第430話 自宅にて (翔)
「ただいま」
帰って来る途中で、忙しい親父は仕事へ行ったから、二人で自宅へ帰ってきた。
別れ際、親父が少し寂しそうな顔をしてたのが少し嬉しい。
「じゃあ、昼ごはん作っちゃうから」
そう言って母さんは台所に立つ。
「あんたさ…その…アナズムだっけ? そっちで彼女できたんでしょう?」
「お、おう」
「どんな子?」
フライパンを温めている最中に母さんはこちらを一瞬だけ振り向いた。
その顔は妙に期待に満ちてるよう。
「あ…いや、なんつーんだろ。えっと…」
「かわいい?」
「ああ、そりゃあ。かなり。ちょっと犬っぽくてな」
「へえ」
ここからじゃ後ろ姿しか見えねーけど、ニヤニヤしてるんだろうな。
「どっちにしろ、そのうちこっちに連れてくるから」
「それは楽しみにしてるとして……結局どうやって知り合ったの? 叶君の説明じゃ足りなかったんだけど」
「ああ」
まあ、叶君はわざとぼかしたんだが…。
元奴隷だなんて言えねーだろ?
「話したくないとか?」
「うーん…まあ、色々とな。そのうちわかる」
「でも叶君に聞いた限りじゃ、そのアナズムって世界は色々危険らしいから…。大方、あんたが助けた子が懐いたとかじゃないの? 当たってる?」
「………」
……当たってる。
「今の間は図星ね。その子に恩着せてるからって、彼女に迷惑かけ放題してない? 大丈夫?」
「さ…さあ。向こうはどう思ってるかわかんねーけど…迷惑は…あまりかけてない…はず」
ああ、迷惑をかけたりなんかしてねーはずだ。
……大丈夫だよな?
「ふーん、なら良いんだけど」
母さんはこちらにチラリと振り向くと、机の上に置いてある紙を見た。
「んー、ならそれはやめようかね」
「それって、ああこの留学生なんちゃらとか言う奴か?」
「うん」
こんなものがあったなんて知らなかったがな。
孤児の外国人の頭のよく、日本に来たがってる奴を、一定期間引き取るっていう制度。
「やめなくても良くないか? うちの学校に来る予定のやつなんだろ?」
「うーんでもねぇ…その子、同い年の女の子なんだよ。ノルウェーから来るらしいんだけどさ」
の、ノルウェーか。
また意外なとこから来るもんだな。
それにしても女の子ってか。
「やっぱり別に良いんじゃねえか? 俺は気にしねーよ」
「あんたが気にしなくても、そのリルっていうあんたの彼女が気にするかもしれないでしょ」
「あー」
確かに。
リルに女子を居候させることになったなんて言ったら、口では肯定しながらも『わふぅ…』とかつぶやきながら、耳をげんなりとさせそうだ。
だがしかし。
「その子はどうなるんだ? 困っちまうだろ? なら仕方ねーんじゃねーのかな」
「まあ、あんたならそう言うって思ってたけどね。お父さんも同じような結論出してたし」
「そうか」
まあ、親父ならそう言うだろうな。
「ところでその子の名前とかわかんねーのか? 高校二年生で…ノルウェー出身の女ってことまでわかってるんだろ? それ以外の情報は?」
「ああー、今の所、それ以外わかんないのさ。まだ募集の段階だから」
それも驚きだな。
もはや顔写真くらい公開されてても良いと思うんだが。
「まあ、なんにせよ翔はその子に手ェ出したりしたらダメだから」
「手出しなんてしねーよ」
「ほーん、どうだか。有夢君みたいに、ああいう見た目だったらまだ説得力あったかもしれないけど、あんたほら、『漢』って感じしかしないし」
……有夢も大概、男の時は男なんだがな。
顔はああだけど。
「……まあ、そんなことより。次はいつ向こうの世界に行くの?」
母さんはもう飯ができたのか、大きな皿にざざっと盛り付けている。
「あー、明日だな。でも叶君が説明したと思うけど、一瞬で行って一瞬で帰ってくるからなぁ。俺たち以外からしたら」
「それって、二度人生を楽しめるってこと?」
ああー、そうか、そう考えたらそうかもしれない。
俺らの人生は時間的に単純に考えて2倍になったんだよな。
……否、あのアムリタとか言うやつがあれば不老不死も若がえりもなんでもありなんだっけ?
……いや別に不死とかいらねーけどな。
「そうなるかもしんねぇ」
「ほーん、まあまだ全部が信じ切れてるわけじゃないけれど、あんたがしたいことをすれば良いと思うよ、母さんは。その彼女を悲しませたりしなきゃーね」
そう言いながら母さんは盛り付け終わった昼飯を俺の前にことりと置いた。
……俺の好物のキムチ炒飯だ。
「まあ、なんにせよ。何回も言うけど、本当に帰って来てくれて良かったわ」
「ああ、もう心配かけねーからよ」
俺はキムチ炒飯を匙ですくって一口食べる。
真料理の飯とはまた違う、親が作った飯。
ウメェ。
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