

 すぐに母さんの足音が聞こえてくる。



「よーくきたね! まあ上がりなさい」



 そう、ニコニコしながら駆けつけて来た母さんは言った。

 親父が来なかったのを不審に考え、リビングの方が見たが、どうやら親父はいつの間にか来ていた外国人のおじいちゃんと話し込んでるみてーだな。

 あれはリルの孤児院の園長だろう。



「し、失礼シマス!」



 ガチガチになりながらリルは靴をきちんと脱ぎ、かがんで壁際に整える。

 一糸乱れぬその礼儀作法は、そんじゃそこらの日本人より完璧かもしれない。



「礼儀正しいねー」

「な、長い間、ニホンの文化を勉強してきましたかラ!」



 うーん、リルはガッチガチだぜ。

 まあ元々敬語が苦手だったし仕方ないのかもしれないけれど。



「そうなんだ…あ、お父さん。来たよ」

「ああ」



 母さんにそう言われて、おじいちゃんと話し込んでいた父さんはこっちを向いて来た。

 いつもそこそこ厳格な顔をしてる親父だが、今日はそれを無理に緩めてるようだ。



「よく来たね。今、君の話を園長から聞いていた」



 そう言われてリルはおじいちゃん園長の方を見る。

 すごく優しそうな、母性が存在から滲み溢れてるおじいちゃん。

 リルに向かって何かを言い始めた。



「Lil,Eller ikke får fast Greetings?  (リル、ご挨拶はしっかりできたかい?)」

「Ok, jeg tror jeg var i stand til å (大丈夫、できたと思うよ)」



 英語に近いと言うのはわかるが、英語じゃないからさっぱりわからん。

 ちなみにどうやら親父と園長、さっきは英語で会話してたみてーだな。

 園長はそれを聞いてからにっこりと笑うと、座ってた椅子から立ち上がり、



「……ドウカ、オネネガイシマス。」

 


 すごく片言でそう言いつつ、頭を下げて来た。



「こ、こちらこそ。預からせていただきます」

「We will take good care of your daughter. (あなたの娘は大事にします)」



 慌てて母さんが日本語で、親父が英語で返事を返しつつ頭を下げ返した。

 ウンウンと頷くと、今度は園長はリルの方を向いた。



「Lil, kom over hit. (リル、こっちに来なさい)」

「ok (わかった)」



 呼ばれたリルは園長の元へ。

 しばらく二人は会話した後、ひしと抱きつきあうと、すぐに離れた。



「ソレでは、コレで」



 園長はまあニッコりと微笑むと、玄関まで行ってしまった。親父と母さん二人はそれについて行き見送るようだ。

 束の間に、俺とリルは二人きりになった。



「すごくいい人なんだな」

「うん。園長はね、私に関しての記憶がないんだ。正確にいえば、私が本来いない存在であることを覚えていた…って言ったところかな」


 

 リルは人がいなくなった玄関を見つめる。



「でもね、あの人はそんな私でもこの3週間、ずっと、もともと孤児院にいた子のように扱ってくれたんだよ。心から感謝してるんだ」



 ……園長にも記憶が上書きされなかった。

 やはりなにか俺たちに直接関係がある人間は記憶は改ざんされないのだろうな。

 しばらく3分くらいいくらか孤児院での話しを聞いていたら、見送り終わったのか親父と母さんが戻って来た。



「…待たせてすまない。リルちゃん、とりあえずそこに座りなさい」

「わ、わかりました!」



 リルは言われた通りに座る。

 普段は3人しか座らない4人掛けのテーブルのそばの椅子に、俺らと母さん達が対面するように腰かけた。



「とりあえず…。私達がこれから君にとって1年半、日本に永住するつもりならずっと…親代わりとなる。よろしく頼むよリル・フエン。もといリルちゃん」

「わ、わふ!」

「普通に日本語で話してしまっても問題ないんだよね?」

「は、はい!」


 

 リルはまたガチガチに緊張しながら返事をした。

 でも父さんはこういうの得意だからな、すぐに打ち解けさせられるはずだぜ。




 

 

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