第265話 失

 季節は秋。

 一人のお坊さんが、スクーターでとある家の法事から帰ってきているところだった。


 その最中、一体のお地蔵様に手を合わせている中年の男女6人が居る。

 それも、ここら近辺では有名な、幻転地蔵の前で。


 職業柄、6人というそれなりの人数で地蔵に向かって手を合わせている人々が気になってしまい、声をかけることにしたお坊さん。

 ちょっとでも何か協力できらはことが無いかと考えたのだ。



「失礼。皆様、私は坊主をやっている者ですが…何か協力できる事はありますかな?」



 そう声をかけると、6人全員がそのお坊さんの方を向いた。全員が全員、悲しいような、しかし、それすら実感できないでいるような、なんとも言えない複雑な表情をしていた。



「いえ…その。不思議なんですよ」



 一人の女性がそう言った。かなりの美人であった。

 そもそも、その場に居る6人の内、4人は顔が整っており、残る2人も平均以上の顔立ちをしている。

 言われなければ40代後半の者しか居ないと、誰も考えないだろう。

 


「不思議…ですか?」

「はい」



 幻転地蔵の周りでは、よく不思議なことが起こる。

 それの被害者なのでは無いかと、お坊さんは考えた。事実、その通りであった。


 元来、この地蔵が置かれた理由とは、行方不明となった子供が戻ってくるようにという願いが込められたものであった。


 数百年前、とある有名で有能な武士の12にもなる一人息子が、ここら近くで、その親である武士と一緒に剣の鍛錬をしてきた時の話である。

 

 その武士が用を足すとして、数分目を離した隙に、息子は居なくなっていたのだ。

 残された者は何も無い。跡形もなく消え去っていた。

 

 息子は親に黙って勝手に辺りをうろつくような者でなかった。ゆえに、人攫いにでも攫われたのかと思ったが、それも無理な話だった。


 武士が目を離したのは本当に一瞬の話であり、そもそもその息子は剣の技術や勉学の才など、どれにおいてもここら一帯で大評判となるほどの天才であり、そうやすやすと捕まってしまうとは思えなかったのだ。

 

 武士は、必死になって息子を探した。

 しかし、全く見つからなかった。

 何年も何年も探したが、見つかる事はなかった。


 そこで、この地蔵を、息子が戻ってくることを願い、この場所に置くことにした。この地蔵自体を作った者は不明(その時代にしては出来が良すぎる)なのだが。


 そう、言い伝えのある地蔵だった。

 

 また、この地蔵の周りで起こる不思議な事。

 例えばその地蔵が置かれてから30年後、その地蔵の近くから普通の兎よりも大きく、人を襲う凶暴な化け兎が出たこと。

 また、その12年後には綺麗な球状の火の玉が地蔵の近くから飛んできて、近辺にあった木が燃えてしまったこと。

 その間にもいくつもいくつも怪現象が起こっていたのだ。


 

「それで、不思議な事とはなんですかな?」



 お坊さんはそう訊いた。

 今にも、女性は泣きそうな顔で答える。



「私達の息子が、1ヶ月前に、事故で学校へ登校中に死にました」

「ああ…あの…」



 その話は有名であった。

 陶器の花瓶が数階あるアパートの最上階から落下し、それが下を通っていた男子生徒の頭に当たり、死んでしまったという事故だ。

 それだけならばそこの住人の不注意で起きた事故なのだが…そのアパートにはベランダがなく窓には網戸が付いていて、換気や気温調節の際も開放する必要も無いため、故意に落とさない限り、物が下に落ちることはありえないそうなのだ。

 ゆえに、警察はこれを故意にしたものとしてみて捜査を続けている。


 その花瓶もどこの産物か全く見当もつかないような物であり、検査を繰り返してもこの世の物とは思えないような結果しか出てこない。


 また、この事故をさらに有名にしたのは、立て続けにその男子生徒と仲が良かった女子生徒が、トラックに轢かれて死んでしまったという事柄であった。

 これが2週間前の出来事。


 当初、警察はその事件を自殺だと考えていた。

 花瓶が落ちてきたことによって死亡した男子生徒と付き合っていた、あるいは大親友であり少なくとも恋心は抱いていたのではないかという証言が多かったためだ。


 しかし、これも違った。


 防犯カメラにより、普通に歩道を渡っているその女子生徒にトラックの方が突っ込んできていた事が分かったからだ。

 

 これもまた不思議。


 そのトラックが見当もつかない、見つからないのだ。

 防犯カメラに運転席には誰も座っていない。

 ナンバーはこの世には存在しないもの。

 さらにその場所より前の防犯カメラにトラックなんて映っておらず、目撃者も一人も居ない。


 

「今よく報道されている…」

「いえ、私の息子が死んでしまった要因は確かに不思議な事だらけなのですが……」

「なのですが…?」

「おかしいのです。今、私達には子供は居ないはずなのに、どうしても、どうしても、もう一人居た気がするんです。なにか、心にポッカリと……」



 坊主はその後、全員から話を聞き、6人中4人が例の事件の被害者の親御である事がわかった。

 あまりにも不可思議な死…彼女らは確かにそれを悲しんではいたが、それと同様悲しんで、6人全員が口を揃えて言うのだ。


 自分に子供は居ない…ないしは死んでしまったはずなのに、どうしてももう一人、子供が居た気がしてならないと。

 だから、この幻転地蔵にすがり、その子達が帰ってくるように願っているのだと_____

 

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