第40.5話 狂愛
・有夢が亡くなったのち葬式にて。
「ううう、グスッ…有夢ぅ…」
美花は葬式場で声を殺して泣いていた。
長年、大好きな人が突然亡くなるという現実を心が全く受けつけられないまま泣きじゃくっていた。
「どうじで死んじゃったの…。結婚してくれるって約束したのに………!」
それはもはや12年以上前にした約束だったが、それが絶対な未来だと信じて美花今まで生きていた。
どちらかが告白して…結婚する。
そのうちそれができると、当たり前のように思っていたのだ。
「やだ…やだよ。冗談じゃないのかな? やだよぉ…」
お経が読み上げられる声が響き、美花以外の人間も大勢泣いている中、彼女は深く絶望する。
「お姉ちゃん……」
妹である桜は、そんな美花の手を握り、優しくさすった。
・葬式後1日目(有夢死亡後3日目)
「……………………」
火葬と納骨が終わり、斎場から自宅に帰る途中。
もはや美花は何も喋らない。
涙も、もうこの数日一生分は泣いたのではないかと思われるほど泣き散らしたため、枯れ果てていた。
家族は皆、美花を励まそうとはしない。
美花がどれだけ悲しんでるかがわかっているからあえてのことであった。
家に戻った美花達は、次日が休日ではあったが、それぞれ悲しい日常へと戻る準備をゆっくりとし始めた。しかし美花の気持ちはそれどころではない。
有夢が死んだことが全く受け入れられなかった美花は、有夢との思い出がつまったアルバムを、有夢からもらった人形を、抱きしめながら眺めていた。
枯れていたはずの涙が出る。
もう一度、泣きじゃくった。
・死亡後4日目。
美花の異変はそれから水が浸透するように現れていっていた。
まず、美花は部屋から一切出ようとしなくなった。
桜が美花の部屋のドア越しに聞き耳をたたてみると、どうやら笑ったり泣いたり、一人で感情がコロコロと変化しているようであった。
実際、美花は笑っていた。
「えへへ、有夢、私のこと好き?」
『うん』
「えへへへへへへ。なら私は大好きっ!」
有夢からもらったクマの人形相手に、一人芝居をする美花は、両親や桜の言うことに耳をかさず、用意された夕食を少し食べたり、気がついたらシャワーを浴びている程度。少しずつ狂い始めている。
「ぎゅっ…。どう? 胸大きいでしょ? 有夢ってこういうの嫌いじゃなかったよね。 わ、私は有夢のものだから、好きにしていいんだよ?」
『ううん、そういうのはまだ早いような…』
「えへー、もう照れちゃて! もー。…もー……________もうっ!!」
一人芝居をしていた美花は、唐突に、抱いていた人形を壁に叩きつける。
そして顔を枕に押し付け、大声で泣きだした。
・死亡後5日目
日曜日が終わり、学校が始まった。
叶と桜は悲しみを引きずりながらも、仕方がないので学校に行っている。
美花は、学校に行くなどという考えすら浮かんでいなかった。
有夢の両親も、今は有夢の部屋に居ないと確認した美花は隣家に忍び込む。
実際、常日頃から美花と有夢は、お互いの部屋同士を窓からよく行き来しており、そのためにお互いの部屋の窓に鍵がかかってないことも把握している。
美花はまだ遺品整理が一切されておらず、ほぼそのままの形で残っている有夢の部屋の真ん中に陣取ると、そこで大きく大きく深呼吸をした。
「有夢の匂いがする! 有夢…えへへ」
満足するまで、枕や学校の制服などを嗅ぐ。
もともと几帳面で綺麗好きな有夢は丁寧にものをしまっており、そのしまっている場所を美花は全て把握していた。
タンスの引き出しを開ける。
パンツと靴下を数枚手に取り、美花は大切そうに握りこむ。
ふと、美花はベッドの下を覗き込んだ。
あったのは、1冊の薄い本。
それをパラパラとめくる。
「………ああ、有夢ってこういうの好きだったの、知らなかった。………一言言ってくれれば、いつでも私_______」
