第92話 海戦 17

   ◆



(……やはり、そうなりましたか)


 コズエは両手が縛られていなかったら自らの頭に当てたいという気持ちになっていた。

 実はクロードにも言っていないことがある。

 それは、カズマの本当の能力。

 能力という言い方はあまり当て嵌まらないのだが、しかし、彼は人より優れている所がある。


 それは――『』ということだ。


 その一例が『正義の破壊者』の統率である。

 普通の人間では急速に人数が膨らんでいく組織の運営など出来ない。

 だがカズマは問題なく統率している。

 これはとてつもないことである。

 カズマは昔から、その傾向があった。

 人より運動が出来て。

 人より頭が良くて。

 人より先が読めて。

 だが、目立たなかったのは、他に特化した人物が周囲にいたからだ。


 剣術に特化したライトウ。

 格闘に特化したアレイン。

 情報に特化したミューズ。


 カズマは彼らには


 特化した優れたモノがないので勝てない。

 自分は特化したものがない。

 何でもできるが、何も極められない。

 それが彼の劣等感であった。

 ――傍から見たら凄いにもかかわらず。

 ただ、ジャスティスとの戦闘にはそのスキルを生かせずにいた。

 特化した者じゃないと、生身では生き残れない。

 ルードとの戦闘でコズエはそう感じていた。

 だからカズマも感じていたのだろう。

 しかし。

 今、カズマは戦場に立っている。

 ジャスティスという武器を携えて。


(とはいえ、ここまで相手を圧倒するとは……)


 予想外の出来事。

 やらせてみればある程度の所まで行けるだろうと考えていたが、相手を翻弄して難なく撃破していく姿までは想像していなかった。足場を崩された所で撤退するのがいい所だと思っていたのだが。

 もしかすると、カズマの特化した部分が『ジャスティスを操縦すること』なのかもしれない。


(……いや、ジャスティスの能力はあの程度は元々出来ると考えた方が自然ですね)


 だから、人並み以上に出来るカズマがあのような操縦が出来たのだろう。そっちの線が濃い。


(お兄ちゃん……)


 ずっとテレパシーを送り続けているが、カズマからの反応は一切ない。

 彼の頭の中は基本、コズエを助けようとする気持ちでいっぱいだ。

 そして、それはすぐ手の届く場所まで来ている。

 来てしまっている。

 だが、その前に――


「――はははははははははっ!」


 唐突に、ブラッドが高笑いをし始めた。

 高齢の男性が突然上げたその声に、コズエは怯えを感じて身体を跳ね上げた。


「面白い! 魔王はこんなにジャスティスの操縦に特化していたとは! しかも頭もまわると来ている! 面白い! 面白いぞ! ははははははははっ!」


 狂ったように笑っている。

 笑って、目の前のジャスティスに視線を向けている。

 そして彼は何やらボタンを一つ押すと、


「魔王! 貴様と一対一の勝負がしたい!」


 ブラッドは唐突にそう告げた。


「他の者には邪魔はさせぬ! さあ、この船上でこのまま決闘だ!」

『元帥! お待ちください!』


 すかさず味方からであろう、諌める音声がジャスティス内に響く。


『ここで一対一の決闘にしては今までの策が!』

「うるさい! 私は元帥だ! 策も何もここで魔王を倒せば問題なかろう! それに今までに私が同じようなことをして負けたことは無いだろう!」

『それはそうですが……またですか?』

「まただ! 決して謝らない! 謝るのは負けた時だけだ!」

『はあ……分かりました』


 すごすごと通信相手は引き下がった。

 この元帥はこれで良いのだろうか。

 そんな疑問を抱きながらも、実際、これだけのジャスティスを率いて、しかも囮にしているような作戦をしているのだから、人望はあるのだろう。もしかすると、こういう所にカリスマ性を感じているのかもしれない。


「さあさあ! どうだ受けるか!?」


 ……。

 相手ジャスティス――カズマから返答はない。恐らくは通信の方法が分からないだけだろう。する必要も感じていないのだろう。


 ――だが。

 目の前のジャスティスは、すっとその持っていた刀を構えた。


「そうだ! それでいい!」


 ブラッドの声が楽しそうに弾む。


「魔王! ここで決着を付けよう!」


 前のめりになって操縦桿を握るブラッド。

 その眼は鋭く前を向いている。

 そして口元が大きく歪んでいる。


(――駄目です。勝てない)


 直感で、コズエは感じた。

 相手は微塵も自分が負けるとは思っていない。

 しかも、負けたことがないというのは本当の様だ。頭の中を読み取っても、好戦的な面しか見えないが、負けた記憶などが全くよぎっていない。

 間違いなく、ブラッドは――特化した能力を持った人間だ

 そんな人間に、カズマが勝てるわけがない。

 このままでは絶対に負ける。

 どうすればよいのか?

 どうすれば――


(……クロードさん)


 コズエは考えた末に、ずっと我慢していたことをすることを選択した。


(お願いです。お兄ちゃんがジャスティスに乗って私を助けようとしています。ですがこのままではブラッドにやられてしまいます。どうか――)


 一瞬、この先を言おうか迷った。

 だが、それも一瞬のこと。

 何よりも大切なのは――兄の命を守ることだ。


(どうか、助けてください!)

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