第407話 大浴場 ≪side 翔≫

「ここだよ、ここが露天風呂もどきさ!」



 昔の頃の姿にわざわざ戻ってくれている有夢は、俺たちをこの大浴場の露天風呂へと連れてきた。

 普通に露店風呂で偽物だなんて思えないが。

 入ってみても、やっぱり偽物なとこなんて見当たらない。



「ちなみにこれ外の景色全部、ただの映像だからね?」

「マジかよ…」



 こいつにはもう驚かされてばかりだな。

 


「えーっと、はいこれ温泉卵」

「お、おうサンキュ」



 卵はうまい。

 ところで…。

 


「有夢。お前が女装趣味なのは知ってるし、性別を自由に変えれるスキルなんて手に入れたら使いまくるのは当たり前のことだろ? それに対して美花はなんて言ってるんだ?」

「んー? ミカね、男に戻って欲しい時はちゃんと言ってくれてるし…女になることは受け入れてくれてるよ。だからお前らも早く受け入れて」



 受け入れてって言われてもな。

 有夢が初めて女装…それも、そんじゃそこらの女の子より数倍は可愛い化け物になった時から、俺はそれを受け入れてるから、今更…。

 それにどうやら有夢が女になってる時は、俺や叶君まで有夢をアリムだと認識するっつーか。

 受け入れるもなんもねーんだよな、本当に。



「ねぇねぇ、ところで俺可愛い? 今じゃなくて、アリムの時なんだけど」

「ん…? こっちでも向こうでも、髪の毛と目以外、あんまり顔変わってないだろ? 可愛いと思うぞ。…ああ、可愛いと言えば。そういやお前、一部で出回っていた『校内美人ランキング』知らなかったっけ」

「え、なにそれ」



 校内美人ランキングとは。

 その名の通り、俺らが通っている高校の美人な女性のランキングだ。

 無論、女性なら誰でもいいから、教師や食堂のスタッフとかでも良かった。

 そう、『女性なら誰でもいい』という決まりから外され、ランキング入りしていた人間が一人。



「まあ、名前の通りだよ」

「へぇ~、1位はミカなんだろうね」

「ああ、その通り。2位はお前だ」

「ん?」

「2位はお前だ」

「いや…俺、向こうじゃ男…」

「それでも、2位はお前だ」


 

 そうなのだ。2位は有夢なのだ。

 県内で1番なんてレベルじゃない美貌によって、可愛いだとか、美人だとかなんて言葉を当たり前のように昔っから言われてきた曲木美花。

 その美しさから、影で『大天使(アークエンジェル)』と呼ばれていた。もちろん、美花本人は知らねーけど。


 地球で美花が死んじまった時、嘆き悲しんだ男はほぼ校内全員。

 そいつらは同時に美花が自殺した(本当は違うのだが、そういう噂が広まっていた)原因となった有夢を恨もうとしていた。

 しかし校内美人ランキング2位は男の有夢だったからな………。そんなことにはならなかった。

 そんな伝説を持つ。


 ちなみに、ランキングの1位と2位の票差は1.5倍だ。

 だが、2位と3位の票差は3倍だ。

 3位の生徒が可愛くないわけじゃねーんだ。見たことあるけど、めちゃくちゃ可愛かった。他校なら間違いなく1位だったな。______今となりゃ、リルの方が可愛いが…。

 それはさておき、そんな、性別をかけ離れた可愛さを持つ有夢は『大天使』美花に対して、『小悪魔(リトルデビル)』と誰かが呼んだのが定着した。



「ちなみに、お前にガチで告ろうとしていた男子生徒を俺は数人知っている」

「えっ…ええ!? 同じ学校で!? 外で見かけて一目惚れとかなら、まあ、まだ納得いくけど…学ラン着てたでしょ!?」

「ああ、だが告白しようとしていたヤツが居たんだよ」

「えええ…変態さんなの?」

「いや、その中でも俺が知ってるやつは…お前を除けば、普通に女性が好きだったな…」



 有夢は驚いて声すら出なくなったな。

 先程からこの話を黙って聞いている叶君の方を向き、俺は話しかけた。



「いいか、叶君。叶君も髪を有夢みてーにして、女装すればそうなると思うぞ」

「いっ……いやだ! 俺は兄ちゃんとは違うんだ!」



 ふははは! 

 うん、全部実話だしな!

 あー、面白い。

 本当、俺と有夢と美花と、たまに加えて叶君と桜ちゃん。この5人ないしは3人で歩いてると、睨まれるのは俺だったからな。

 羨ましかったんだろう。

 …こっちの世界ではこれからはこれにリルも加わるわけだ。しかしハーレムって感覚は俺には皆無だな。


 

「よし、決めた!」



 ザバァと勢いよく、唐突に湯船から立ち上がった有夢は、なんかガッツポーズしながらそう言った。

 何を決めたと言うんだ?



「何をだ?」

「美花やお前らの前以外では俺は女として生きて行く。この有夢にはこの家の中以外じゃ戻らねーからな!」

「いつも通りじゃないの、それ」



 叶君の鋭い一言。

 有夢はまた、数秒無言になってから、ゆっくりと湯船に後ろを向きながら浸かり直し、髪は赤く、身長は縮み始め、その場でアリムに_________



「おい、やめろ!?」

「翔さん、移動しましょう!」



 俺と叶君は、叶君の瞬間移動によりさっきの風呂場まで戻ってきた。 

 ヤベェ、あのまま前を向かれてたらやばかった。

 幸い、背中以外見えなかったから良かったが…。

 なんにせよ、リルを裏切るような感覚に陥らなくてすんだ。

 

 俺と叶君は今はどうしてるかわからないアリムを置いてさっさと風呂場を後にした。

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