第96話 海戦 21

    ◆





 コズエは静かに息を吸う。

 所々が痛む。

 だが、それは生きているから、痛いんだ。

 痛みは死んだら感じられない。

 死んだことがないから分からないけど。


「どうでもいいですね。そんな戯言」


 コズエは呟く。

 そんな呟きは当然、ブラッドは気にもしていない。ここで返されれば思考がぶれていたかもしれないので、その無視は彼女の決意を後押しした。

 もう迷いはない。

 後悔はある。

 クロードのためにと思って取った行動。

 結果的にその行動で、多くの人々を巻き込んでしまった。

 自分が何もしなければ、ここまでこじれなかっただろう。


(クロードさん)


 コズエはテレパシー能力でクロードに語り掛ける。


(私の勝手な行動で迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした。この度の失態は私が対処します。幸い、私は海軍元帥ブラッドのジャスティスの中にいて、ブラッドも傍にいますから)


 だから出来る。

 自分の予想が正しければ、やれる。

 ブラッドを道連れにすることが。


(……だけど一つだけ、伝えたいことがあります)


 コズエは絞り出すように告げる。

 一つだけのお願い。


(それは……)


 そこで彼女は言葉を止める。

 自分は何をお願いしようとしたのか。

 それは明確だった。

 これから死にゆく自分が伝えたいこと。


 クロードへの思い。

 好きだと。

 好きだったと。

 それを彼に伝えたかった。


 最後だからいいじゃないか。

 どうせ死んじゃうんだから恥ずかしいもへったくれもない。

 そう考えていたのだが――


 ――……やはり駄目です。


 コズエの目が潤む。

 だが泣かない。

 それは彼女の心の中の決心のようだった。

 ――ここまで迷惑を掛けておいて、自分の気持ちを一方的にぶつけるなんて意味のないことをしたら、更に迷惑をかけることじゃないですか。

 それは嫌だ。

 何故ならば、コズエはこれ以上クロードに――


 ――これ以上嫌われたくない!


 自分のわがままで、最大限の自分の我慢。

 伝えなければ唯一通るわがまま。

 ――ならば、これくらいは持っていかせてほしい。

 彼女はもう一度息を吸い。

 そして、二番目に伝えたいことをテレパシー能力に載せた。


(この戦いが終わったら兄を……どうか、よろしくお願いいたします)





(――

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