第六章 人魚の正体
1
「いいかい? この事件を解決しようと思えば、密室を作りうるあらゆる可能性を検討してみるしかないんだ。残った答えが真実ってわけだよ。たとえ、それがどんなに信じられないことでもね」
薫はえらそうにつんと顔を上に向ける。
「ホームズですかっ!」
つっこみをとばしたのはポチ子だ。薫が偉そうにするのが気に入らないらしい。
じっさい薫がいった言葉はホームズのパクリだ。
しかし薫はまったく気にした様子がない。
「だから、もう一度最初からひとつひとつの可能性を検討してみよう。まずはポールの事件からね」
ポールの事件。外部につながる経路は入り口ドア、バルコニーに出るサッシ戸、入り江に面した小窓の三つしかない。
そしてその三つは、どれも進入も脱出も不可能としか思えない。薫はそれをどう説明するつもりなのか?
「まず真っ先に考えられるのは、一見、殺人のようだけどじつは事故、あるいは自殺の場合。単純な暴発事故は論外だね。だってそれなら拳銃は部屋の中になくてはならないもの。じゃあ自殺はどうだろう? 死に際に自分で窓から捨てた可能性はたしかにあるけど、極めて不自然だよ。ポールの心理を考えれば到底あり得そうにないもの。自殺する理由はともかく、撃ったあと、拳銃を窓から捨てるために、わざと即死しないように急所を外して撃つことが心理的に信じられない」
誰も口をはさまなかった。自殺説に固執した島田さんも無言だ。
「次に室内に秘密の抜け穴がある場合。これも却下だね」
「ええ、そんなものは絶対にありません」
島田さんが強く否定する。
「次にボクたちが中に入ったとき、じつは犯人はまだ逃げておらず、中に隠れていた場合。これもだめだね。さやかさんとポチ子が調べたし、じつはボクもサッシを調べる前にこっそりバスルームとクローゼットの中は覗いていたんだ。もちろん誰もいなかったし、他に隠れられそうな場所もなかった」
「ええ、間違いないです。誰もいませんでしたよ」
ポチ子の鼻息は荒い。
「それなら外部から遠隔操作で弾丸を発射できる機械を使ったか? それも見込みはないよね。壁や床にそんな装置はなかったし、なにか置物のように移動できるものを装った銃を使ったとしても、犯行後、それを回収する隙はなかったしね」
それも確認済みだ。
「あるいは、ボクが犯人の逃げたあと、バルコニーのサッシ戸の鍵をみんなの隙を見計らって掛けたか?」
薫はとんでもないことをいった。
「なんだって?」
さやかさんも意外な顔で聞き返す。
「たんなる可能性の問題だよ。つまり、誰かが真犯人をかばって、密室を偽造した可能性はないかってこと。死体を発見したとき、真っ先にサッシの鍵を調べたのは、ボクだ。つまり一番怪しいのは、ボクってことになる。ま、ひとりくらいいい出すかと思ってたんだけど。ボクが鍵を調べるふりをして掛けたんじゃないかってね」
薫が真顔でいい出すので、誰しも言葉に詰まった。
「もちろん、ボクはそんなことやってないけど、それを論理的に証明したいだけだよ。いいかい? もしその場合、犯人はバルコニーからどうにかして中に入り、ポールを殺したあとサッシ戸を通ってバルコニーから逃げる。ボクはそのあと、調べる振りをして、鍵をこっそりとかけると、ついでに濡れた床を拭き取ったってことになるんだ」
「そんなことはあり得ない」
さやかさんがいった。
「もし犯人がバルコニーから侵入した場合、当然雨が吹き込む。しかも犯人はずぶ濡れだったはずだ。ポールは部屋のドア側から海側に向かって撃たれたんだから、その場合、犯人はバルコニーから中のほうまで歩いたことになる。そうなれば、床はずぶ濡れだ」
たしかにそうだ。サッシのすぐ下だけなら拭き取ることも可能だろうが、そこまで広範囲に濡れるとなると、薫に限らず、あの場にいたものがこっそりふき取るなど絶対不可能だ。
「じゃあ、犯人はあらかじめポールの部屋のどこかに隠れていて、犯行後、バルコニーから逃げた場合は?」
「それもあり得ないだろう。バルコニーに出たところで、そこからどこへもいけない。海は大荒れ、屋根に上るのも不可能だ。そもそも誰があらかじめ部屋の中に隠れていられるっていうんだ? その時間は客もスタッフも無理。かといって、無関係の第三者が島に上陸していたとしても、ホテルの従業員の目を盗んで、部屋に忍び込むこと自体が無理だ」
「そう。さやかさんのいう通りさ」
薫は満足そうにうなずく。
「つまり、ボクに限らず、死体発見時のどさくさにまぎれて、密室を偽造したりするのは不可能だし、意味がないってことだよ」
誰も反論しない。まさにその通りだからだ。
「じゃあ、さやかさんがきのう推理したように、犯人が外から撃った場合は? これについてはきのうさやかさんがくわしく検証してくれたよね。まともに撃ったんじゃ、弾痕はあそこに付かない。それじゃあ、あれはダミーの弾痕なのかい? その場合、新たな弾痕が室内に付かないように撃つにはポールが窓から顔を出したときに撃つしかないんだ。真下から撃つか、真上から撃つか、あるいはポールに横を向かせて横から撃つか?」
「横からだって?」
さやかさんはそれは考えなかったという顔でつぶやく。
「可能性をひとつひとつつぶしていくよ。まず検証しなければならないのは、ポールを撃ったのはほんとうに美奈子さんなのかってことだね」
そのひと言で、場に緊張が走った。
「ポールの事件の直後、美奈子さんが殺されたことで、その可能性はほとんどなくなったけど、美奈子さんの心理を考えたとしても、やっぱりあり得ないと思うんだ。だってあの揺れる水面で、あの風の中、一発でしとめるのは不可能に近いよ。そのくせ外せば、下から撃ったことがばれるばかりか、部屋の中に逃げられちゃう」
「う~む、失敗すれば二度目のチャンスはない。おまけに自分が犯人であることがばれる。そのくせ成功率はきわめて低いか。……たしかにリスクが高すぎるな」
さやかさんは腕組みしてうなりつつ、自分の推理の欠陥を認めた。
「じゃあ、上から、あるいは横から撃った場合はどうだろう? じつは真上から撃っても事情はさほど変わらないんだ。その場合は、下を見ているポールを屋根の上から撃つことになるけど、屋根はかまぼこ型で端に行くほど急勾配になるよね。あのあたりはまさに急勾配で、おまけにあの雨と風じゃ転がり落ちないようにしがみついているのが精いっぱい。成功する確率はやっぱり低いよ。よほど身が軽くないと、逃げるにも困るだろうし」
「となると、やはり横からか?」
「それもどうかな? 横から撃つにしても、洋子さんたちに気づかれなかったんならかなり遠くから撃ったはずだよ。射程距離が長くなれば難易度も跳ね上がると思うし」
「ライフルを使って、プールのほうから撃ったらどうだ? すくなくともゆれる海面に浮かんで、真上の標的を狙うよりは簡単だし、失敗しても逃げられるはずだ」
さやかさんは横から射撃説に傾きつつあるようだ。
「そんなはずはないよ。銃声はたしかにポールの部屋のほうから聞こえた。真下の海面ならともかく、プールのほうから撃ったんならさすがに気付くよ」
そう反論したのは洋子だった。まあくん、さっちゃんカップルも同意する。さらに薫がたたみかける。
「ボクもそう思うよ。それにその場合、犯人は外部犯ってことになるよね。客とスタッフには全員アリバイがあるんだから。それなら部屋の中の弾痕はどう説明するんだい? さやかさんの推理じゃ、犯人はあらかじめダミーの弾痕をつけておいたはずだけど、外部の人間には無理じゃないかい? 第一、外部の人間なら、どうしてこんな逃げ場のない嵐の日にやるわけ? 晴れた日なら、そのままボートにでもこっそり乗って逃げられるのに」
「……むぅ」
さやかさんは反論できなかった。
「つまり外からの狙撃は実質あり得ないってことですか?」
島田さんが恐る恐るといった感じで口をはさんだ。
「そういうことになるよね」
「となると、犯人はどこからか入って、犯行後、どこからか逃げたことになる。そんなことがほんとうにありえるのか?」
さやかさんは薫を見ると、挑戦的にいった。
「そんなこと、ありえるわけないじゃない」
いきなり口をはさんだのは、さっちゃんだった。しかも、なんか今までの馬鹿っぽさが顔つきから消え、なんとなく挑発的な表情になっている。
「でも、そんなことしなくても、犯行は可能だわ」
な、なにをいいだすんですか、この人は?
僕は驚愕した。さやかさんとポチ子もあっけにとられている。逆に薫はおもしろいことになったといわんばかりの顔だ。
「へええ? ぜひ、あなたの推理を聞いてみたいな」
「おい、馬鹿にするなよ。さっちゃんはこれでも会社で起こった事件を人知れず解決してきた名探偵なんだぞ。たとえば、消えたケーキ事件とか……」
とんでもないことをいいだしたのは、まあくんだった。
会社で起こった事件? しかも消えたケーキ?
