第18話 幻悟君と中学校 4(ライバル登場)
その後で幻悟は道也に訊いてみる。
「やっぱり記憶がなくなっていた原因を知りたいかい?」
幻悟の問いかけにごく自然な感じで、道也は首を横にふる。
「いや、言いたくないのなら無理して言わなくったって構わないよ。教えてくれるなら嬉しいけどな」
幻悟は道也に言葉力について知ってもらいたくなったので、そのことを説明することにした。幻悟が大まかな説明だけした訳だが、その説明だけでも道也はだいぶ納得している様子であった。
「幻悟君、つまりはこういうことだろう? 君と僕達が子どもの時に起きたある重大事件が引き金になって幻悟君自身を知っている人を中心に記憶から消されたという事になると思うんだけど?」
「うん、その考えはいい線いっていると思うからそれで納得してもらって問題ないよ」
幻悟が道也と話をしていると、成人が遠慮がちに聞いてくる。
「ん? どうしたんだい、成人君」
「えーっと、この教室内の散乱状態をどうしようかと思ってね」
幻悟は、成人に言われて数秒程度思案顔になったかと思うとすぐに己の≪言葉力≫でなかったことにすることを思いつく。ちなみに言葉力の影響で操られていた生徒達は全員、糸が切れたかのように重なり合って倒れている。それは言葉力の効力が切れたからである。幻悟が今回はほんの十数分で言葉力の効力をなんとか抑えつけられた結果、そうなったのだ。
幻悟の言葉力による一番の被害者になった生徒は全身にすり傷や打撲等ができる程、攻撃され続けたらしい。それが原因になって教室の隅でただ体を震わせているだけになっていた。
(この彼には話の流れがどうであれ、嫌な思いをさせちゃったな……よし、こんな思いは忘れさせよう)
幻悟は自分が起こした行為とはいえ、その生徒には同情せずにはいられなかった。
「俺は望む、彼らが本意ではなく、言葉力によって操られていたこと・突き動かされた事実や嫌な思いなど・ここであったすべての事象が無になることを。そして、この事実をきれいさっぱり忘れることをね」
幻悟が言葉力を発動させると、倒れていた生徒達が少しずつ起き上がる。
何が起きたか困っているものや何事もなかったかのように遊びだす者・それに次の授業を用意する者というように、人によって行動がバラバラである。そこに何らかの理由で遅刻してきた生徒が現れる。
「おや、何だ? この感じは」
この生徒、名前は玉野市斗という。実は「言霊使い」であるが、そのことは誰にも知られていない。その玉野という人物は自分の七三に分けられている髪形を整えつつも、≪言葉力≫のかすかな一部を感じ取ったようだ。
「やぁ、玉野君。体の調子でも悪かったのかい? 遅れてきたりして?」
玉野は苦笑いを浮かべながら成人の問いに答える。
「いや、複雑な事情があってね。それはおいといて、小海君! ここで何かあったのか?」
玉野が成人に自分が感じたままの事を訊いてくる。成人は内心驚きながらも平静を装って答えを返す。
「どうしてだい? 全くいつもの日常と変わらないと思うけど?」
成人の答えに玉野市斗は大きくうなずく。
「うん、そのはずなんだけどね。何となくいつもと違う感じがしたからさ」
その成人と玉野の会話の流れの中に道也が割り込んだ。
「玉ちゃーん、それはきっと転校生が来たからだよ。その転校生、実は俺と成人の小学校時代からの親友だったヤツなんだ。紹介してやるよ、幻悟のことを」
道也はわざとらしくネコなで声で玉野市斗を呼ぶ。玉野はそれを不快に思ったが、すぐに興味の対象が変わった。幻悟から何かを感じ取ったからである。
「あんたかい? 新しく入ってきた転校生っていうのは」
「ああ、そうだよ。よろしく頼むぜ玉野君」
幻悟は自分の意思とは関係なく、無意識のうちに≪言葉力≫を使っていた。幻悟の級友はもとより、玉野とも早く仲良くなりたいと思っている心の裏付けともとれるだろう。
「ははっ、こちらこそよろしくな!」
