第81話 海戦 06


    ◆





「どういうことですか、これ!」


 カズマが叫ぶ。

 無理もないだろう。

 目の前で妹が敵大将に拘束されているのだから。


「情報で女の子が捕まっているって入ったから見てみたら……」

「続きがあるようだぞ」


 クロードの言葉を受け、カズマは画面を食い入るように見る。


『魔王。娘だからといって容赦するとは思うな』


 コズエは前髪を掴まれる。

 だが反応しない。恐らくは気絶しているのだろう。


『この娘を返してほしくば無条件降伏を行え。場所は――』


 告げられた場所は、とある海岸だった。


『今日の夕刻までに来なければ、この娘は処刑する。以上だ』


 ぶつり、と映像が切れる。


「クロードさん……」


 すがるような目でクロードを見るカズマ。

 クロードはそれを無視してミューズに問う。


「ミューズ。この映像の発信元は付きとめられるか?」

「無理っす。テレビ局経由のようっすから」

「そうか。この地点から指定された場所までの距離は?」

「歩いて一時間くらいっす」

「ということは既に上陸していたって可能性が高いかな?」

「そこは申し訳ないっす。察知できなかったっす」


 ミューズが頭を下げる。

 クロードは手で制止する。


「いや、それよりもその海岸の状況を教えてくれ」

「了解っす」

「と、ということはクロードさん!」


 カズマが嬉しそうに目を輝かせる。


「海岸に行ってくれるのですか!?」

「行くに決まっているだろう。元から行くって言ったんだから」


 クロードは平坦に告げる。


「勿論、降参もしないぞ」

「えっ……?」

「人質が俺に意味があると思っているのが間違いだな。相手側もアホだな」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 カズマの表情が焦燥に染まる。


「それはコズエを見捨てるってことですか?」

「何を言っているんだ?」


 クロードは疑問の言葉を口にする。


「それじゃあ……」


「当たり前だろ? 


「……っ!」


 カズマの表情が強張る。


「話を戻すぞ、ミューズ。海岸の様子を」

「どういうことですか!」


 怒鳴り声を張り上げるカズマ。

 だがクロードは一瞥もせずに、


「ミューズ。続きを」

「あたしもあんまり納得いかないっすね……」


 ミューズの方は遠慮がちに苦言を呈す。


「どういうことっすか? コズエを見捨てるって」

「じゃあ逆に訊こうか?」


 クロードは二人に問う。


「お前らは俺に負けろと言うのか?」

「それは……」

「いや、そういうことじゃなくてっすね……」


 二人の回答は歯切れが悪い。

 無理もない。

 コズエを助けたければ、相手は無条件降伏をしろと言っているのだから。

 だが、二人が期待した答えはそれではない。


「コズエを無事に助けつつジャスティスを破壊する、って言う回答が欲しかったか?」


 二人の心を見透かしたような言葉を口にするクロード。


「相手は海上で、広い海を存分に利用する形として恐らくは大群を率いてくるだろう。今までとは訳が違う。相手大将がどこにいるのかもしれない戦場でコズエのことを気にしつつ戦うのは無理だというのは君達にも分かるだろう?」

「……」


 押し黙る二人に、クロードは決定的な言葉を突きつける。


「それにコズエは――。自業自得だろう」

「えっ……?」


 泣きそうな表情のカズマが、口を半開きにして言葉をひねり出す。


「どういう……ことですか……?」

「裏切ったわけではなさそうだがな」


 そう前置いて、クロードは説明する。


「もしこのベースキャンプから攫われたのならば、俺に攻撃しないわけがない。俺でなくてもライトウやアレイン辺りの有名どころが被害を被ってそうだな。だが、実際はコズエが拘束されている。その他の人員には何の被害も起きていなさそうだから、考えられるのは一つだろう」

「そんな……どうして……?」

「……もしかしたら、っすけど」


 ミューズの声が低くなる。


「コズエはわざと敵の元へ行ったんじゃないっすかね?」

「わざと!? 何でですか!?」

「落ち着け、カズマ」


 クロードが鋭く声を放つ。


「ミューズ、続きを」

「は、はいっす。コズエは賢い子です。相手のとこに行くなんて愚かな真似、普通はしないっすよ。だったら何か意図があるっす」

「その意図とは?」

「自分を囮に、相手の位置をこちらに伝えることっす」

「囮……?」


 カズマの目が見開く。


「何で囮なんか……?」

「さっきクロードが言った通り、海軍は数で押してくると考えられるっす。だけど頭が取れれば集団は瓦解するっす。でも頭がどこにいるか分からないっす。となれば――」

「どこにブラッドがいるかを内部から探る……?」

「恐らくそうっす。コズエは面が割れていなかったはずっすから、きっと自分でクロードの関係者だと名乗って、わざと内部の深い所まで入ったと思うっす」

「そういうことだろうな」


 クロードは淡々と言葉を紡ぐ。


「ミューズの推測は正解だろう。コズエはそういう意思と覚悟を持って敵の元に侵入した。だったらそこに俺が配慮する余地はあるのか?」

「ですが!」

「――、カズマ」


 クロードは親指のみを畳んだ掌を見せる。


「俺がリーダーになる上で約束したことだ。それは何だ?」

「……『時には非情になること』ですよね。ですがそれはあの赤い液体を飲ませることの話であって、コズエの件は――」

「俺はもう一つ、言葉を付け加えたはずだ。きちんと覚えているよな? 今がその時だ」

「……」


 苦々しい表情のまま、固く口を閉ざすカズマ。

 そんな彼に、クロードは決定的な言葉をぶつける。



「『』」

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