「やあだ。まあくん。照れるじゃない。せっかく正体を隠してたのに」
ふたたび、馬鹿っぷりを発揮するさっちゃん。
とんだスイーツ探偵だ。
「まあ、いい。あんたの推理を聞こう。つまり、なにがいいたいんだ?」
さっちゃんはうふふと笑いながら立ち上がると、薫を隅に押しやり、皆の注目を浴びた。
「犯行は銃声時におこなわれたんじゃなくて、みんなの目の前でおこなわれたんじゃないかってことぉ」
踊るように振り返りながら、話を始める。
「なんだと?」
さやかさんはかなり驚いた様子だ。いや、僕を含め、そこにいたもの全員が、いったいこいつはなにをいいだすのだ? といった顔でさっちゃんを見る。
「それって、僕たちがポールの部屋に入ったとき、みんなの目の前で殺人がおこったかもしれないってこと?」
僕は思わず聞いた。
「そういうこと」
「いや、それはないでしょう。いくらなんでも」
「それがそうとも限らないんだなぁ」
さっちゃんは悪戯っぽく笑った。
2
「馬鹿な。そんなことはありえない」
さやかさんが断言する。
「あんたは踏み込んだときいなかったからわからないだろうが、鍵を開けて入ったのはあたしだ。だが、その直後にポチ子と島田さんが入ってる。もしあたしが早業でポールを撃ったとでも思ってるなら筋違いだぞ。そんな暇はなかった。仮にあったとしても、そんな危ない橋を渡るわけないだろ。第一そのとき、どうして銃声がしなかったんだ? ついでに撃ったあと、拳銃をどこに隠したんだ? 短パンのポケットにでも入れたっていうのか?」
「そ、そうですよ。さやか様にそんなことできるはずありません!」
ポチ子が食ってかかっていた。
僕も内心同意した。そんなこと不可能としか思えなかったからだ。
リゾート内ではみんなTシャツに短パンといったラフな格好をしている。拳銃なんか隠し持てるわけがない。
「たしかに私の目から見ても、それは無理だと思いますよ。私と星さんは、間髪入れずにあとに続きましたから。それにあのとき、誰かひとりだけポールさんに近づいたということもありません。みんなあそこで立ちすくんでしまいましたから」
島田さんも否定する。
「あたしはべつにそこで殺したとはいってないけどぉ」
「じゃあ、どうだっていうんだ? 当然、ポチ子や島田さんにはあたし以上に犯行は不可能だ」
まったくだ。それにそのすぐあとに、僕たちが部屋に乱入してる。なおさらチャンスはない。しかもそのとき、ポールはまだ生きてた。なのに指さしたのは、特定の誰かじゃなく、壁に掛かった絵だ。
どう考えても、さっちゃんのいいたいことがわからない。
やっぱりこの人、ただの馬鹿なんじゃ?
「たしかにそこで他のふたりに気付かれないようにポールを射殺することなんて無理だと思うわ。しかもその直後、他の人たちが部屋に入りこんでしまったわけだしねぇ。だから、そんなことはあり得ない。誰もがそう思ったはずだけど、ほんとうにそうかしら?」
「だから、いったい、なにをいいたいんだ、おまえは?」
「たとえば、さやかさんや島田さんたちが部屋にかけ込んだとき、じつはポールは撃たれてなかったとしたら?」
「いや、それはありませんよ。私が入ったとき、ポールさんはすでに血まみれで倒れていました」
「そうです。いったいなにをいいだすんですか、この人は?」
島田さんとポチ子が反論。さやかさんも続く。
「あれは偽物の血だとでもいいたいのか? そんなのあとで鑑識課が調べればすぐにばれるぞ。そんなトリックを使う馬鹿はいないね」
「偽物の血とはいわないけど、たとえばあの段階でポールが負った傷は左手だけであって、喉には傷がなかったとしたら?」
「なに? つまり、おまえはこういいたいのか? ポールは自分で左手を撃って、その血を喉から胸になすりつけたと」
さすがにそれはないでしょう、さやかさん。
「さすがさやかさん。いい勘してるぅ」
さっちゃんはにやりと笑う。
え? どういうことだ? どうして、ポールが自分でそんなことを?
「信じられません。自分でそんなことをするなんて」
島田さんはあきれ顔だ。
「馬鹿馬鹿しい。いったいなんでポールがそんな真似をしなくちゃならないんだ? 悪戯で自分の手を撃つはずないぞ」
「そうとも限らないわよ、さやかさん。たとえば、犯人に脅されてたとか。脅すネタはラニ殺しの証拠を掴まれたっていうのが一番もっともらしいかな」
「なんだと?」
「たとえば、ポールはあらかじめ床に水をまいたり、鱗をそこに浮かべたりしておいて、食事を終え部屋に入るなり、自分の左手を撃ったのよ。そのとき、血が飛んで窓ガラスにつき、弾は壁にめり込む。そのあと、拳銃を窓から捨てると、鍵をかけ、床に寝ころんで、手のひらの血を喉と胸になすりつける。そうするように犯人に命令されたとすると、いろいろつじつまが合ってくるんじゃない?」
「はん? じゃあ、そのあと、いつポールは喉を撃たれたんだ。そんなチャンスはなかったはずだ」
さやかさんが、さあ答えてみろとばかりに、さっちゃんに詰め寄る。
「撃たれたとは限らないでしょ」
「なに?」
さやかさんは一瞬考えた。そして驚愕の表情を浮かべる。
「ま、まさか、おまえ……」
「そう。もし、ポールは撃たれたんじゃなくて、短パンのポケットにでも隠し持てる、鉛筆状の細長い凶器で喉を刺されたんだとしたら?」
え? だって、そんなこと誰にも……。
そこまで考えたあと、ある場面が脳裏に浮かんだ。
ま、まさか?
「そう。あたしは直接見てなかったけど、話を聞く限り、ひとりだけポールを抱きかかえた人がいたでしょ? 死に際の言葉を聞こうと。そのとき、こっそりと喉を突いて殺したんだとすると……」
「犯人は……あたしだってか?」
そう叫んだのはさやかさんだった。
あのとき、ポールに駆けよったのはただひとり。さやかさんしかいない。
「そうよ。あなたが犯人だわ、さやかさん」
さっちゃんは得意満面で、さやかさんを指さした。アイドル歌手の振り付けのようなオーバーアクションで。
「な、な、な、なにをいいだすんですか、このクソ女! よりによってさやか様がそんなこそくなトリックを使って殺人をしたなんて、頭がおかしいんじゃないですかっ!」
ポチ子が腕を振り回し、真っ赤な顔で叫んだが、さっちゃんは涼しい顔だ。
そ、それにしても……。
う、嘘だろ?
僕の頭はぐわんぐわん回る。
さやかさんは薫と同様、ラニの事件を何者かに依頼された探偵役じゃなかったのか?
いや、っていうか、このさっちゃんこそ何者だ? OLの素人探偵ってレベルじゃないぞ。そ、そうか……。
「探偵役はもうひとりいたのか!」
僕は思わず叫んでいた。薫、さやかさんに続き、このさっちゃんこそ、ラニの死を探るため招かれた第三の探偵に違いない。
「そうよ。もう隠してもしょうがないから白状するけど、あたしの正体は私立探偵。もちろん浮気調査とかじゃなく、怪事件専門の探偵よ。ちなみにまあくんはあたしの助手。犯人を欺くために馬鹿のふりをしてたのよ」
さっちゃんはここぞとばかりに言い放つ。
じゃあ、あの馬鹿ップルぶりは演技だったのか?
それと会社でケーキがどうしたってのも嘘か?
っていうか、演技でキスとかしてたのか?
女優かよっ!
僕は改めて衝撃を覚えた。
「はははははははははは」
けたたましい笑い声が響いた。
見ると薫が目に涙を浮かべて笑い転げている。
「さやかさんと一郎君の顔。さ、最高~っ」
「な、なに笑ってるんだよ、薫? え、ひょっとしてちがうの?」
「なによ。あたしの推理にけちをつける気? 薫ちゃん」
さっちゃんは人でも殺しそうな目つきで薫を睨む。
「いくらなんでもそんなことあるわけないじゃないか。常識で考えて」
そういって、さらに笑う。
「な、なによ。いったいどこがまちがってるっていうの。だいたい常識で考えてって、こんな事件、常識的な考えで解けるはずないじゃない」
さっちゃんが噛みついた。
「そうか。あたしに名探偵役をとられて悔しいのね。ふん。意外とつまらないやつね」
そういわれても、薫は笑い続けた。ようやく笑い疲れたのか、大げさに手を顔の前で振る。
「無理無理。その場合、凶器を喉から抜いたとたん、血が噴き出して体中血まみれになるじゃないか。それにみんなが注目してる中でそんな危ない真似するわけないし。そんなこっそりと喉を刺して、さらに凶器を抜いて隠すなんてできるわけないよ」
いわれてみると、もっともだった。
みなの目の前で、一瞬の隙をつき、鮮やかに殺してみせる。誰にも見られずに。
必殺仕事人かよっ!
「う、だ、だけど……」
いきなり動揺するさっちゃん。
「第一、あとで遺体を監察医が調べれば、銃で撃たれたのか、細長い凶器で刺されたのかくらいわかるって。そうなったら、犯人ばればれじゃないか。その方法を使えるのは唯一さやかさんだけなんだから。殺人に詳しいさやかさんがそんなリスクの高いことをするわけないよ。それともさやかさんは馬鹿なのか?」
「な、なにい!」
「さやか様に向かって馬鹿とはなんですか、馬鹿とは!」
激高するふたりとは対照的にさっちゃんは意気消沈する。
「それにどうして、そんなしちめんどくさいことをしなくちゃならないんだい。なにかメリットでもあるの? 意味もなく綱渡りをする犯罪者なんていない」
「う、うう、それは……」
さっちゃんはそれ以上反論できなかった。
たしかに、万が一さやかさんにポールを殺す動機があったとしても、わざわざそんな手の込んだことをする必要はない。もっと普通に殺せばいいはずだ。いたずらにリスクだけが高くなる。
「だめだね、さやかさん。それくらい、すぐに論理的な反論できなきゃ。まあ、いきなり犯人扱いされて焦ったんだろうけど」
薫は悪戯っ子の顔になる。さやかさんは顔を真っ赤にして、つんとそっぽを向いた。ポチ子はポチ子で薫の態度にぎゃーぎゃー悪態をついている。
「それと一郎君。まさかボクがさっちゃんに後れをとると本気で思ったわけじゃないよね? 『探偵役はもうひとりいたのか?』なんて叫んでさ」
そういって爆笑した。
も、もう、なんてやつだよ。
ひょっとして薫はさっちゃんのことも私立探偵だと知っていたのだろうか?