玉野は様子見のためにわざとらしく非友好的な態度を取ったはずだった。しかし、幻悟の反応に面食らってメガネがずれてしまった。玉野は気を取り直してメガネのずれを直しながら幻悟の前に手を差し出す。理由もなく、ただそうしたいと思ったからだ。玉野はその不可思議な感覚を自分が使える『言霊』で消す。それで何とか正気を取り戻すと、彼は不敵な笑みを浮かべたまま、幻悟と握手をすることにした。
「早速付き合ってもらおうかな? 琴葉幻悟君」
「おや? 俺は君に名字も言ったっけか?」
幻悟が不思議そうに首を傾けると、玉野は何も聞いていないのに一人演説をし始めた。
「その理由を訊きたいかい? 僕も幻悟君、あんたと同じような言葉の力を使う事のできる人間だからだよ」
玉野と幻悟が小声で自分の持つ力について話し合う。その時の成人と道也は偶然二人で別の話をしているところだったので気づいていない。その後、玉野は幻悟を罠にはめようとしているような目つきで彼を見る。
今からいたずらをしようとしているイタズラ小僧みたいな感じだ。
「あんたのその力の源は何だ? 答える気がないなら…………」
幻悟は無言のまま、玉野の目前にまで手を伸ばして彼の言葉を遮る。
「待った、待った。そろそろ昼休みも終わりだ。俺は逃げたりしないから今はそういう物騒なことは無しにしよう!」
幻悟の提案に玉野は異議もないらしく、あっさりと承諾する。
「ああ、いいさ。その代わり、放課後にどこか広い場所で二人きりになって話し合いか戦いをしてもらうぞ」
「わかったぜ、でも今の時間帯は学業に専念すべきだろ。それじゃあ後でな」
幻悟は玉野にそう言い残して自分の席に去っていった。それから特に問題なく午後の授業が進んでいき、放課後になる。
「琴葉幻悟! 約束通り付き合ってもらうぞ」
幻悟は放課後になるとすぐに、玉野市斗に呼び止められる。玉野は迅速ともいえる速度で掃除を済ませて真っ先に幻悟に向かってきたのだ。
「成人、ミッチー。悪いけど一足先に俺達が小学校時代によく遊んだいつもの場所で待っていてくれ。昔話もしたいしね。玉野君が僕に用事があるみたいだからちょっと遅れていくよ」
幻悟は成人と道也を先に帰らせる。二人をいつもの場所=公園に向かわせたのである。
「幻悟君、正解だよ。二人を帰らせたのは。僕も小海君や広長君を巻き込みたくないし」
幻悟は玉野のどこまで本気かわからない言動に、軽く
「あっちの中庭なんて人もほとんどいないし、そこにしようじゃないか」
幻悟が場所を提示してそこへ向かおうとしていると、玉野は黙って幻悟の後をついてくる。どうやらそれを受け入れたようだ。
中庭に着くと、玉野がすぐに臨戦態勢を整えてくる。どうやら話し合いの余地どころか、最初からする気さえなかったらしい。
「休み時間にすでに忠告しただろう、お前のその力について教えないと真空の刃で切り刻むと」
玉野がそう言うと、『言霊』が反応して周囲の風が渦巻いてくる。さながらカマイタチのようだ。
「玉野君、すでに話さざるを得ない状況を作り出していないかい?」
幻悟はため息をつき、あきれ顔で玉野に問う。しかし、玉野はそんなことお構いなしと行動でわからせようとしている感じでもある。
「さて、どうでる? 琴葉幻悟!! 答えは一つしかないはずだぞ」
卑劣な手を使ってきた玉野の言葉を無視することで、幻悟は玉野を挑発してみる。すると、面白いように玉野の表情が変化してきて、温厚そうにしている表情から一転して怒りを露わにし始めた。
「お前の答えは良くわかった。覚悟しろ! 琴葉幻悟!!」
玉野は自らの『言霊』によって発生させたカマイタチのような風を意のままに操りだす。そしてそれを攻撃に使ってくる。
「玉野君、俺は自分の謎めいた力の事を話さないなんて言ってないよ。早とちりしないでほしかったな。やれやれ、とにかくその風の集大成を消させてもらうぜ」
幻悟は、ほんの少しだけ面倒くさそうな素振りを見せながらも言葉力を発動させる準備を始める。
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