読みかけて、なんだか恥ずかしくなってした美花はそれを元の場所に戻……そうと思って手を止め、やはりそれも持って帰ることにした。
あとは有夢との思い出に浸るように、有夢の枕に顔を埋めたりした後、自分の部屋に戻った。
自分の部屋に戻ってからは、有夢が隠していた本を、その内容の対象が自分ではないことを憎しみながら破いた。
破いたものらは捨てはせずに、空き箱に入れて保管した。
・死亡後8日目
美花はこの日も部屋に来ていた。
あれから度々忍び込んでは有夢が身につけていたものや、自分と有夢の思い出のものを弄っている。
収納棚の奥を探っていた時、一つの缶箱を美花は見つけた。気になり、それを開けてみる。
「わぁ!」
それは、美花が今まで誕生日やお土産としてあげてきた小物。そして小さい頃の写真など。
「嬉しい…お洋服だけじゃなくて、こういうのも残しててくれたんだ! これなんて懐かしい、一緒にユニバアサンジャパンに行った時の……!」
一つ一つの小物を手に取りながら、美花は有夢との思い出を振り返っている。
全てを手に取り終わり、その缶箱の蓋をしめて元の場所に戻した美花は。
「……有夢……どこ?」
いもしない有夢を探し始めた。
「こんなに思い出があるのに…なんで有夢はどこにもいないの? 有夢…どこ? いまなら、私、なんだってしてあげるよ? ゲームしたかったら、一緒にしてくれるんだったら怒らないから。 キスだって、あの本みたいなことだって、なんだってしてあげる! ねぇ、どこ? 有夢っ……」
美花は自分の部屋の方を振り向いた。
「もしかして私の部屋に隠れてれる? もう、有夢ったら…」
全く違う予想を立て、行動に移した美花は自分の部屋に戻った。
自分の部屋で有夢を探す。
「こっちにもいない……? あゆむぅ…意地悪しないででてきてよぅ。も…もうゲームしないでなんて言わないから…。その、ちょっとキツイことたまに言ったりも、もうしない! だから出てきて?」
当たり前だが、反応はない。
「そ…その、実は私、ずっと有夢のことが……有夢? あっ、有夢!」
美花は目を見開き、飛びついた。
部屋に置いてある、ただの鏡に。
「有夢! 有夢! バカ! ここ数日間ずっと探してたんだからねっ! ……有夢、髪伸びた?」
鏡に写る自分に、美花は問いかける。
「うーん……あ、そうだ!」
美花はおもむろに勉強机の引き出しからハサミと、有夢の写真を取り出した。
「えっと…こうだっけ?」
ジョキン________
美花はハサミで自分の髪を切る。
「うんうん、戻ってきたね! もう…ほんと、有夢と叶君って髪伸びるの早いよね!」
ジョキン________
ジョキン________
美花は丁寧に、丁寧に、有夢の髪型と同じにするように自分の髪の毛を切ってゆく。
長く、黒く、サラサラで、誰もが羨んだ髪は短くなる。
しかし、美花はとても満足そうにしていた。
「えへへ…うん、これがいつもの有夢だね! 有夢、私、有夢が数日間いなくなって、気付いたことがあるの」
実際、有夢の顔は美少女そのものだったため、美少女である美花が髪型を似せると、だいぶ似ていた。
そのためか、美花は鏡の向こうの自分を有夢だとおもいこみ、この数日間溜め続けた文句と告白をぶちまけてゆく。
「________だ…だからね。ついその、有夢の大事にしてたエッチな本破いちゃったの…ごめんなさい。で…でも、今度からは私が代わりをしてあげるって言ったら……? えへへ、そんなこと私にはできない? んふー! 有夢、大好き! ……でも遠慮しなくていいよ________」
・死後10日目
桜は慌てていた。
突然髪を切り、『有夢が戻ってきたの!』とはしゃいでいる姉を見てから早2日。
弟である叶や両親に説得を頼んでも全然ダメだった。