「じゃ、じゃあ、いったいどうやったっていうのよ?」
さっちゃんの語気は高まる。赤っ恥をかかされて、さすがにおもしろくないようだ。
「まあ、慌てないで。でもさっちゃんのおかげで、可能性がさらに限定されたよ。ごくろうさま」
薫はしれっという。
「つまりこれで、いよいよ考えなきゃならないのは、犯人はバルコニー以外からなんらかの方法で部屋の中に入り、ポールを殺したあと、なんらかの方法で逃げたってことだね」
もうお笑いの時間はお終いとばかりに、薫はまじめな顔になった。
結局そこに戻るのか?
しかし、それこそもっとも可能性がないように思える。
「その場合、犯人はどこから出入りしたか? まずドアは? だけどドアは内鍵が掛かっていただけじゃなくて、そこから出入りすればホールにいたボクたちに姿を見られるという致命的な欠陥がある」
まさにその通りだ。ホールに誰もいなければ、ドアの内鍵を掛けることは、ドアのすき間を通る紐とかを使えばなんとかできるのかもしれない。
しかし現実問題として、それは不可能だ。あのときはドアの外には、島田さん、さやかさん、ポチ子、綾、僕と薫、それにホテルのスタッフたちがいた。そんな小細工をしていれば丸見えになってしまう。
そうすると残りは窓しかないが、それこそ不可能だ。なぜなら窓の外は海で、外壁には足場もない。そもそも窓は人間が出入りできる大きさじゃないからだ。
え?
そう考えたとき、ある考えが天啓のように閃いた。
ま、まさか……。で、でもそれなら……。
矛盾は? 矛盾は……ない。可能だ。これが答えだ。
「わかったああああああああああ!」
気が付けば叫んでいた。
「なんだと? 本当か?」
さやかさんの顔は半信半疑だ。だが僕には絶対の自信があった。
「さすが名探偵助手が似合う男だ、一郎君。だけど、その推理は果たしてあっているのかな?」
薫は非常に楽しそうだ。
なんとでもいえ。だけど僕の推理を聞いたあと、君は脱帽する。
そう思うと、自然に緩む頬を引き締めるのが大変だった。
知らなかった。じつは僕が天才だったなんて。
「犯人は人間じゃないんだよ」
「なにぃ?」
どよめきが起こる。なんか気分がいい。たしかに薫じゃないけど、名探偵は一回やればやめられないのかもしれない。
薫には悪いが、僕は名探偵助手が似合う男なんかじゃなかった。名探偵そのものだったのだ。
僕はすっくと立ち上がり、さっきまでさっちゃんが偉そうに独演会をおこなっていたステージを奪うと、確信を持って叫んだ。
「犯人は猿。チンパンジーのオサルだぁああああ!」
3
「なんだとおおおお?」
さやかさんが叫ぶ。他のみんなも騒ぎ始めた。
「おまえ、いくらなんでもそりゃ無理だろ? なんでチンパンジーがあいつを殺さなきゃならないんだ?」
「でもさやかさん、今の薫の話を聞いていれば、残った可能性は、犯人は窓から侵入し、ポールを射殺したあと窓から出ていったとしか考えられないでしょう?」
「し、しかし……」
さやかさんは言葉に詰まったが、あらゆる可能性を潰していって残った可能性はそれしかないのだ。
「やってない。やってないよ、そんなこと。あたしが保証する」
綾がヒステリックに叫ぶ。
薫はといえば、にやにやしながら成り行きを見守っている。
「まあまあ、綾ちゃん。最後まで聞くだけ聞いてみようよ。反論があればそれからすればいいさ。いいから続けてくれよ、一郎君。とっても聞いてみたいよ、君の推理ってやつを」
な、なんだよ。少しは悔しそうにしたらどうなんだ。僕にいいところかっさらわれて本当は死ぬほど悔しいくせに。
そう思ったが、顔には出さず、こほんと咳払いをすると話を続ける。
「いいかい? あの窓を通りぬけれるのは子供かそれと同じくらいの大きさの動物くらいだ。子供といっても綾ちゃんじゃ無理。そう考えると今この場にいるものであの窓をくぐり抜けれるのはオサルしかいない。そしてオサルなら窓を出たあと、わずかな取っ掛かりでもあれば、壁を伝って屋根に上ることも可能じゃないか。そして今ここにいる中で唯一アリバイがないのはオサルだけだろ? たしかにオサルは銃声のしばらくあとには綾ちゃんの部屋から出てきたよ。でも人間ならポールを撃ったあと、たった十数秒で自分の部屋まで戻るのは不可能でも、オサルなら屋根を伝っていけば可能じゃないか?」
みな当惑している。僕の推理を受け入れられないらしい。はっきりいって不満だった。
「どうしてみんな納得しないのさ? 物理的に犯行が可能だったのはオサルだけじゃないか? 論理的に考えてそれ以外はあり得ないはずだよ」
そうだ、それしかない。
あらゆる可能性が否定されたのだ。
自殺ではない。事故でもない。遠隔操作でもない。外から撃ったのでもない。中に隠れていたのでもない。壁にしがみ付いて窓から手を入れて撃ったのでもない。発見時に撃ったと見せかけて刺し殺したわけでもない。ドアから出入りはしない。バルコニーから出入りしたのでもない。
唯一、残った可能性はこれだ。窓から入り、ポールを殺したあと、窓から出ていった。そしてそれが可能なのは唯一オサルだけだ。論理的矛盾などただの一点もない。
「ちょっとまってください。それならどうして窓の鍵が掛かっていたんですか?」
島田さんが聞く。
「それはきっとポールが反射的に閉めたんだと思います。オサルが窓から逃げたあと、二度と入ってこれないようにしたんじゃないかな?」
「死に際に絵を指差したわけは?」
洋子さんが聞く。
「そ、それは……たぶんオサルがあの絵の当たりから拳銃を撃ったんです。オサルはあの絵の中にまぎれていて、ポールは絵の中の猿が拳銃を撃ったように錯覚した……とか?」
我ながら、めちゃくちゃ苦しい説明だと思う。
「まあ、はっきりいってよくわかんないけど、そんなことたいした問題じゃないでしょう? 死ぬ間際に意識がもうろうとしていて、オサルの幻覚が見えたのかもしれないし。可能性はいくらでもありますよ」
「じゃあ、なんで猿がポールを殺そうとしたんだ? ていうか、そもそも可能なのか? 猿に拳銃が撃てるのか?」
どうやらさやかさんも信じていない。
「できるんじゃないかな? 訓練すれば」
「訓練だぁ?」
できるはずだ。チンパンジーはおそらく人間の次に頭がいい。そして人間の次に手を器用に使えるはず。天井にぶら下がったバナナを道具を使って取ったりするじゃないか?
拳銃だって訓練次第で使えるようになるはずだ。
「なにいってるの、一郎さん? オサルはあたしが日本から連れてきたんだよ。そんな訓練なんかしてるわけないじゃん」
綾が怒りを通り越し、あきれたようにいった。
しかし僕はそれを信じることはできなかった。なぜならチンパンジーが自分の意志でポールを拳銃で撃つわけがない。つまり僕の推理が正しければ、それをやらせたのは綾に他ならないのだから。
「ごめん、綾ちゃん、悪いけど信じられないよ。あのとき、オサルは君の部屋にはいなかった。正確にいえば、綾ちゃん、君が送り出したんだよ。拳銃を持ったオサルは、あらかじめバルコニーから屋根に登ってポールの部屋のほうにまわって、窓から侵入しておいた。そしてポールが部屋に帰ったとたん撃ったんだ。そのあと、窓から屋根に登る。そして屋根伝いに綾ちゃんの部屋に戻ったんだよ」
「だから、あたしはここに来て一週間くらいなのよ。その間、ずっとお客さんが切れることはなかったのに、どうやってオサルにそんなことを覚えさせるのよ。できるわけないじゃん」
「う」
言葉に詰まった。たしかに完璧におこなうまではかなり長期間の訓練をしたはず。それも同じ条件で。たしかにそんなことをおこなうのは無理なような気がする。
考えろ、考えるんだ。
そのとき、僕の頭に考えが閃いた。
待てよ、訓練はなにもここでやらなくてもいいんじゃないのか?
「わかった、日本にここと同じ造りの建物があるんだよ。そこでたっぷり特訓してからこっちに来たんだ」
確信を持っていった。しかし島田さんはあえなくいう。
「そんな建物はありませんよ。少なくとも私の所有物にはないですね」
「島田さん、あなたもグルですね」
思わず僕は島田さんを指差していた。
「いやあ、そんなこといわれてもね」
頭を掻く島田さんを見て僕は急に不安になった。
なんか変だ?
