第431話 弟と妹 (叶・桜)
「お邪魔して良い?」
桜の部屋の窓から、目に眼帯をして右手に包帯を巻いた叶が入ってきた。
「いいわよ」
「どうも」
さっさと部屋に入り、自分の部屋とこの部屋の窓を閉めた叶はベッドの近くに腰をかけている桜の横に座った。
「……改めて。帰ってこれたね」
「そうね。なんか時間が戻ってるし、お母さん達の記憶が残ってるし…色々思うところはあるけど、無事に戻ってこれた」
そう言いながら、桜は叶との距離を詰めた。
としてもほとんど詰める距離などなかったため、体を密着させたというのに等しい。
「でもまさか、こっちでも目が見えるようになったままなんてね」
「いや、本当に良かったね! 兄ちゃんと美花姉を連れ戻せたし、あの世界とは自由に行き来できるし、うまくいきすぎて怖いくらいだけど」
「そう? えへへ、でもこれでいいじゃない」
桜はとても幸せそうに微笑んだ。
その顔を見て、叶はほんの少しだけ頬を紅く染める。
「あの瓶底眼鏡は今後どうするの?」
「瓶底眼鏡て…。まあ、その通りだけど。あれはそうね。折角だし大切にしまっておく。失くしたはずなのに何故か戻ってきてたからね」
桜は机の上にある眼鏡を指差した。
買い替えは数年に一度しているものの、実質十年近く桜がお世話になっていた代物である。
「それがいいよ」
「うんっ。……ね、ところでこの服…ううん、この部屋自体も地味じゃない? なんかこう、今まで私が選んでたものがこんなに地味だったんだって気付かされたんだけど… …。女子っぽい(?)のは叶がくれたものくらいで…」
二人は部屋を見渡す。
確かに、桜の部屋はものすごく地味であった。
本当に、この年頃の女の子らしい小物や服があるとすれば、数点のみ。
それも全て叶が桜に買ってあげたものばかりだった。
「昔からそう言ってたでしょ? なのに桜は『目が見えないから関係ない』って言って、部屋は余計なものをほとんど置かず、服は一切装飾のない無地ばかり選ぶんだもの」
「えへ…ごめん。これからは、叶に似合うような彼女になるからね」
そう言いながら桜は叶の手を握った。
叶は桜の手を握り返す。
「そんな無理はしなくていいよ。桜は…すごく可愛いから」
「んにゃっ!? ひ…ひょんな事言ったってぇ、ななな、何にもお礼できないからねっ!?」
桜の顔は一瞬で赤くなる。
そんな桜を叶はにこやかな表情で眺めている。
「じょあ…御礼として…。デートしてもらおっかなぁ」
「で…デートっ!」
「うん。兄ちゃん達に会ってから向こうの世界で何回かしたと思うけど、今度はこっちで。だめ?」
桜はブンブンと強く首を横に振った。
2つ結びされている髪の毛が、びしびしと叶の顔に当たるも本人は気にしていないようだ。
「行くっ!」
「よし。じゃあ今度の日曜日に服を一緒に買ったり、水族館に行ったり…カフェでスイーツ食べたりしよう。お金は全部俺が出すよ。いや、出させて」
「はあ!?」
桜は思わず大声を出した。
「ちょっ…叶? こっちの世界は向こうの世界と違ってお金儲けなんて簡単にできないのよ? そりゃあ、確かに私はお小遣いの半分をお菓子に当ててるから…服を買えるお金なんてないけど…水族館の入場代くらいは___」
「チッチッチ…」
叶は指を横に振った。
「これは桜に初めて話すことなんだけどね? 俺は未成年だけど、親に承諾もらって口座を開設して投資活動してるんだ。一昨年から、人生全ての分のお年玉とかを使って」
「はぁ……。成功してるの?」
「さあ。成功してるかしてないかは人によるんじゃない? 毎週、デートのお金を全額払うくらい訳ない…って胸を張って言えるくらいには儲けてるつもり」
そんな自信満々な叶の顔を見て、桜は「ハァ」と一つ溜息をつくと。
「なんというか申し訳なさすぎて…ちょっと…」
「ああ、ごめんね。確かに重いかもしれない。……なら今度のデート、服は目が治ったお祝いってことで俺が買う。スイーツもちょっとカッコつけさせてね。あとは普通に折半しよう」
「…それで本当にいいの?」
「むしろやらせて」
「叶って…貢ぎ癖あるんだね、やっぱり」
「うん、桜にならできる限りいくらでも」
「うぅ…」
即答されたことで、桜はまた顔を赤らめた。
しかし、叶は当然のことを言ったと考えている。
「わ…わかった。どうせもうちょっと払うって言っても、叶は受け付けてくれないんでしょ?」
「うん」
「そ…それじゃあ甘えちゃおっか________」
甘えちゃおっかな、そう言おうとしたその時である。
桜は自分の部屋から対角になっている有夢の部屋の光景が見えた。
それは、あまりにも桜にとって衝撃的で、大人チックな事柄。
「あわわわわっ…わーっ!?」
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