マの男の者
はにぃ
プロローグ。はじめますか?
勇気は家庭用ゲーム機ファンタジーコンピュータ、『ファタコン』のソフトをじっと見ていた。
ソフトが山積みされたカゴの中から取り出したものは、知らないタイトルのものだった。
――また姉ちゃんが得体の知れないソフトを買ってきたのか。
無意識にファタコンにソフトを差し込もうとしたが、条件反射的にその手を止める。
以前、姉のいないところで勝手に起動したことがばれ、姉の怒号が飛び交ったことが思い浮かんだからだ。
思い出された光景に身震いする。
やめておこう――勇気はソフトをカゴに戻そうとした。
ただ、戻そうとした手からソフトが離れることはなかった。それを戻してはいけない何かを、勇気が感じ取ったからだ。
勇気はそのソフトに、もう一度目をやった。
真っ黒のプラスティックのソフトの真ん中に、かすれた赤い文字で『マの男の者』とだけ書かれていた。
*
「今日こそホタルの体を返してもらう!」
声をかき消すように雷鳴が走る。
無限に広がるかのような無機質な空間に、異物のように二つの影が浮かぶ。
漆黒のマントを纏った魔王、そして片手と片膝を突く女――
魔王は冷たい目で、女を見下ろしている。
女は憎しみを込めた目で、魔王を睨んでいる。
その身構えのまま相対し、ただ時間が過ぎていく。
女はすぐにでも魔王に襲い掛かりたかったが、なす術がなかった。
伝説の剣と称される白銀の剣は、魔王により女から離れた場所に弾き飛ばされていたのだ。
女は、視界の片隅に白銀の剣を入れる。
――取り戻さないと。
女は出来ることはないか、冷静に考える。
剣はない、魔法も効かない、手にしているものは、地面についた手に持つ小さな小石のみ。
――それでも、やるしかない!
覚悟を決め、手に忍ばせていた小石を、魔王に投げつける。
魔王がそれを振り払う動作の一瞬、飛び込むように剣に手を伸ばす。しかし、魔王の「バナナ!」という声と共に、足元に突如現れたバナナによって、その場に転んでしまう。
倒れ込んだ女の目に、冷笑を浮かべた魔王が入る。
その顔は、勇者と呼ばれた“ホタル”そのものであった。
女はなんとかして剣を取り戻そうとするが、足に貼りついたバナナで滑ってしまい、思うように体を動かせないでいた。
その間に白銀の剣に近づいた魔王は、さらに遠くへ蹴り飛ばした。
女は己の力のなさに、唇を噛みしめた。
「何度も歯向かう愚かな女め。この体はこの魔王パルプフィクションが頂いたのだ」
そう言うと、魔王は高らかに笑い、闇夜に溶け込むように消えていった。
「待て、魔王! ……待って……ホタル」
女は遠ざかるホタルの姿を持つ魔王を、呼び止めることしかできなかった。
マの男の者 はにぃ @hanyqueen
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