たしかに論理的にはあっているはず。この答えしかないはずなのだ。
しかし偶然にもこのホテルと同じ造りの家があり、しかもそれを綾が自由に使えるっていうのは都合が良すぎないか? それともまさか、この計画のために同じ建物を島田さんが作ったのだろうか?
そんな馬鹿がことがあるはずない。
島田さんと綾がグルで、島田さんはポールを殺すためにこのホテルと同じ建物を作り、綾がそこでチンパンジーに芸を仕込む。そして用意万全として綾がチンパンジーを連れてこの島に来て、計画を決行する? そんなことを真剣にいい出せば、頭がおかしくなったと思われるだろう。
かといって綾がこのホテルと同じ造りの家を見つけ出し、そこに忍びこんでチンパンジーに芸を仕込むというのは同じくらいに馬鹿げている。
「一郎君、それはやっぱり無理だよ」
口をはさんだのは洋子だった。
「ポールがこのホテルに来たのは初めてだよ。綾ちゃんを知っているふうでもなかったし、そんな計画的な犯行を島田さんたちがしたなんてちょっと考えられない」
もっともな意見だ。衝動的な殺人ならともかく、猿に芸を仕込んで銃殺するとなれば相当な準備期間がいる。まさに計画殺人の最たるもの。見知らぬ客を殺すのにそんなことをするわけがない。そもそも猿の調教師でもない綾にそんなことができるとも思えなった。
さっきまであった自信が急激にしぼんでいくのを感じた。
「ほらほら、しっかりしてくれよ、名探偵さん。で、参考までに聞くけど、訓練訓練てどんな訓練をしたんだい?」
薫がにやにやと笑いながら聞いた。僕はもうやけくそだった。
「だからさ、仮想ポールの部屋に人形を置いておいて、『さあ行けオサル』ってオサルを送り出すんだよ。オサルは屋根をつたって窓から侵入して人形を撃つ。それを確認した綾ちゃんが『よくやったわ、オサル、これご褒美よ』っていってバナナをあげるのさ。オサルはそれをウッキーっていいながら食べて、拳銃で撃てばバナナって擦り込まれるんだよ」
「ぎゃああ~はっはははははははははははははは!」
たしかにいっていて自分で馬鹿馬鹿しかった。しかし薫の態度を見るとむかついてくる。なにしろ、腹を捩り、目に涙を浮かべながら床を転げまわっている。
いまいましいことに、あの馬鹿カップル、さっちゃん、まあくんコンビすら笑っているではないか。とくにさっちゃんはそうすればさっきの自分の失敗が帳消しになるとでもいわんばかりに大げさに。
それどころか、あのポチ子は同情のまなざしすら僕に向けている。
穴があったら入りたかった。
こんなはずじゃなかったのに。
薫が「やるじゃないか、一郎君」と見直し、さやかさんが「おまえ、じつは頭がいいんだな」と誉め、他のみんなも尊敬の眼差しで僕を見つめるはずだった。
だが現実は薫が馬鹿笑いし、さやかさんは失望している。表立って反応しない人たちも内心笑っているに違いない。ポチ子に至っては、哀れみのまなざしで僕を見つめたかと思うと、ぽんぽんと僕の肩を叩いてうなずいた。
「や、やっぱり君ほど名探偵助手が似合う男はいないよ、一郎君。真相の前にこういう馬鹿な推理で笑わせるセンスなんて類を見ない! まさに史上最強の名探偵助手だ! あ~はっははははは」
く、くそう、薫のやろう。そこまで笑うか? おまえなんか、おまえなんか……。
いや、でも待てよ? 本当にそうなんだろうか? 計画的犯行が無理だとすると……。
「ま、待て。じゃあ、事故なら? つまり、なぜかポールの部屋には拳銃があって、オサルはたまたま窓から忍び込んだ。そして拳銃をいたずらしてたら弾が飛び出して、びっくりしたオサルはあわてて窓から逃げ出す。そのときに拳銃を海に落としたんだよ」
「なぜかポールの部屋には拳銃があってって、なんであるのさ?」
ようやく笑い終わった薫がいう。
「そ、それは、……ポールがじつは拳銃密売人だったとか?」
「それもだめだよ」
薫があきれた顔でいう。
「ポールが拳銃密売人か殺し屋か知らないけど、そもそも無理があるんだよ。銃声のあと、オサルは綾ちゃんの部屋から出てきたんだ。そのとき濡れてなかったんだよ。あの雨じゃ間違いなく濡れるし、濡れてればみんなの目をひいたはずじゃないか? 乾かしている暇なんか当然なかったしね。それともオサル、合羽でも着てたのかい?」
そういってまた激しく笑う。
たしかにそうだ。あのとき、オサルはずっと部屋の中にいた。ずぶ濡れだったらみんな不審に思ったはずだ。誰もなんの違和感も抱かなかったのは、オサルが濡れてなかったからに他ならない。
合羽を着たチンパンジーが窓から飛び込んで来て銃で撃つ。それも計画的犯行じゃないなら偶然合羽を着ていたことになる。ほとんどギャグマンガだ。しかもつまらない。自分がこれだと自信を持って披露した推理は笑えないギャグマンガのネタでしかなかった。
「うう、ごめん、綾ちゃん。僕の早合点だ」
「……いいけど、べつに」
激しい自己嫌悪が襲う。
「だけど、薫。そうなるとそれこそすべての可能性は途切れたって。残った唯一の可能性は『窓から入って、殺害後、窓から逃げる』しかないんだ。オサル以外にそれができるものはいないし」
「本当にそう思うかい?」
薫はにやりと笑うと、僕を隅に追いやり、ふたたびみなの注目を浴びた。
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「じつはもうひとつ可能性があるんだ。だけどそれを説明する前に、他の角度から事件を見たほうがわかりやすい。というか、そうしないと理解不可能かもね」
「どういうことだよ?」
僕は薫の真意を計りかねた。
「ラニの亡霊の正体だよ、一郎君」
たしかに誰もが密室殺人のことにばかり気を取られていて、ラニの亡霊の正体を深く考えていなかった。というよりも、あの亡霊に扮した人物こそが犯人なのではないのか?
「いいかい? ラニの亡霊を見たのは全部で六人。最初は綾ちゃん。綾ちゃんは沖で飛び跳ねているラニを見た。次はヨヨ。ヨヨは海中で人魚の姿をしたラニに出会った。昼間と夜と一度ずつ。そして洋子さんと高橋夫妻。洋子さんたちは最初の事件直前、入り江から出てくるラニを見た。そして最後に一郎君、君だ。君は二番目の事件の直前、美奈子さんの部屋のバルコニーで見た。そうだよね?」
たしかにその通りだ。そしていずれの場合も、見た直後に煙のように消えている。
「そして、最初の事件の前の警告。つまり、拳銃の落書きをされたラニの写真がホールに貼られたこと。そして、一郎君が体験した血のシャワーと鏡の文字。それにゴミ箱に捨てられていた人魚伝説の元になったノート。これらのことから、考えられることはひとつしかないよ」
「焦らさないでください。さっぱりわかりませんよ」
ポチ子がほおを膨らませる。
「ははは、負けを認めるのかい、ポチ子君」
「さっさと謎を解いてから勝ち誇ってください。もしできるのならね」
「いいとも。まあ、ヨヨが昼間に深場で見た人魚のラニは、きっと窒素酔いによる幻覚だよ。さもなきゃ、イルカかでっかい魚を見間違えた。それ以外に考えられない」
まあ、たしかにそうだろう。幻覚でなければ、それこそほんものの亡霊か、化け物だ。
ヨヨも内心なにかいいたそうな顔をしているが、確信がないのか、反論はしなかった。
「じゃあ、最初の綾ちゃんが見た人魚はなんだったんだろう? ただの見間違い? 違うよ。確信犯的に偽証したんだよ。綾ちゃんはあたかも、いもしないラニを沖で見たかのように証言しただけじゃなくて、自らラニに化け、第三者の目に姿をさらしたんだ」
「なんだって?」
さやかさんは驚愕の表情で薫を見た。そして、次に綾を見た。
「そう、ポールの事件の直前、洋子さんが見たラニに化けれるのは綾ちゃんしかいない。あの時間、綾ちゃんだけが単独行動をしていたんだよ。しかも、あの直後、綾ちゃんは外から帰ってきたじゃないか? みんな殺人のアリバイにばかり気がいっていたけど、冷静に考えれば誰だってわかるよ。夜の入り江から現れたラニは綾ちゃんの変装。といっても鬘を被っただけだよ。裸に見えたのはビキニを着ていたから、暗い中では全裸に見えたんだろうね。そう考えれば、洋子さんたちがレストランで見たラニが一瞬の隙に消えたわけもわかるでしょ? たんに鬘を外してエントランスホールから中に入っただけだよ。実際に綾ちゃんが入ってきた時間とも合う。鬘はこっそりゴミ箱かどこかに隠しておいて、あとで隙を見て回収したんだろうね」
「い、いや、だけど、僕が美奈子さんのバルコニーで見たラニは……」
あれは綾のはずがない。そういおうとすると、薫がさえぎる。
「それに関してはあとで説明するよ」
綾は真っ青になりながら、ひとことも弁明しない。いや、できないのだろう。