母親も父親もどなり込んだり、諭そうとしたが美花は『有夢いるもん』の一点張り。
まるで狂ったように________
いや、その言葉通りとなってしまった美花は、鏡から離れようとしない。
もはや食事すら取っていなかった。
美花の部屋から聞こえてくるのは、楽しそうな一人談笑の声。
桜は最終手段として翔に頼ることにした。
「お願い…できませんか?」
「わかった」
翔は曲木家に行き、美花の部屋の前へ。
「美花。俺だ」
「……ん? あ、翔! 最近会わなかったね。…でもごめんね、今私、有夢と取り込み中なの。遊びたいなら、また明日にでも来てくれる? ね、有夢!」
有夢の声など一切しない。
翔はやはり重症であると判断し、美花の部屋のドアの前に座り込んだ。
「美花、お前最近、学校に来てないだろ」
「学校…あ、学校! ごめん、有夢と遊ぶの忙しいから、学校のことすっかり忘れてた。…今日って休日だよね?」
「ちげーよ」
「えっ…嘘! まあ…でもいいや」
美花は学校のことを気にしないようだ。
元来、美花にとって学校は有夢と一緒に登下校できるから通ってたようなものであった。
「よくねーよ。みんな心配してるぜ?」
「はあ。あのね、正直、有夢とあんた以外、どうでもいいのよ。心配してるたって…ねえ? うわべだけでしょう。だからもうちょっと休ませて」
「なあ、有夢はもう、いねーんだぞ」
「いるもん!!!!」
それはもはや禁句だったのか、美花は声を張り上げる。
「いる、目の前にいる! なら来て見なさいよ、いるもの!」
「入るぞ…」
「いいよ」
翔は美花の部屋の戸を開けた。
部屋の中は散乱はしていなかったが、有夢が付けていたという覚えがある服などが、ちらほらと畳んで置いてあるのが見える。
そして、なにより。
「美花…お前、その格好…」
「ん? どうかした?」
美花は有夢が身につけていたものに身を包んでいた。
本人しか知らないことだが、下着から靴下まで何もかも、有夢が趣味の女装をするときに付けていたものである。
翔の目にも、美花は一瞬、有夢に見えた。
「ね? いるでしょ?」
「……いねーよ」
「なにバカ言ってるの? そこに居るってば!」
美花は鏡を指差す。
鏡に写るのは女装した男子に変装する美花と翔だけ。
「そりゃ、鏡だ」
「は?」
「鏡なんだよっ!!」
大声で怒鳴りつける。
美花はそれに抗議する。
「いる…有夢は居る…! 出てって! 有夢居るもん! あんた親友でしょ!? あいつが見えないの? 見えないなら出てって!」
「……わかった、今日は帰る」
・死後13日目。
「………なんで毎日来るのよ」
「お前が有夢が生きてると言うからだ」
美花は呆れた顔で翔をみる。
翔は真面目な顔で美花をみる。
「ねえ…有夢いるよ?」
「そうか、お前の好きな有夢は、好きな人を学校にも行かせずに束縛するようなやつだったか」
「………ッ!!」
美花はキッーと翔を睨む。
「有夢は…有夢は…」
「なあ、美花、いい加減やめにしないか? お前がそんなことしたら、お前のことが大好きだった有夢はなんて思うんだ? わかるだろ? あれだけ毎日一緒に居たんだから」
「う………」
翔は手を差し伸べた。
「有夢をあの世で安心させるためにも、まずは学校に行こうぜ? わかってるんだろ? もう有夢が居ないってことは」
美花はコクリと頷いた。
そして泣く。
いつの間にかもって来ていた、有夢の枕に顔をうずめながら、身体が枯れてしまうほどの大泣きを。
その後、散々泣き喚き、絶望を述べた美花は、翌日には学校に登校しようとした。
有夢に顔向けができるように、有夢の分まで生きて行こうと考えて。
もっとも________できなかったが。
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