第322話 お隣さん (叶・桜)

「ふぅ…これで大きな心配の一つは無くなったよね。翔さんの方から来てくれるなんて」

「そうね…! これであの人とメッセージとかで連絡取れるようになったし」



 二人は一つの大きな重荷が背からおろせたような顔をしている。



「それにしても、翔さん、女の子つれてたね」

「そうだね…。まあ、こんな世界だし、ああいう仲間は作っててもおかしくないんじゃないかな?」

「でも彼女って言ってたよ?」

「うん、それは流石に驚いた」



 久々に会った翔のことについて考える。

 互いに今の状態に至った経緯を話したが、細かいことまではわからない。

 だいいち、翔はリルのことに関して、それほど多くは話さなかったのだ。



「ふぅ。ところで……ねぇねぇ、今から何かすることある?」

「そうだね、今後についての話し合い…と言っても翔さんは翔さんなりにローキスさんと接触する方法を考えてるっぽいし、俺たちは翔さんから協力を求められた時とかになんかすればいいから……今は遊ぼうか」



 ショーと出会えたその安心感からか、二人は無邪気に遊びだした。


 昨日、恋人として付き合い始めたばかりの二人は、過ごし方というのを詳しくは知らない。

 故に、とりあえず遊んだり、街を散歩してみたり、サクラがカナタに抱きついたり……くらいしかレパートリーがないのだ。


 もっとも、少なくともサクラは姉から借りた漫画で大人的な付き合い方を知っていたが、それをする気にはなれない。



「ずっと思ってたんだけどさ、桜」

「んー?」



 サクラが紙で作った将棋をしている最中に、カナタがサクラに話しかける。



「昔から俺とこうして遊ぶか、出掛けるか、勉強するかしかしてこなかったけどさ…。楽しい? 桜があんまり俺以外の人とつるんでるの見た事なくて…」

「あう…!? た、楽しいに決まってるじゃない……! だって…その…ス、好きな人といるのよ!? 叶こそどうなのよ、男子にも女子にも友達たくさん居るし、クラスじゃあまるでリーダーみたいだったのに、地球に居た頃は3から4日に一度は私となんかしてたじゃないの」



 カナタは『好きな人と居る』という言葉にてれながらも、その返された質問に答える。



「ああ…だって。皆は少なくとも高校になったら別れるだろ? 同窓会とかそういうので連絡は取るかもだけど。でもほら、桜は同じ高校になるっぽかったし…ならなくても幼馴染っていう関係は消えないでしょ? というか、まず…好きだった」

「あううう…。そ…そうだったとしても、わ…私が叶の学力に合わせるためにどれだけ必死に勉強したか…」


 

 サクラはカナタと一緒に居るために、地球に居た頃は必死に勉強をしていた。

 その結果、いつの間にかカナタを抜かし、学年一位となったのだった。



「その結果、俺を抜かしたわけだ。学年一位さん」

「す…少しの勉強で学年二位とれる、あんたに言われたくない…。それに、あと30分くらい多く勉強すれば、すぐに学年一位余裕じゃない。世界に来てからも色々とそうだけど、叶の脳味噌ってどうなってるの?」