「それだけじゃない。ボクたちの部屋のシャワーに赤い絵の具を入れたり、鏡に警告文を書いたりすることも綾ちゃんだからできたんだよ。あのとき、ボクたちは美奈子さんの部屋を調べていた。それを外から立ち聞きして、ボクが油断ならないと思って、警告しようと思い立ったんだろうね。ホールには島田さんや、スタッフが残ってたけど、テーブルをかたしたり、ハンマーと楔を取りに行ったりでばたばたしてたし、綾ちゃんが忍び込むのに気づかなかったんだと思う」
「たしかにそうだ。しかしあれを消すことはできなかったはずだ。あれを発見したあとすぐに第二の殺人が起きた。そのとき、綾もいっしょに美奈子の部屋に入っている。消す時間はない」
さやかさんが反論する。
「そう、たしかにあのとき綾ちゃんはボクたちの部屋に忍び込めなかった。でも島田さんはどうかな? 懐中電灯を取りに行くという名目でいったん部屋を抜け出てる。タオルで絵の具の文字を拭き取るくらい、ものの十数秒もあればできるじゃないか?」
島田さんは無言だった。
「あのとき、綾ちゃんは焦って、あと先考えずにあんなことをしたけど、筆跡を残すのは非常にまずい。あれを書いたのが綾ちゃんだと思った島田さんは綾ちゃんをかばったんだよ」
綾は明らかに狼狽している。まるで薫の推理が正しいといわんばかりに。
「ゴミ箱に人魚伝説のノートを捨てたのはポールだよ。なぜならポールの部屋に何者かがこっそり置いておいたから。ポールは驚いただろうね。彼にしてみれば、そんなものを手元に置いておきたくなかったのは間違いないよ」
「いったい誰がそんな真似を?」
さやかさんが叫ぶ。
「置いたのはあなただよね、島田さん?」
薫は島田さんを指さす。
「ホールにラニの写真を貼ったのも島田さんでしょう。島田さんならスタッフを好きに動かせるから、怪しまれずに貼ることができるし、マスターキーを使って自由に客室にはいることもできる。そればかりか、島田さんはあの晩、人魚伝説の話をみんなにした。まあ、ボクが一郎君に訳させた文章を読ませたけど、べつに一郎君がしなくたって自分でそうするつもりだったんだ。っていうか、そもそもあの古いノート。あれは島田さんがポールの反応を見るために、それらしいものをわざわざ自分で作ったんじゃないの?」
島田さんはあらゆる感情をなくしたかのように無表情で聞いている。
「そうか。ラニを殺した犯人を追い詰めようとしたのか?」
さやかさんが答えた。
「そう、ふたりはラニを殺した人間がこの中にいると考え、それをあぶりだそうとしたんだ。だからラニの亡霊をでっち上げ、ポールの部屋に人魚伝説のノートを忍び込ませておいたんだよ。それだけじゃない。ホールの壁にラニの写真を貼り付け、そのあとはポールの部屋の中に拳銃を置いて、鱗交じりの水をまいた。それはポールこそがラニを殺した犯人ではないかと疑ったため。それをやったのはもちろん島田さんだよ。ポールの留守のとき、部屋に忍び込むチャンスを自分で作ったのさ。さらにいえば、綾ちゃんがラニに変装したのは、もちろんポールに見せるためだよ。きっと窓に小石でもぶつけて注意を引いたんだろうね。洋子さんに見られたのは計算外のことに過ぎない」
「だが、それでポールが犯人だと確信できるのか? 疑わしいだけだ」
さやかさんが疑問を投げかけた。
「水や鱗、拳銃といっしょに怪文書を部屋に残したんだよ。今朝、ビーチでボクが拾ったやつがそう。『you killed me.(おまえは私を殺した)』ってやつだね。あれは島田さんが、ラニがポールに対して宛てたように見せかけたメッセージだったんだよ。もし、ポールが無実なら、そのことを包み隠さずに島田さんに報告するはずだ。当然だよね、そんな嫌がらせを受けるいわれなんてないうえ、拳銃なんて物騒なものまであるんだもの。でも、もしポールがラニを殺したとすると、わざわざいうかい? だってせっかくラニは事故死だと思われているのに、ことを大げさにしたくないはずだよ。だから、ポールはこのことを報告するつもりはなかった。文書を捨てて、闇に葬り去ろうとするだろうね。島田さんは、そのことでポールが犯人かどうか判断しようとしたんだと思う」
「しかしそれなら拳銃はいらないだろう? ビビらせるだけなら、ノートに海水、鱗、怪文書だけで充分だろう……」
さやかさんはいいかけて、はっと息をのんだ。
「自殺教唆。島田さんは、ポールに良心が残っているならば、これで自殺しろといいたかったんだと思うよ」
薫は悲しげにいう。
「だが、ポールは自殺なんかしなかった。だからポールを殺したっていいたいのか? しかし……」
さやかさんがいいたいことは、薫もわかっているらしい。島田さんにはどうやっても不可能だ。
「私が殺したというなら、ぜひ説明してほしいですね」
島田さんはまったく慌ててなどいなかった。むしろ投げやりで、ぜひ謎を解いてくれといわんばかりだ。
「それなら話は簡単なんだけど、残念ながらそうじゃない。そう、この事件が不可解なのは、ラニの亡霊の仕掛け人が、島田さんと綾ちゃんなのは明白なのに、どう考えてもふたりには犯行が不可能だってことだよ」
「つまり、もうひとり、共犯者がいるといいたいのか?」
さやかさんの問いに、薫は首を横に振った。
「共犯者もなにも、この島にいる人間にはポールは殺せなかった。かといって、外部の人間もいない。いったい誰がポールと美奈子さんを殺したのか、もっとも不思議に思っているのは他ならぬ島田さんと綾ちゃんだよ」
「なんだと? つまり、このふたりはポールを殺した犯人と無関係ってことか?」
「そういうことだね。島田親子の工作とはべつに、ポールを殺そうとしていたものがいたんだ」
「つまり、そいつが島田親子のやったことを利用したっていいたいのか?」
核心に近づくにつれ、さやかさんの声は大きくなる。薫はそれを見て、悪戯っぽく笑った。
「利用とはいえないね。犯人は島田さんたちとの思惑とはまったく無関係に動いた。両者の思惑がここまで絡み合ったのはただの偶然なんだ」
「誰なんだ、その犯人は?」
そうだ、いったい誰なんだ?
僕にはいくら考えてもまったくわからない。どう考えても、誰にも不可能だからだ。
「ここで、はじめに戻るよ。いいかい? ポールの事件の最後の可能性。それは『犯人は、部屋に入らずに外からポールを殺した。しかし、銃を使っていない』ってことだよ」
銃を使っていない?
いったいなにをいいたいんだ、薫は?
銃を使わずに、いったいどうやって外からポールを殺したというのか? しかも、室内には間違いなく弾丸が撃ち込まれていたというのに。
理解不能だったのは僕だけではなかったようだ。さやかさんが怒鳴り散らす。
「わけのわからんことをいってるんじゃねえ。犯人は超能力でも使ったのか?」
「ここまで説明してもまだわからないの? 名探偵失格だね、さやかさん」
薫が勝ち誇ったように笑った。
「な、なにを偉そうに。さやか様を侮辱しないでくださいっ!」
「はは。悪かったね、偉そうで」
薫はちっとも悪くなさそうにいう。
「いいかい? ポールの身になってみなよ。自分が殺した女の子の亡霊は現れるわ、人魚伝説の書かれたノートは何者かに部屋に置かれるわ、自分への復讐を暗示していると取れる写真は貼られるわ、食卓では人魚伝説を語られるわで、かなりナーバスになっていたはずだよ。そして部屋に戻ると、床には鱗の浮いた水。脅迫状とも取れる手紙に拳銃。しかも窓から外を見るとラニとしか思えない女が海からビーチに歩いていく。完全にパニックになったはずだよ。そのとき、いったいなにが起こったか?」
たしかにポールがラニを殺した犯人なら、頭は真っ白になったに違いない。
「ポールは動揺し、手にした拳銃の引き金に触れた」
「事故。事故だったのか?」
さやかさんはあきれたように叫んだ。
「たしかに事故は起こったよ。でも、それは致命傷にならなかったんだ。弾は左の掌を貫き、壁にめり込んだ。そしてそのとき、血がガラスにとびはね、それを展望レストランから洋子さんに見られたんだよ」
掌の銃創は庇い手によるものではなかったのか?
「さあて問題だ、一郎君。もし君がポールだったら次にどうする?」
次にどうする? 今の銃声で、みんなが駆けつけるのは時間の問題だ。もし、僕がポールだったら、自分の殺人を告発した、ラニからの脅迫状だけは処分したい。
「窓から脅迫状を捨てる?」
「そう、まさにその通りだよ。パニックで冷静な判断力がなくなったポールは、とにかく脅迫状と拳銃を処分したかったのさ。窓を開け、顔を出し、誰も見ていないことを確認すると、拳銃と脅迫状を窓から海に捨てた。そしてまさにそのとき、誰にも予想できないことが起こったんだよ」
誰にも予想できないこと?
なんだ?
つまりそのとき、犯人は外から銃を使わずにポールを殺した? どうやって?
