10

 勝負は一瞬で決着がついた。雑多遠間は安藤誉の眉間に銃口をつきつけ、安藤の動きを止めた。


「……あー、負けた。負けたよ即死。俺の負けだ。ここから爆発させても俺ごと吹き飛んじまう。まるで勝ちようがない。ほら即死、撃てよ。お前の勝ちだぜ」


 安藤は諦めたように力なく両手を上げる。


「……」


 しかし雑多は動かなかった。安藤に銃口を突き付けたまま黙っている。


「……おい、どうした? お前の勝ちだぞ? 引き金を引かないのか?」

「――何故だ」


「はあ?」


「諦めるのが早すぎる。引き金はまだ引かれていない。お前はまだ、ここから逆転できるチャンスがある筈だ」


「いや、それはないな。死因の相性が悪い。ここまで近づかれちゃ殺せるまでにラグのある俺の爆破攻撃は、お前に届く前に俺が殺されて消えて、それで終わりだ」


「……では、もう完全に諦めると?」


「いや、そういうわけじゃない。お前が引き金を引かないなら、見逃してほしいと思っている。すぐに殺さなかったということは、俺に何かできることがあると踏んでのお願いだ。何か俺にできることがあるならそれをする代わりに見逃してほしいというお願いだ。俺にはどうしても死神に成りたい理由があるんでね」


「ふふ、面白いことを言うな。私も司者の一人だぞ? ライバルは一人でも多く消しておきたいということを分かっていて言っているのか?」


「分かってるよ。だから、望みは少ないだろうが、頼んでいる。無理なら引き金を引いて殺すといい。殺されても文句はない。俺が弱かった。たったそれだけのことだ」


「……面白い。どうやら私もお前も、運が良いようだ」


 雑多は安藤に突き付けていた銃を下ろした。


「丁度、仲間が欲しいと思っていたところだ。爆死、お前が私の仲間になると言うのなら、お前は殺さないでいてやろう」


「……は? 仲間?」


「そうだ。仲間だ。私達でチームを組む。一対一で戦うよりも二対一で戦った方が楽だからな」


「……そりゃそうだが、死神に成れるのは一人だけだろ? 無理がある。チームを組んだところで結局俺とお前で戦うことになる。まともに連携なんて取れるわけがないぜ」


「いや、大丈夫だ。何故なら――死神に成るのは爆死、お前だからな」


「……はあ?」


「お前、死神に成りたいのだろう? ならば成るといい。私は死神などに興味はない。標的はお前が殺せ」


「おいおい、じゃあ即死。お前は何のために戦うんだ?」


「何のため、か。……ふふふ、ははは。はっはっは! 何のためか! そうだな。それは簡単だ。勝つためだ」


「勝つため……?」


「そうだ。勝つために私は戦う。私は死神に成る為に戦うのではない。ただ勝つために戦うのだ」


「……だが、だが死神に成るのは俺なんだろ? それでお前が勝ったと言えるのか?」


 と、安藤が雑多に訊いたところで安藤は気付いた。しまった。自分の都合のいいように話が進んでいたのに水を差してしまった。話が気になってしまってついつい質問してしまった。安藤はまずいと思い、先程の自分の質問を取り消そうと口を開いたが、安藤のその焦りは杞憂だった。


「ふん、考え方が幼いな。勝者が一人だけだと決めつけるのは愚かなことだ。チームが勝てばいいのだよ。チームの勝利は私の勝利であり、私の勝利はチームの勝利だ。一人は全ての為に全ては一人の為に、と聞いたことがあるだろう? それと同じようなものだ。私にとっては個人の勝利も大事なことだが、確実な勝利を得るためにチームを組み、チームとして勝利することも時として重要なのだ。今回の場合、死神に成ることが勝利の結果となるならば、チームメイトであるお前が死神に成ればそれがチームの勝利となり、そして私の勝利となる。ならそれでいい。もう一度言うが、私は死神に成りたいのではない。ただ、このゲームに勝ちたいだけだ。勝てばそれでよいのだ」


「……なんで、そんなに勝ちに拘るんだ? これが命懸けのデスゲームであることくらい、知っているだろ? 命懸けで、どうしてそこまで勝利だけに拘れるんだ」


 安藤は質問していた。その質問が自分にとってデメリットに成り得ることは理解していた。しかし、それよりも、そのリスクを背負ってでも知りたいという欲求の方が強かった。


 雑多は安藤の問いに答える。


「爆死、このゲームの参加者が全員死者であることは、もう知っているだろう。つまり、私は死者だ。現実世界ではもうとっくに朽ち果ててしまっている。それが、とても――悔しい」


