第43話 復讐 08

「あ、アリエッタ様?」


 途端に、ジェラスは驚きの声を上げる。そこにはいつものようにアリエッタがいたのだが、彼が驚きの声を上げたのは彼女の恰好を見たからである。

 これから式典に参加する彼女は、軍服を着ていた。


「あの……式典用の服など着ないのですか?」

「本来なら着るべきでしょうね。ですが、今回だけは話が違います。命を狙われているのに、ひらひらとした服を着る意味が判りません」

「成程」


 彼女も、本気だということだ。本気で、魔王に立ち向かおうとしている。


「あの……アリエッタ様は逃げないのですか?」

「新しいアドアニア支部長のようにですか?」


 アリエッタはさらりとそう口にする。


「……やはり判っていて、あなたは彼に許可を出したのですか」

「まあ、私自身も、彼の判断は正しいと思っていますからね」

「え……?」

「相手は魔王と呼ばざるを得ない者ですよ。ジャスティスを破壊した方法も判らず、銃弾も効かず、更には空に浮いているのです。相手の情報が圧倒的に少ない中で、立ち向かわなくてはいけないのです。傍から見れば、このアドアニアから撤退するのが、極めて正しいやり方だと思います」

「でしたら、何故……?」

「私は陸軍元帥ですよ。曲がりなりにも、陸軍のトップです。そんな私が逃げる、という選択肢を取ったら、それは陸軍の総意と見做されます。だから、逃げたくても逃げられないのです」


 それに、と彼女は瞳を伏せる。


「私も、責任は感じているのですよ。私の不用意な一言で、彼が、魔王として目覚めてしまったのですから。国民の不安を取り除こうとして、逆に増大させてしまったのです」

「……」


 否定できなかった。否定すれば、彼女はさらにみじめな気持になるであろう。だからジェラスは黙るしかできなかった。

 アリエッタは、首を一度短く振る。


「泣き事を言って申し訳ありません。聞いて下さってありがとうございます」

「いえ、私は……」

「では、お礼と言っては何ですが、これからの祭典、出席しなくて結構ですよ」

「え……?」

「逃げださないのか、と聞いて来たのならば、あなた自身もそう考えているということです。ならば私が許可致します。逃げてもいいですよ」

「……」


 願ってもない話だった。ジェラスだって本当は逃げたかった。ただ部下を持つ人間として、その部下が起こしたこと、その部下に起こさせたことに責任を感じ、逃げられなかったのだ。

 ――だが。


「……お供致しますよ」


 ジェラスは、ふ、と息を漏らす。


「私だって責任を感じているのです。それに魔王……いえ、クロード君には、一度向き合っておきたかったのですから、ここで逃げる訳がありません」

「そうですか。ならば良いのです」

「え?」


 えらくあっさりと彼女は言う。ジェラスは、もう少し感動してもらってもいいのに、などと戯言を思い浮かべる。


「では、そろそろ向かいましょうか」


 彼女は真剣な表情になり、席を立つ。

 これから、二人は式典という名の戦場に向かう。

 果たして、何処でクロードと対峙するのか。


 そんな不安を抱えつつも、いよいよ式典開始となる――正午を迎えた。

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