「犯人は海面から一瞬のうちに数メートル飛び出し、ポールの喉を刺したんだよ。弾丸と同じ程度の径の、銛のような細長い凶器を使って」
「馬鹿な。そんな馬鹿なことが……」
さやかさんだけが激しく驚愕し、動揺した。薫がいいたいことがわかったらしい。
しかし他のものは、わけのわからないまま唖然としている。もちろん僕もだ。
「海から飛び出して喉を刺したって、おまえ、超人じゃないんだからさ」
僕は誰もが思っているだろう疑問を口にする。
「人間じゃないんだ」
さやかさんがつぶやく。
「そう、ポールを殺したのは人間じゃない。イルカだよ」
薫のあまりに意外な発言によって、誰もがあんぐりと口をあけた。
5
「な、な、な、なにいってんだよ?」
僕は思わず聞き返す。おそらく誰もが聴き間違いだと思ったはずだ。
「だから、イルカが水中から飛び出してきたんだよ。それもただジャンプしたわけじゃないよ。口には先の尖った棒状のものを咥えていて、それがポールの喉に突き刺さったんだ。一見銃創に見えたあの喉の傷は、刺し傷だっていってるんだよ。まあ、それに関してだけは、さっちゃんは大正解だったんだ」
数秒の沈黙があった。誰もが言葉を失ったのだ。
「ちょ、ちょっとまてよ」
僕が沈黙を破る。
「そんな馬鹿げたことを信じろっていうのか?」
それはチンパンジーが拳銃でポールを撃ったというよりも、はるかに衝撃的な答えだった。常識が通用しない世界だった。
「なんで? ちっとも馬鹿げてなんかいないよ、一郎君。これですべての謎が解明されるんだ。いいかい? 犯人は部屋に入らずに外からポールを殺した。それ以外に考えようがない。だけど遠くから拳銃で撃つには失敗する確率が高い。だから犯人はポールのすぐそばまで来たはずだよ。つまりポールが窓から顔を出したとき、犯人はそのすぐ近くにいたってことさ。だけど洋子さんの証言では銃声があったとき誰も外壁に張りついてなどいなかった。そこから推測される答えは、銃は致命傷を与えず、ポールはそのあと洋子さんが目を離した隙に窓から顔を出した。そして犯人は一瞬の内にポールのすぐそばまで来た。そういうことになるんだよ」
なるほど、水中から一瞬で跳び上がればその条件を満たす。そしてそれができるのは、たしかにイルカしかいない。いや、たしかにそうなんだけど……。
「屋根に潜んでいたんじゃ、洋子さんたちの目に止まる可能性が高い。洋子さんの見えない場所から一瞬で窓のそばに寄ることができるのはイルカしかいないんだよ。それに人間なら、こんな悪条件で銃を撃って失敗すれば自分の身が滅ぶとか考えて実行できないかもしれないけど、イルカはそんなことを考えない。そしてそのときイルカが湾内にいたのは美奈子さんとヨヨが証言してるじゃないか。美奈子さんたちが見たのは人魚なんかじゃなくて、まさにポールを殺したあと、海に帰るイルカだったんだよ」
いわれてみれば、たしかにそれでヨヨたちが見た人魚の謎は解ける。現にそれが人魚だと主張したのはヨヨだけで、美奈子さんはイルカだと思ったといった。
「それと、窓の鍵が掛かっていたことについていえば、まだ息のあったポールがさらなる攻撃を防ぐために反射的に閉めた可能性もあるけど、たぶん、ポールは喉を刺されて、顔を室内に引っ込めるとき、とっさに窓の取っ手を傷ついていないほうの手で掴んだんだと思うよ。そのまま床に倒れこみ、鍵はその拍子にたまたま掛かった。そう考えるほうが自然だろうね」
「じゃ、じゃあ、死に際に人魚の絵を指さしたのは?」
「そうじゃないよ。あのとき、ポールは人魚を指差したわけじゃないんだ。あの絵には人魚と共に泳ぐ魚たち、それにイルカが描かれていたじゃないか? そう、ポールはあの絵に描かれたイルカを指差したんだよ」
一瞬信じかけた。それほどまでに薫の推理は完璧に見えた。
しかし僕はすぐに思った。
変だ。
いつ誰がどうやってそんな訓練をしたというんだ?
ついさっき自分のオサル犯人説でさんざん馬鹿にされたことじゃないか?
「薫、その説は僕のオサル犯人説と同じ理由で却下だぁ!」
僕は叫んだ。
「どうやってそんな訓練するんだよ? だいたい人を殺すのに長年準備しすぎだ」
自分のことを棚に上げて薫を馬鹿にする。
「一郎君のいうとおりです。誰がやらせたか知りませんが、なんだってそんなまどろっこしいことするんです? 第一、計画的犯行にしてはずさんすぎます。もしポールが窓から顔を出さなかったらどうする気だったんですか?」
僕の反論に乗ってきたのはポチ子だった。ちょっと複雑な気分だ。
だが、たしかにその通りだった。その推理はポールが窓から顔を出さなければ成立しない。しかもそれに合わせてイルカがジャンプする。成功する確率は極めて低いはずだ。
「これは計画的犯行なんかじゃないんだ。いろんな偶然が積み重なって起きた事件なんだよ。密室になったのも、伝説の見立てに見えたのも、ぜんぶ偶然。奇跡のような偶然が起こったんだよ」
「そんなわけないじゃないですか。仮に計画通りいかなかったにしろ、計画はあったはずです。イルカを調教したくらいですからね」
「そうじゃないんだ。誰もイルカを調教なんてしなかった。だってイルカは自分の意志でやったんだから」
「なんですってぇ?」
ポチ子だけじゃない。誰もが耳を疑ったはずだ。それほど薫がいったことは常軌を逸していた。
「つまり、イルカがポールに殺意を抱いたっていいたいんですか? 正気ですか?」
「そうだよ」
「そんな馬鹿なことがあってたまりますか」
「まだわからないのかい? そのイルカこそラニと心を通わせていたルフィーだよ」
「なんですって。そ、それじゃあ、まさか……」
ポチ子は一瞬息をのむ。
「ルフィーはラニの復讐のためにポールを殺したといいたいんですか?」
「うん。ルフィーは復讐のチャンスをずっと待ってたんだろうね。でもポールはそれを本能的に察知して海に入らなくなった。ルフィーは必死に考えたんだよ。どうすれば部屋の中にいるポールを殺せるか? 部屋のまわりを泳ぎながらずっと考えていたんだ。そしてルフィーはポールがときどき窓から顔を出すことを学習したんだ。実際ルフィーがここ数日入り江に頻繁に出没してるところを現地スタッフたちが見てたって洋子さんがいったじゃないか」
「たしかにそうだよ」
洋子さんが肯定する。僕もそれを覚えていた。
「そんなとき、水中で凶器になり得る折れた鉄柵か、スピアガンの銛かなにかを拾ったのさ。これを咥えてジャンプすれば刺せる。そのことを思い付いたんだよ」
「そんなわけないです。イルカが道具を使う? ありえませんよ」
「で、でも、そういえば、ルフィーは口に棒を咥えて、それでボールをリフティングして遊んだりしてた。口で道具を使うことに関してはありえないことじゃない」
そういったのは、洋子さんだった。それはまさに、薫の推理を裏付ける。
「そしてきょう、ルフィーはポールが窓から顔を出すのを待ったんだ。いや、きょうに限らずここ数日狙ってたんだと思う」
「だが、これっていうタイミングに巡り会えなかったっていいたいのか?」
しばらく考えこんでいたさやかさんがいう。
「だと思うよ。これは想像だけど、これ見よがしに水面を泳いでれば、相手は脅えて出てこないんじゃないかって、本能的に察知したんじゃないかな? きょうも、浅瀬に身を隠しながら、ときどき浮上して様子を見ていたんだよ。そしてまさにルフィーが海面に顔を出しているとき、ついにポールは窓から顔を出した。ルフィーはそのチャンスを逃さなかったんだ」
薫はいいきった。
「で、でも、そんなことが……」
しばしの沈黙のあと、叫んだのは洋子さんだ。
「やっぱりイルカが人間を殺すなんてありえないよ」
「どうして?」
薫は冷静に聞く。
「イルカが人間を襲うなんて聞いたことがない。餌の小魚は襲うけど、それは生きるための食事だよ。イルカが食べるため以外に生き物を襲うなんてことはありえないよ。イルカは愛情深くて平和的で知的は動物なんだからさ」
「知的で愛情深いからこそ復讐を考えるんだよ」
「そんな前例はないよ」
はたしてイルカは復讐のために人間を殺すことができるか? そんなこと僕にはわからなかった。しかし少なくとも、身体的には可能だ。
「たしかに前例はないかもしれないけど、可能性はあるよ。イルカが平和的でフレンドリーっていうのは、人間が勝手に作った幻想に過ぎないんだよ。野生動物だし、海の狩人シャチに近い種だよ。犬だって、自分に優しい人間にはなつくけど、自分をいじめる人間には吼えたり、場合によっては噛みついたりする。特定の人間だけを吼えながら追いかける犬、見たことないかい? 恨みを覚えてるんだよ。ましてや、イルカは犬より頭がいいそうだしね」
「でもいくら頭がいいっていったって、しょせん動物でしょ? イルカが尖ったものを凶器に使うなんて思いつくわけぇ?」
さっちゃんが疑問を挟む。
「この島では漁はおこなわれていないらしいけど、近くの島では漁がおこなわれていることもあるはずだよ。もしルフィーがスピアフィッシングでも見ていれば、学習する。先の尖ったものは武器になるってね。それにヨヨに聞いたけど、ラニはルフィーのことをイルカの中でもずば抜けて頭がいいっていってたそうだよ。きっとその通りなんだろうね」
ずば抜けて頭のいいイルカ。愛情深く、ラニと心を通わせていたイルカ。
イルカによる復讐劇はあったのかも……。
いや、やっぱりそんなはずはねえ! もう、だまされないぞ。
「たしかにこのへんじゃスピアフィッシングをするやつもいるから、ルフィーはそれを見て、尖ったものが凶器になることを学習したってこともあるかもしれない。でもルフィーはどうやってポールを判別したのさ? イルカはソナーで相手の位置がわかるから、それほど目は良くないはずだよ。あの角の部屋にいたのがポールだってどうしてわかったわけ?」
洋子さんもまだ納得がいかないらしい。
「それに関しては、ポール自身が生前にいってた。イルカの視力はよくもないけど、それでも水中で0.1。陸上で0.08程度はあるそうだよ。かなりの近眼だけど、陸上では二、三メートル離れたあたりが一番見えるらしいから、海からバルコニーや窓から顔を出すポールを識別することはできたはず。ポールはただひとり金髪だったから細かい部分が見えなくてもわかりやすかっただろうし」
洋子さんのみならず、誰しも半信半疑なのだろう。人間常識を逸脱したことは素直に信じることができない。
「まあ、ボクだって、すべてのイルカに同じことができるとは思わないよ。でも、ルフィーにはできた。イルカにしてはずば抜けた知能を持ち、ラニと心を通わせたルフィーだからこそできたんだ。そういうことなんだよ」
「だけど薫。ラニを殺したのはポールっていう前提で話を進めてるけど、証拠はあるのか。そもそも動機はなんなんだ?」
僕はそれが気になっていた。
「証拠はないけど……、でも状況から考えて、 そうとしか思えないよ。それにそう仮定しないとこの事件は解決しないし。……ただ、ポールがラニを殺した動機に関しては、正直ボクにもさっぱりわからないよ」
動機? いったいなぜポールはラニを殺したのだろうか?
