第57話 エピローグ 04

    ◆




「……上手くいってよかった」


 クロードは安堵の言葉を口にする。

 あれから何度呟いただろうか。

 それだけが、クロードの心の支えだった。

 クロードはマリーを殺害するつもりなど最初からなかった。

 勿論、偶然に身を任せたわけでもない。

 彼の能力で、彼女を生かしたのだった。


 ――クロードの能力。

 それはアリエッタが言ったので大体合っている。


【五メートル以内のものを変化させる】


 変えたものを具体的に言うと、服の一部を鳥のように飛べる羽根にしたり、ジャスティスを本物のクッキーにしたりしていた。故に、クッキーのように脆くなったジャスティスの破片は実は食すことが出来たのだ。

 しかしそんなことよりも、前者の方に疑問を持つ人は多いだろう。言うなれば、空想上の産物みたいなものなのだから。

 だが、彼はそれすらできる。試してはいないが、恐らくは召喚という名の、モンスターを生成する行為だってできるであろう。それぐらい応用力があって卑怯じみた能力なのである。

 だからこそ、マリーは死ななかった。

 風の噂で聞いたところ、記憶を失った状態で眼を覚ましたそうだ。

 左胸に銃弾を撃ち込んだ所で、死ぬとは限らない。


 例えば、奇跡的に心臓に当たらなければ?

 銃弾が、中で消滅すれば?

 彼女がショック死しなければ?


 生き残ることだって、可能なのである。


 そういうように、クロードは変化させた。


 銃弾を。

 そして――彼女を。


 しかしながら、普通に生かしてしまった所では問題が発生する。

 それは、彼女は確実にクロードの足手纏いとなってしまうことである。

 迷惑ではない。

 足枷。

 マリーの存在はクロードの弱点になる。


 だからこそクロードは枷を外した。

 ――外したように見せ掛けた。


 左胸に銃弾を放った相手を、誰が弱点だと思うだろうか。

 答えは、否。

 加えて、クロードは彼女の記憶も失くした。

 これで彼女と彼を繋ぐものは無くなった。


 故に、彼女は命を狙われずに済む。

 人質にならずに済む。


 そのために、わざわざ撃ったのだ。

 明らかに好意を持っていた相手を切り捨てて、冷酷非道な魔王としての一面を見せる。

 これでクロードは、孤独になった。


「うん。動きやすくなっていいね。あはは」


 ……笑えない。

 二つの意味で、笑えない。

 この能力が身に付いた瞬間から、クロードは笑うことができなくなっていた。

 口端を吊り上げることはできるが、到底笑みだとは言えない。さらに、どのタイミングで笑えばいいか、すっかりと忘れている。

 まるで、全てが初期化されてしまったプログラムのように。


「……まあ、いいか」


 表現は少なくなるけれど、笑いなんて必要ない。

 これからの――彼の道には。


「……さて」


 クロードは掌を下に向ける。

 それに意味なんかない。

 足は既に着いているのだから。

 そんなことをしなくても、上に乗っていれば能力の範囲内である。

 そう。


 クロードが今いるのは――ジャスティスの頭部の上。


『×▽□◇○※!』


 アドアニア公用語とは違う言語で、何かを叫んでいる。この声も能力を応用すればきちんと理解できるだろうが、敢えてそうせずにしている。


「やっぱり分かんないか。まあでも少しは勉強しないとね。もう二度と、勉強することなどないだろうし」


 ――そんなネガティブなことを口にしつつ、彼は頭を振る。

 そして、やっぱり、笑おうとして笑えずに、微妙な表情でクロードは宣言する。



「これから――ジャスティスを破壊する」




 1章 完

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