英雄は何を求めたか
ノーネーム
第一章 『二人は如何にして出会ったか』
プロローグ『エクセル』
「お前は記憶喪失だ。実に悲しいことだが、事実は事実として受け入れてくれ」
いきなりこう言われた俺の気持ちが分かるか?
実は俺も覚えてないんだけどな。正直、それどころじゃなかった。
気がつけば知らない場所にいて、目の前にはイケメンが立っていた。男の俺から見ても目鼻立ちは整っていると思う。ただ、目付きが悪いのもあって愛想が悪い顔だな。で、白髪白眼、来ている鎧まで真っ白なそいつの第一声がそれだったわけだ。ふざけた野郎だな、おい。
他にもっと先に言うことはあるんじゃないかと思う。例えばなんでお前は御大層な鎧を着込んでるのに俺は真っ裸なのかとかさ。記憶喪失ってんならもう少し気遣いの言葉から入るとかさ、あるじゃん。優しさを持とうよ。
まあ、いきなりの衝撃発言のおかげで意識はハッキリしたけどね、どうもありがさん!!
まあ落ち着けよ俺。クールにいこうぜ。だいたいこれは夢だ、そうに決まっている。明晰夢ってやつだろ? どうせ夢に出てくるなら鎧野郎じゃなくて美人なおねーさんがよかったよね。今の俺とおんなじ格好だとなおよし。
「……一人でコントをしだすのはやめてくれないか? 一応こっちも話したいことがあるからここにいんだよ。あと、お前はクールというよりフールだと思うよ、本当に、心からそう思う」
ん、どうやら言葉に出ていたらしいな。
ほんの少し反省しないでもない。ま、でもどうせ夢だし? だいたいこの俺のどこがフールだっていうんだ。
「いや、言葉にでてたんじゃねえよ。あぁ、顔には出てたけどな。ただ、クールフール何てのは、単にお前の思考が俺には読めるってだけだ。正直思考なんて読まねえでも、その気色悪い馬鹿丸出しのニヤケ顔をだけで何を考えてたかは一目瞭然だがな」
あ、チート野郎でしたか。帰ってください。というか、今からでもお姉さんとチェンジ出来ないの? 俺はイケメンより美人さんが好きなんだけど?
「……お前も諦めが悪いな。チェンジは無理だよ。俺も相手がチェンジできるならもうちょい愛想よくするんだがな。話が脱線してるな。で? 帰っていいのか? お前は自分についてすら何もわからねえのに?」
……それはそうなんだよな。
今いる場所の周りで視認できる存在はこのウゼえイケメンだけ、というかイケメン以外は上下左右真っ黒だ。地平線も当然見えないし、なんなら地面に足がついている感覚すらない。水のなかに浮いているような、よくわからない浮遊感だけが感じられる。
どう考えても現実世界ではないんだが、残念ながら夢だってのもなさそうだ。右頬を三回はつねってみたがバッチリ痛かった。試しに左も一回つねってみたがやっぱり痛かった。まあ俺が熟睡している可能性も無くはないが、それならこんなはっきりした恐らく夢は見れないだろう。
と言うわけで、仕方がないから話を聞いてやろう。ほら、とっとと話せ。
「……なんで上から目線なんだ……」
はいはいうだうだ言ってないで、早く話した話した。折角俺が聞いてやるっていってんだからさ。
「……ハァ……まあいいか。話を始めるとしようぜ。と言っても俺からお前に話すことはそんなにねえんだけどな」
あ、そうなの? さっきの雰囲気的に詳しい状況説明がこっから始まるんじゃねえの?
というか、それマジで言ってる? 俺が記憶喪失だって言ったのはお前だよな? 実際、自分の名前も自分がなんでここにいるのかも今までの記憶も全部出てこないし、俺は記憶喪失なんだろうから、説明が欲しいんだけど?
「……ッチ……悪いんだけどさ、いちいち思考を読むのも面倒だから言いたいことは口に出してくれないか?」
目の前のイケメン……イケメンイケメンうるせえな、鎧から顔から真っ白だし、呼び方は白いのでいくか。白いのが微妙に顔をしかめた。それにしても、そういえばさっきから今まで俺は一言も発していないんだな。そもそも声出せるのか?
「俺が実際出してるだろうが」
「tァスィクゎに、ン゛? ンッンッ! ア゛、あ゛、ァ、ァ、ア、あ、あー、よし、普通に声出てるな。 んで、話すことは少ないってマジで言ってる?」
「マジだよ」
「俺、記憶喪失なんだけど?」
「知ってるよ。それを先に言ったのも俺、だろ?」
「じゃあさ、普通の流れなら、今から色々教えてくれるもんなんじゃねえの?」
「まあ世の中そう上手くいかねえもんだ、諦めろ」
「いや諦めろってなんだよ、サービス精神持とうぜ」
「ほら、時間もねえから……サビ残はキツいわ」
「今まで結構贅沢に時間使ってたよね!?」
「ああ、だから今から巻きで行こうって話だ」
「最初っから巻いとけよ!」
コイツ、本当に話すつもりあるのか……そう疑い始めた頃、白いのがいきなり真面目な顔になりやがった。ついにか。
「まず……お前は記憶喪失だ」
「さっき聞いた」
いや、期待して損したよ。マジでこいつふざけてるだけなんじゃねえか?
白いのが続けて口を開く。
「あと、今から勇者として召喚されることになる」
「はぁ? ……はぁァ!?」
「まあ流石に自分の名前すらわからないと不便だろうしな。お前の名前は後で教えてやろう」
いやちょっと待って。
今まで以上に状況が掴めない。
勇者ってなんだよ。あと、後でじゃなくて今教えろよ。
「さて、俺からいうことはあとはもうお前の名前だけだ。その前に質問はあるか?」
ああ、なんだ、質問すれば今からそこら辺の説明もしてくれるんだな。よかった。
だいたい、いきなり勇者とか言われても意味わかんねえよ。
「あー聞きたいことは色々あんだけどよ、まず「そろそろ時間だな」……は?え? いや質問タイムは?」
「さっき時間がもうないっていっただろうがよ」
「そこは真面目に言ってたのかよ! というか、マジで言うことはないのかよ!?」
「まあなんだ、分からないことは召喚された先で聞けな」
「テメェ、ふざけてんのもいい加減にしろッ!!」
「勝手にコントやってふざけてたのはお前だろうが、ほら、もう時間だ」
その言葉と共に、唐突に白いのが下に沈んだ。
いや違う。
俺の首から力が抜けて、頭を支えきれなくなったのだ。
首だけではない。全身から力が抜けて行く。
姿勢を保つ力もなくなり、浮遊感に身を任せているのを感じる。
まぶたが下がると共に、白いのの鎧がたてる金属が遠くなっていく。
糸のように細くなった視界に、突如として白いののイケメンフェイスが再び現れた。
ぼやけてよく見えないが、さっきまでの無愛想な面と同じやつとは思えない引き締まった表情だ。口の動きを見るに何かを言っているらしい。
雑音のように聞こえるその声を聞き取るべく、耳を澄ます。
「さ……今……誓いを……う……名はエクセル……る……者……」
あぁ……そういえば、俺の名前を後で教えるといっていたな……
俺は……『エクセル』……という、のか……
なるほど……すんなりと、はいってく……
何もかもが薄れていくなかで、俺はただ自分の名前を、脳に焼き付けていた。
そして、どれくらい時間が経ったのかもわからなくなった頃。
己の名を知った数秒後、あるいは数時間後。
俺の意識は静かに闇に沈んだ。
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