「くや……しい?」


「死とは一種の敗北だ。生という戦いから落ちぶれた者が行き着いた結果、それが死だ。私は生前、勝利を得ることに喜びを感じていた。勝利することこそが私の生きがいであった。しかし、私は死んだ。人生とは残酷なものだ。最後には必ず死という敗北が待っている。私も例外なく、死んだ。それがどうしても気に食わないし、気に入らない。どうしようもないことであっても、それが分かっていても、嫌なものは嫌であるし、納得できないもは納得できない。だが、これは抗うことのできない自然の摂理だ。死神なんてオカルトなものがあるらしいが、どうも私は生前そういったオカルトの類には巡り合えなかったらしい。おかげで不死になれる可能性があったにも関わらず、それに出逢えないまま死んでしまった。だから、だから――私はせめてでもこのゲームには勝ちたい。有終の美というやつだ。もう私は生という勝負の舞台には戻れないが、ならばその勝負の最後は鮮やかな勝利で飾りたい。ただ、それだけだ」


「……」


 安藤は驚きで何も言えなかった。開いた口が物理的に塞がらない。呆然としていた。今までの人生、数多くの人間に出会ってきたが、こんな人間と出会ったのは初めてだった。


「た、だ勝利への執着心、それだけでこんなゲームを……?」


「そうだ。私にとっては勝利こそが全てだ。他には何もいらない」


「はあ……」


 安藤の体からは力が抜けていた。会話で時間稼ぎをして、雑多が隙を見せた頃で意表をついて殺すことも視野に入れていた安藤だったが、もうその考えはとっくになくなっていた。こいつは、雑多遠間という男は、本気で勝利で渇望している――そう、思ってしまったからだ。


「分かった。即死、お前の話を呑もう。二人でチームだ。俺が死神に成ることで俺とお前の勝利としよう。俺の勝利はお前の勝利でお前の勝利は俺の勝利だ。元々殺される筈の身の俺からしたら願ってもない話だ。受け入れよう」


「そうか。それはいい。これでまた一歩、勝利に近づいた」


 雑多は手に持っていた銃を腰に仕舞い、安藤に背を向けた。上着のポケットから煙草の箱を取り出して、煙草を一本咥える。安藤は驚く。雑多から殺意が消えた。安藤は特にそういったものを敏感に感じ取れるタイプの人間ではなかったが、その安藤でさえもわかった。雑多にもう戦意はない――銃を仕舞った瞬間に安藤が攻撃を仕掛けてくる可能性もあったはずなのに、雑多は警戒する素振りを全く見せなかった。


「おい、ちょっと不用心じゃないか? 今まさにこの瞬間、俺に攻撃されるかもしれないんだぜ? それとも俺なんて警戒する必要もないってか?」


「それはないな」


 雑多は咥えた煙草にライターで火を点けた。そして、少し吸った後、ふーっ、と白い息を吐きだして、言う。


「無警戒で爆死を殺せるほど私は強くない。なに、ここでお前が俺を殺してもお前にメリットはない。それに、もし殺されたのなら、所詮私もここまでだったということだ。私も少しくらいは人の見る目はある。それが実は全然当てにならないものだったと証明されるだけ――そうだろう?」


 雑多が振り向く。その眼は安藤を確実に捉えていた。


「……へえ」


 雑多はさらにこう続ける。


「お前こそ、よかったのか? 死神に興味がないと言っておきながら後で私が裏切る気かもしれないぞ?」


「それもないな」


 安藤が手を差し出す。


「これは個人的な感情だが、どうも俺はあんたを信用してしまったらしい。死神に成りたい気持ちに変わりはないが、裏切られて死ぬなら俺もそこまでだったというだけだ。元々、あんたに負けて死ぬはずだったと考えれば、まだ諦めもつく。恨みはするけどな」


「ふむ」


 雑多は差し出された手の上に煙草を一本、置いた。安藤は煙草を咥える。雑多は何も言わずにその煙草に火を点けた。


「……ふーっ、中々いい銘柄を吸うじゃねえか」


「そうだろう」


「ところで、まだ気になることがあるんだが、いいか?」


「なんだ」


「あんたは強い。一人でも勝てそうな気がする。なのに、何故わざわざリスクを冒してまでチームを作ろうと思ったんだ?」


「ああ……チームは運が良ければと思っていただけだ。信頼関係とはそう上手く作れるものではないからな。ちなみに先程、一対一が二対一になると言ったが実はそうではない。一対二が二対二になっただけだ。どうも標的には仲間がいるらしい。ゲームが始まった初日に奴を殺そうと奴の前に姿を見せたが、奴は何者かと共にバイクに乗っていた。おそらく協力者だな。標的の肩を持つ奇妙な司者がいるらしい。こうなると面倒だ。一人では勝てるかどうか怪しくなる。だからできることならチームメイトが欲しかったというわけだ。二人なら人数が互角な上、他の司者は私達のように協力関係になれるはずがない。だから一人でいるところを二人で襲撃すれば楽にライバルが消せる」


「はあ、成程ね。つまり、現状司者達の中で一番死神に近いのは俺達、ということか」


「そういうことだ」


「よし、俄然やる気が湧いてきたぜ」


 安藤は拳を握った。


 雑多遠間と安藤誉。彼らはお互い死神ゲームによって初めて知った存在であったが、その二人の間には妙な信頼関係が築かれていた。おそらく、この死神ゲームの中でも、最も奇妙な関係であったことだろう。



 ――こうして、各司者達はライバルを倒し、また、協力を求め、己が死神に成る為の準備を整えていくのだった。



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