第392話 夢のよう (叶・桜)
「お風呂…上がったわよ」
豪華なダブルベットの端に座っていた叶は、お風呂から上がったばっかりの桜を見た。
「ん……。じゃあ、ちょっとこっち座って」
「うん」
叶に言われた通りに、桜は叶の真隣にそっと座る。
二人の間は、僅かに、少し肩を動かすだけで身体が密着しそうな、そんな距離。
「ちょっと…俺、頭がこんがらがっててさ」
「私も」
「…今日あった出来事を……軽く、まとめようか」
「うん」
叶と桜は二人で話し合いながら、今日あった出来事を、簡潔にまとめはじめる。
「_______で、この家に来た……と」
「本当に、色々あり過ぎでしょ」
「うん、本当に」
二人の間には、少ししんみりとした空気が漂っていた。
桜は意を決したように、叶に話しかける。
「あのね、叶」
「なに?」
「これって…この世界で起きた出来事って、私の夢なんじゃないかと思うの」
「どうして、また」
桜のその、悲しそうな表情を叶はジッと見つめる。
桜は話し続けた。
「だって…だってよ? そもそも剣と魔法とスキルとレベルっておかしくない? 非現実的にも程があるわよ」
「なにを今更」
そう言った叶ではあったが、桜に呆れるそぶりは一切見せていない。
「それに、それにね? 私の目が治ったことだって、叶が私に告白して、付き合ってることだって…ふふ……さらに、あゆ兄とお姉ちゃんが、先にこの世界に来てるときらもう…ね。これは私の願望が反映されてる世界なんじゃないかって思うの。だから、夢なんじゃないかって」
桜はどこか遠いものを見るような目で、部屋の時計を見つめた。時計は午後12時半を指している。
「でもさ」
叶は身体をほんの少しだけ動かし、桜に肩を密着させた。さらに、桜が放っていた手を近い方の手で優しく握る。
「感覚はちゃんとあるでしょ?」
「もう、叶。叶ならわかるでしょ? 夢にだって感覚があることがあるの。ほら、寝てる最中に落ちてるような感じになるあれとか…」
「まあ、そうだけど」
桜の手を痛くない程度に握り直し、叶は続ける。
「うん、気持ちはわかる。俺だって未だにスルトルを倒せたことや兄ちゃんとミカ姉が居ることが信じられない。さっきまで俺も夢かもしれないと思ってたけど…桜が夢かもしれないと言ったから、俺は、これが夢じゃないって確信した」
桜は不思議そうな顔をして、言い切った叶の顔を見上げた。
「なんで?」
「俺にとってこれが夢なら、夢の中にいるはずの人物である桜がそんなこと言わないだろ?」
「……ん? どういうこと?」
「まあ、わかんないんならいいんだよ」
ポリポリと恥ずかしそうに頬を掻く叶の顔を、桜はその大きくてつぶらな黒瞳でジッと見つめた。
「そう、じゃあやっぱり全部、現実なのかな?」
「かもね」
「そっか……なら_______」
バシン______________
桜の手が叶の頬を思い切りひっぱたいた大きな音が、見た目は豪華であるが静寂しきっているこの部屋に響く。
桜は一転、瞳に涙を含み、叶は打たれたことに納得がいっているのか、そのことについてなにも言おうとせず、黙り始めた。
「ねぇ。私、置いてかないでって、言ったよね? 連れてって、言ったよね?」
「うん」
睨みながら、桜は怒る。
「ならなんで置いていったの?」
「……俺は桜に怪我をして欲しくない。ましてや、魔神なんていう、翔さんを取り込んだ化け物だ。桜が…リルさんみたいに…なんて、絶対に耐えられなかったから」
そう言った叶をさらに鋭く睨みつける桜は、拳を強く握りしめた。
「私だって……っ私だって同じ…! 叶が、叶が怪我したり死んじゃったりなんかしたら耐えられない……! 前にも同じ話しなかったっけ!?」
「したよ。でもね、やっぱり俺にとって桜は大事なんだよ。命をかけて、って言って怒られたから、そうはもう言わないけど、でも、心持ちは……ずっと前から、おそらく、物心付いたときから変わらない」
涙目になって訴える桜の目を、叶は深く見つめた。
話は続けられる。
「ずっと好きだった。守らなきゃって思ってたし、今も思ってる。そんな言葉じゃ足りないくらいに。……小学校六年生になってから、夜遅くまで勉強をし始めたよね、桜」
「うん。叶と同じ私立中学に行きたかったから」
「正直、あれもやめて欲しかった。身体を壊すんじゃないかって思ったから。……まあ、同じ学校に行けたのは結果的に良かったけどね。過保護…かもしれない。ウザいかもしれない。でも、これが俺の生き様って言ったらおかしいかもしれないけど…そういうのだから」
叶は桜を見つめ続けた。
桜は泣きながら、叶を見つめ続ける。
「……こう、こう言っている俺は夢の中の人物だと思う?」
「はぁ…うぅ…そうね。夢なんかじゃないのかもね。お姉ちゃんもあゆ兄も、私が好きな私を好きな叶も、全部現実なのかもね」
「うん、まあでも、兄ちゃん達と居ることが慣れるまで、夢心地なのは仕方ないよ。……もう寝よう。これで冷めなかったら、絶対に夢じゃない」
叶は桜の頭をひと撫でしてから、身体を倒して寝ようとしたが、それを桜の腕が止める。
そのままの勢いで桜は叶の唇にめがけ、キスをした。
今まで2回してきたキスの中で、一番、長い口づけ。
「ぶったお詫び。ごめんね」
「……ん、いいよ」
今度こそ、二人はベットに横になった。
強く、強く桜は叶に抱きついた。
「………ごめん、もうちょっと抱きつくの弱めるか、離れるかして…」
暗い部屋の中、叶は消えるようなか細い声でそう言った。
「ん…まえから思ってたんだけど。叶は私のこと好きなのよね? 自分で言うのは嫌なんだけど……好きな子に抱きつかれるのって嬉しくないの? どうして逃げようとしたりしてたの?」
「いや、嬉しいんだけど……その………」
「なによ、はっきり言ってよ」
叶は顔を赤らめる。
もっとも、その顔は暗闇で桜には見えていないが。
「……胸が……」
「胸? ああ胸ね?」
「………うん」
「あー、そう。照れてるんだ。私が他の娘に比べて大きいから。ふふ…叶の弱点を見つけた気がする…!」
桜は、より強く、叶にわざと自分のものを押しつけるように抱きついて眠った。
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