第35話 別離 17

 クロードの人差し指は引き絞られていた。

 握られていた黒色の物体はその口から煙を放っている。

 ゆっくりとマリーが倒れる。

 背中から無抵抗に落ちる。

 紅髪が茶色の地面の上で大いに乱れる。

 その髪と同じような鮮やかな紅が、彼女の左胸に咲いていた。

 そんな彼女を、クロードは見下す。

 そして、軽蔑するように。

 吐き捨てるように――


「この期に及んで、俺を信じるとかアホだろ」


 そう一瞥し、クロードは校門の方へと歩いて行く。

 静寂。

 悲鳴も上がらない、喉を鳴らす音が聞こえそうな、そんな苦しい静寂。

 その中で、ザッザッ、と砂を掻き蹴る音だけが耳に届く。

 そしてクロードは、そのまま振り返らず、その場を去った。

 校門から。

 あたかも放課後になって、普通に帰宅する少年のように。

 テレビ局がいるのにも関わらず。

 平然と、校門から出て行った。

 ただ、その横を通り過ぎる時に、見せつけるように右手を開きながら、一言。


「ああ、お前ら、俺の後を付いてきたりするなよ。指が足らなくなるからな」


 校門前の角を右に曲がり、そのまたすぐの細い路地を左に曲がる。これでクロードの姿は、皆の前から完全に消えた。

 それを確認するべく、後ろを向く。脅した甲斐があってか誰も付いていない。

 同時に、幾つもの声が学校側から聞こえ始める。

 主に悲鳴なのだが、今までは全く聞こえなかった。だが、ようやく緊張の糸が切れたようだ。

 それはクロードも同じだった。


「……辛いな」


 ぽろり、と言葉を零した。

 無表情。

 涙を流さない。

 笑いもしない。

 胸も痛くない。


「……痛くない」


 クロードがそう言って左胸を抑えると、目の前の土が盛り上がり、あっという間に壁が形成される。その壁は、まるでクロードが何を行ってきたのかを物理的に遮って隠すかのように――


「……違う。逃げない。背けない。後悔なんかしない」


 壁に背を向け、クロードは歩き出す。

 何処に行こうか。

 何をしようか。


「ああ、そうだ」


 忘れていたかのように、クロードは再び後ろを向く。

 視線の先には、先程クロードが作成した壁があるだけ。

 それに向かって、彼はこう告げる。



「――



 マリーに対して。

 日常に対して。



 クロードは、別れを告げた。

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