 サクラは昔から思っていた質問を投げかけたが、カナタからはあまり良い反応は得られない。



「さあね…。自分でもわかんないよ」

「むぅ…少しは今まで頑張った私にご褒美欲しい」

「まあ…良いけど。何欲しいの?」

「昨日は私からチュウしたんだから、こ…今度は…かにゃたから…」

「いいよ、わかった。……あ、王手ね」

「あっ!? ……ん」



 カナタはその将棋の勝負の勝敗が決したと共に、サクラの唇にキスをした。軽く…ではなく、それなりに長く。



「ぷふ。結構恥ずかしいね」

「えへへ…最高です…ふふふへへ。夢みたい」

「そ…そうかな?」

「あっ!? もしかして今の声に出てた? やぁ…っ…」



 赤面して顔を伏せた。

 そんなサクラの頭を、カナタは笑いながら撫でる。

 サクラは、今度は前みたいに恥ずかしがって、セクハラ呼ばわりせずにただただ嬉しがった。



「ん…あ!? もうこんな時間か…うーん。桜、今の内にプリン食べよ」

「えへへ…かにゃたのナデナデ…えへへ。 _________ん? ああ、うん、そうね、プリン食べましょう!」



 カナタはサクラの頭をもう一度撫でてから、マジックバックからプリンを持ってきて、皿にあけた。



「本当、時間が止まるって便利」

「そうね…。はい、叶、口開けて?」

「あ…あーん?」

「うん。はい、あーん」



 サクラは一口分、スプーンでプリンを掬い、その下を手で受けながらカナタの口へ運び、食べさせた。



「一回やってみたかったの!」

「同じような事、すでに何回もしてる気がする」

「そ…それは幼馴染として! これは彼女としてよ! ほら、私にもして!」

「ああ、うん、そうだよ___________」



 その時、この部屋の戸は叩かれた。

 ショーと再開する際に仲介してくれるために、戸を叩いたスタッフとはまた違う、少し荒い叩き方だ。



「また? 誰だろ…? 出るね」

「あ、今度は私も行く」



 カナタとサクラの二人は一緒に玄関の戸を開けた。

 その先にはニヤニヤした表情でその場に立っているショーが居たのだ。



「し…翔さん!? なにか忘れ物…」

「ああ、違うんだ。引越しの挨拶に…な。引っ越し蕎麦はねーけど、隣の部屋に引っ越してきたんだわ。俺…いや、俺ら」

「ええ!? そうなんですか!?」



 二人は非常に驚いた。

 まさか自分達の部屋の隣に越してくるとは思いもよらなかったのだ。それも会った当日に。



「うん。あのスタッフのお姉さんにソレっぽい理由を話したら隣の部屋が空いてるって紹介してくれてよ」

「ああ…! そうなんですか」

「ははっ…。これから連絡はより取りやすくなったな! ……なんかあったら言えよ? どこでもすっ飛んでってやるぞ。この国の国王様ってのはいい噂聞かねーし…」

「まあ…確かにそうですよ。……その通りの人です」



 その後、その玄関で3人は少しだけ雑談をした。

 日常的にするようなたわいもない会話である。



「_____と。じゃあな。今から俺の彼女に部屋を見せなきゃならねーんだ」

「あっ…待って下さい、コレ、持ってってくださいよ。俺達で作ったんですが……」



 そう言ってカナタはマジックバックを瞬間移動で取り寄せ、また別のプリンを2つ、バックから取り出してショーに渡した。



「おお、よく出来てるな…。そういや叶君は菓子作りが得意だったもんな。ありがとな」

「いえいえ。それでは」

「ああ、また近いうちにな」



 ショーはプリンを自分のマジックバックにしまってから玄関の戸を優しく閉めて、隣の部屋へ去っていった。



「『いつでも駆けつける』だって、翔さんらしいね」

「ね。正義感の塊のような人だから…。わ…我だってああ言うちょっとカッコいいセリフくらい言えるんだぞ…!」

「はいはい」

「むうーーっ!?」



 カナタはサクラを玄関の壁際まで優しく押し、そしてそこでサクラの顔の横を通るように腕を伸ばした。

 いわゆる、壁ドンをした。


 そして顔を耳元まで近づける。



「……な…なによ」

「いいか、言うぞ?」



 カナタは何処からともなく眼帯を取り出し、それをつけ、1つ深呼吸をするとこう言いだした。



「……俺はなにがあって桜を守る。例えこの世界を敵に回さなきゃいけない事になっても_____この世界を滅ぼしてでも桜を守るよ……絶対に。命を懸けて。」

「ふえっ…………ふえ?」

「……どう? まあ本音だけど、いつもとは違った感じでカッコつけてみて_________」



 カナタが照れながら話している最中、サクラは目を真っ赤にしながら勢いよくカナタに抱きついた。

 突然のことにカナタは思いっきり…と言っても大したことではない程度だが、頭を打ってしまう。



「あいてっ!? ちょっ…桜?」

「………命を懸けて…なんて言わないでよ」

「んえ?」

「…本当に守る気でいるならずっと側にいてよ…! 叶が居なくなってまで生きるの、私、嫌」



 それを聞いたカナタはサクラの頭をひと撫でし、優しく語りかける。



「そっか…ごめんね。なら俺は桜を守りつつ、桜に寂しい思いはさせないよ。命を懸けてって言ったって、本気でそうするわけじゃなくて、そういう気持ちでいるからねって意味なんだし」

「ん…約束よ。それに守られるったって私はもう誰かさんのおかげで弱くないの。だから…これからも一緒に頑張ってこ?」

「ああ…そうだね」

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