薫にわからないものが僕にわかるはずもない。
事故だったのかもしれない。悪いほうに考えれば、もっと生々しく邪悪な動機も推測される。
アメリカあたりじゃ、それこそ女を殺すこと自体が目的という犯罪者の事件がときどきあるって聞く。
「仮にポールの事件がおまえのいうとおりだったとして、美奈子の事件はいったいどう説明するつもりなんだ? 同じくらいにわけのわからん事件だぞ」
さやかさんが薫にいった。
たしかにそうだ。美奈子さんがポールと同じ殺され方をしたとすると、あの銃声はなんだ?
バルコニーにいた謎の女は?
なぜバルコニーに出るサッシ戸に鍵が掛かっていた?
そもそもルフィーはなぜ美奈子さんを殺したのか?
僕の頭の中に疑問は渦巻く。
「ふふふ、知りたいかい?」
薫は笑った。
6
「ああ、知りたいね。どうやってイルカが拳銃を撃ったのか? どうやってイルカがサッシ戸のクレセント錠を掛けたのか?」
さやかさんはやけくそ気味にいった。
「馬鹿だなあ、拳銃を撃ったのは、もちろん美奈子さんだよ」
「なんだって?」
さやかさんでなくともそういいたくなる。なぜ、美奈子さんが拳銃を撃たなくてはいけないのか? いったいなにを撃ったというのか? どうして拳銃を持っていたのか?
僕にはさっぱりわからなかった。
「いったいどういうことだ?」
さやかさんは頭を抱えながら叫んだ。
「まず、どうして美奈子さんが拳銃を持っていたか? それは簡単だよ。美奈子さんはナイトダイビングをしているとき、ポールが捨てた拳銃を入り江の中で拾ったんだ。美奈子さんはそれをBCのポケットにでも入れたんだよ。きっとみんなに見せるためにね。ところがいざホールに入るとやたら深刻な感じで、あげくにポールの死を聞かされて動揺して、出し損なったに違いないよ。さらにさやかさんが犯人扱いするから出すに出せなくなったのさ。だって拳銃を持っていれば、さやかさんの推理を裏付けることになるからね」
その言葉にさやかさんは愕然とした。
「あのとき、美奈子はバッグに拳銃を入れて持っていたのか?」
美奈子さんが帰ってくるとき、ダイビング器材一式を入れたメッシュバッグを手にしていたことを僕は思い出した。
「なんてこった。あたしのミスだ。美奈子が犯人ならば、凶器の拳銃を馬鹿みたくいつまでも持っているはずがないという固定観念があった。犯人ならばポールを撃ったあと、海に捨てるに決まってるからな」
もっともさやかさんに限らず、誰ひとりそのことに気を向けなかった。薫とて偉そうにいっているが同罪である。だが、薫はしれっとした調子で話を続ける。
「あのとき、美奈子さんは部屋に閉じ込められたよね。外から楔を撃たれると同時に自分も中からドアとサッシの鍵を掛けた。当然だよね。誰ともわからない真犯人が入ってこれないようにするためだよ」
「でも変だ。バルコニーから中を覗いていたのは何者なんだ? どうして美奈子さんはそんな状況でバルコニーのサッシを開けたんだ? 考えられないよ。ドアから助けを呼ぶに決まってる」
僕は当然の疑問を口にした。
「まだわからないのかい、一郎君?」
薫はあきれ顔でいった。
「外部からバルコニーに忍び込むことは事実上不可能じゃないか。海からも屋根からもね。そうなると論理的に考えて、君が見た女は、幻覚でない限り、美奈子さん以外にはあり得ない」
「え、マジ? いや、そんなはずはないだろう」
僕は心底驚いた。あの、肌をあらわにしたまま髪を振り乱し、口元には意味不明の笑みすら浮かべていた女が美奈子さん?
そんな馬鹿なことがあるはずがない。
「いいかい、一郎君。もし君が美奈子さんで、部屋に閉じ込められたらなにを考える?」
なにを考える?
「ええっと、いったい誰が真犯人なのか? あの密室はどうしてできたのか? かな」
「そう、きっと美奈子さんも同じことを考えたんだよ」
「ええっと、……だから?」
「つまり美奈子さんは現場を再現してみようとしたんだ。それができれば疑いを晴らせるかもしれないからね。だから、まず美奈子さんはサッシのクレセント錠を機械的に外から施錠する方法が可能かどうか試してみようと思った。できるとすると、どのくらいの時間がかかるかも知りたかった。だから美奈子さんはバルコニーに出て実験したんだよ。たぶん、美奈子さんが試したのは、サッシの隙間から通した糸をクレセント錠に引っかけて引っ張ってみたんじゃないかな」
「な?」
僕は言葉に詰まった。サッシに張り付いて中を覗いていたように見えたのは、糸を使って外部から鍵を掛けれるかどうか実験していたというのか?
あの謎の笑みは、実験がうまくいったことに対して嬉しかったからなのか?
「じゃあ、部屋の中が水浸しだったのは?」
「たぶん試行錯誤のために、何度かサッシを開け閉めしたんだろうね。だから部屋の中には雨が入り込んで床が濡れたのさ。しょっぱかったのは、砕けた波がたまたまサッシを開けたときに入り込んで、海水が混じっていたんだと思うよ」
「で、でも、おかしいじゃないか。成功したら、美奈子さんはどうやって中に入るつもりだったんだよ? それに間違いなく僕が見た女は裸だったし。なんで、美奈子さんは裸になったんだ?」
そうだ。美奈子さんの死体は発見時、全裸だった。そんな実験のため、美奈子は全裸でバルコニーに出たとでもいうのだろうか? 馬鹿げている。そんなことがあるわけがない。
「なぜ裸だったか? 決まってるじゃないか。外は大雨なんだよ。服を濡らしたくなかったんだよ。もちろん、裸といっても水着は着てたと思うよ。君はビキニの水着を見逃しただけだよ」
そうなのか? そこまで断言されると、なにも着ていなかったといい切る自信はない。
「ちょっと考えてみなよ、一郎君。美奈子さんは胸を撃たれたのに、着ていたTシャツには血の一滴も付いていないんだよ。それを考えれば、美奈子さんは部屋でTシャツを脱いでバルコニーに出て、そこで撃たれたって考えるしかないじゃないか」
いわれてみればたしかにそうだ。それ以外にない。
「それから、美奈子さんは外から鍵をかけたらどうやって中に入るつもりだったか? たぶん、なにも考えてなかったんだろうね。成功すると思わなかったか、単純にそのことに気づかなかったか」
間抜けすぎるといいたいところだが、精神的に追い詰められているときはそんなものなのかもしれない。
「案外、一郎君が見た笑みっていうのは、中に入れなくなった自分の馬鹿さ加減を自虐的に笑ったのかもしれないよ」
そういわれれば、そうとも取れないことはないかもしれない。
「まあ、その場合でもガラスを割って手を入れれば、簡単に鍵を開けれるわけだから、そうするつもりだったのかもね。あるいは大声で助けを呼ぶつもりだったのかも」
薫は一応のフォローを入れた。しかしいずれにしろ死んでしまった人間の考えはわからない。推測でしかないのだ。
「ただ、美奈子さんはそれでもバルコニーに出るとき拳銃を持ち出すことを忘れなかった。やっぱり怖かったんだろうね。いつ誰に襲われるかわからなかったから。あるいは証拠である拳銃をいつまでも持っているのは危険と判断して海に捨てるつもりだったのかもしれない。いずれにしろ、美奈子さんは拳銃を持ったままバルコニーに出て、外から鍵を掛けることに成功したんだよ。そのとき、一郎君の叫び声で見られたことに気付き、思わず手すりに身を隠した」
「そこまではわかったけど、……でも納得がいかない。どうしてルフィーは美奈子さんを殺したんだ? あの銃声はなんだったのさ?」
「あのあと、いったいなにが起こったのか? 美奈子さんは海面にルフィーを見たんだよ。口に折れた鉄柵かなにかを咥えたルフィーをね」
折れた鉄柵かなにか、つまり、ポールを刺し殺した凶器を。
「美奈子さんは、部屋でずっと密室の謎を考え続けてたんだろうね。だからルフィーのその姿を見たとき、一瞬にしてすべてを理解してしまったんだ。自分の愛するイルカが、ポールを殺したことに気づいたんだよ」
「じゃあ、あの叫び声は……」
「そう、まさに絶望と怒りと恐怖が入り混じった叫び声。美奈子さんはその事実に耐えられなかった。そして美奈子さんはルフィーが次に自分を襲うと思った。そのために凶器を咥えているのだと」
「でもどうしてルフィーが美奈子さんを……」
「もちろんルフィーにそんなつもりはなかったはずだよ。凶器を咥えていたのに意味はないと思う。たんなる遊びかもしれない。それとも凶器の捨て場所を探していたっていうのは考えすぎかな? まあ、はっきりいって、ルフィーがどういうつもりで咥え続けていたのかまではボクにもわからない。でも、少なくとも美奈子さんを殺すつもりなんかなかったはずだよ。でも、美奈子さんはそうは思わなかった。ルフィーがポールを殺した理由など知るはずもないし、そのときの美奈子さんにとってイルカは愛すべきものではなく、得体の知れない殺し屋に過ぎなかったのさ。だから叫び終わったあと、拳銃でルフィーを撃った」
このとき、僕にもようやく事件の全貌が見えた。
「弾は当たらなかった。だけど、ルフィーは撃たれたことで反撃するためにジャンプし、咥えた凶器を美奈子さんの胸に突き刺したっていうのか? そうなのか、薫?」
「そう。そしてそのまま海に落ちたんだよ。水着は波にもまれて取れたんだろうね。あるいは体中にサンゴの切り傷があったから、ビキニの紐がそのときに切れたのかもしれないし」
薫は少しだけしんみりした様子でいった。
「だ、だから、外から撃った、いや、攻撃したにもかかわらず、弾痕が壁に付かなかったのか。……そして、イルカだからこそ、あの嵐の海を泳ぐことができた」
さやかさんが呆然とした顔でいう。
「くくくくく」
押し殺した笑い声が聞こえた。島田さんだった。
「そうか、そうだったのか。……そういうことだったのか」
島田さんは悲しそうな顔に口だけ笑みを浮かべいった。
「おい、やつを見張っとけ」
さやかさんは小声で隣のポチ子にいった。
「いや、ちょっと待て。僕らの部屋を外から覗いていたやつはなんなんだ?」
僕は何者かが部屋を覗き込んでいたことを思い出した。一瞬でなにかはわからなかったが、そもそも僕がバルコニーに出たのはそいつのせいだ。
「まあ、気のせいってやつ? そうでなきゃ、それこそオサルが悪戯半分にのぞき込んだんだろうね。意味なんかないよ。事件とはまったく関係ないんだよ」
オサルの悪戯ぁ? そういえば、顔がやけに低い位置にあった。
だけど、いくらパニックになってたからって、チンパンジーと人間の顔を見間違うか?
「まて、もうひとつわからんことがある」
さやかさんが薫に食って掛かる。
「ルフィーの動機はわかった。わからないのは島田親子だ。やつらはなぜ……」
「さ、さやか様、危ない!」
ポチ子の声が鳴り響く。さやかさんはいい終わることができず、床に倒れた。
「さやか様!」
倒れたさやかさんの後ろに、拳を握った島田さんが立っていた。さやかさんの後頭部を思い切り殴ったに違いない。
「知りたいのは、俺がなぜラニ殺しの犯人を捕まえようとしたかだろ? おまえたちの知ったことか」
島田は鬼のような形相で吐き捨てた。
7
「パパ?」
綾も島田を見て驚きに声を上げる。
そこに立っている男に、慇懃で人当たりのよさそうな面影はどこにもなかった。
「よ、よくも、さやか様を」
倒れたさやかさんに代わってポチ子が島田をにらみつける。
「やかましい」
その瞬間、島田に組み付いた者がいた。意外なことにまあくんだった。
「よし、いいぞ、まあくん、やれ!」
さっちゃんが今まで聞いたことのない威勢のいい声援を送る。
だが、あっさり振りほどかれると、島田の左ストレートが炸裂した。
哀れにもまあくんは床に大の字になる。
いくら軟弱そうとはいえ、ワンパンチでまあくんが起き上がらないところを見ると、ボクシングで大学時代いいところまでいったというのは本当らしい。
「ま、まあくん」
さっちゃんはおろおろするだけだ。
もう誰も頼りにならなかった。現地男性スタッフの大半は不審なよそ者を捜しに外に出ているし、残っているヨヨも、自分のボスとして君臨してきた男に逆らいづらいのか動こうとしない。あと男ははもう自分しかいない。
「島田さん、お願いだから、やめて……」
止めようとした洋子さんを、島田はひとにらみして黙らせる。
「やめろよ、往生際が悪い」
みながあとずさりする中、僕はそう叫び、一歩前に出た。
はっきりいって勝つ自信はまったくなかった。
だが、自分がやるしかない。
「引っ込んでいろ、小僧」
島田はオーソドックスなボクシングスタイルに構えた。
僕も見よう見まねで左半身になる。
「いったいなんのつもりなんだ、島田さん。誰もあんたが殺人犯だなんていってない」
僕にはそもそもなんで島田が必死になっているのかわからない。島田のやったことは殺人未遂でもないし、脅迫とも取れない。それで金銭を脅し取ろうとしたわけではないからだ。
たいした罪になるとは思えないのに、なぜ必死で抵抗しようとするのか?
だがどんな理由があろうと、さやかさんを後ろから殴り倒したことは許せない。
「そんなに知られたくないのかい? ラニの無念を晴らそうとした理由を」
薫が口をはさんだ。
「いいたくないなら、ボクが代わりにいってあげようか?」
「黙れ」
島田は僕を無視して、薫に向かう。僕からは隙だらけになった。
その隙をのがすまいと、島田の顔面にパンチを打ち込んだ。
「邪魔をするな」
島田はとっさにブロックすると、ジャブを放った。
目の前が真っ白になった。
島田はジャブを連打する。必死にかわそうとするが、ことごとく当たった。
くそ。
一発一発は威力がなくても、こういうパンチはやっかいだ。そもそも見えない。
「この野郎!」
破れかぶれで島田のすねを思い切り蹴った。
もちろん僕は空手もキックも知らないが、ボクサーには意外に盲点となった攻撃らしく、まともに入った。
今だ。
顔をしかめ、隙を作った島田の懐に入る。そうすればジャブを食らうこともない。
「小僧がぁ」
島田はパンチではなく、つかみかかってきた。島田は僕より力が強いらしく。ふりまわされる。だが、離れてパンチをもらい続けるより遥かにましだ。
僕は柔道の経験だってない。だがそれは島田も同じだろう。組み合った状態ならこっちにだって勝機はある。
必死で脚を島田の脚にかける。
チャンスとばかりに僕はそのまま刈り倒す。
島田は後ろに倒れこみ、頭を打った。そのまま動かなくなる。
「ふぅ」
島田がダウンしたのを見て、安堵のため息を漏らした。
正直勝てるなんて思ってもいなかった。僕にとってまさに一世一代の喧嘩だった。
はは。僕だってやればやれるじゃないか。
そう思った。そのとき、まさに油断があった。
まさか、島田がいきなり起きあがり、タックルをかましてくるとは思いもしなかった。
床に叩きつけられた僕の上に、島田が馬乗りになる。
マウントポジションのまま、島田は拳を振り上げた。
「うわあああああああ」
絶体絶命。助けてくれそうな人は誰もいない。
島田がパンチを振り下ろそうとしたとき、異変が起こった。島田が吹き飛ばされたのだ。
なにが起こったのかわからないのは、僕だけでなく島田もそうだったらしい。
薫がそこに立っていた。
「ば、馬鹿な? こんな小娘にふっとばされただと」
島田は唖然としていた。薫は無造作に間合いを詰める。
島田のパンチはもはや半分死んでいた。薫はそれをかわすと手首を掴み、ひねる。
島田が宙に舞う。そのまま床に叩きつけられた。
今度こそ島田は意識を完全に失った。
「パパぁ」
綾は泣きながら島田にしがみつく。
僕が唖然と薫を見ると、薫はなにごともなかったかのようにいった。
「合気道の技だよ。ポールに掛けたのを見ただろう、一郎君」
そんなに強いんなら、僕のかわりに戦えよ。
思わずそういいたくなった。
「やっぱり君は名探偵の助手が似合う男だな。名探偵を守ろうとして戦ういいけど、結局やられて、助けてもらうところとか、完璧だよ」
薫はそういって、にやついた。
「で、でもまあ、……ボクを助けるためにボクサーに立ち向かうなんて、なかなかやるじゃないか、一郎君。弱いくせにさ。……一応、礼はいっておこうか」
薫はちょっと恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ふん、やるじゃないか。だが今のは不意をつかれただけだ。まともにやればあたしのほうが強い」
そういったのは、頭から血を流しつつ立ちあがったさやかさんだ。
「だ、だいじょうぶですか、さやか様!」
ポチ子がさやかさんに抱きついた。
「ふん、どうってことないさ」
ポチ子の頭をなでながら、こんなことは日常茶飯事だとばかりにさやかさんは強がる。
「地元警察のボートが来ました」
エントランスから洋子さんが叫ぶ。グッドタイミングだ。
「あとは地元の警察に任せることにしよう。ま、楽しい事件だったよ。あっはははは」
さやかさんは豪快に笑った。
薫もすごかったけど、なんかこの人もすげえな。
僕は心の中でほほ笑みながら、思った。
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