第34話 別離 16

「馬鹿じゃねえのか、お前」


 冷たく。

 底冷えがするほど冷たく、クロードは言い放つ。


「好きだとか嫌いだとか、そう言ったら助かるとでも思っているのか?」

「え……?」

「幼馴染だから、知り合いだから、友達だから、好きだと言ったから、俺に殺されないと思っていたのか?」

「ちょっと待って……クロード、何を言っているの?」

「これ以上俺に付きまとうな。迷惑だ」


 そう言って。

 クロードは手に持っていた銃を――マリーの左胸に向けた。


「盾にもなりゃしない、愚図な肉塊はここで朽ち果てろ」

「………………そう」


 そこでマリーは、信じられない表情をした。

 マリーが、信じられないという表情をしたのではない。


 


 一瞬焦った様な反応をした彼女は、今は驚くほど穏やかな表情に変化させている。


「……お前さ、この期に及んで、まだ俺が本気じゃないとか思っていないか?」

「判っているよ。何ならさ」


 くすりと、彼女は笑う。

 この状況で、笑ってみせる。


「私、?」


「……」


 完璧だ。

 完璧に、クロードの考えていることを理解している。


 その上で――


「……私としてはね」


 マリーは誰にも聞こえないように小声で語る。


「このまま進んで欲しくない。クロードが、孤独になってほしくない。だから、ここで思い留めてほしい。そう思っている。だけど……クロードはもう決めたんだよね? だから、私にこうするんだね? ならば、私は止めない」

「……勘違いしているんじゃねえぞ、マリー」


 クロードは折れない。

 ここで折れれば、マリーが危ない。

 耐えろ、耐えろ、と心の中で拳を固める。


「そう言っても実は助かるんでしょ? みたいなことを言っているんじゃねえぞ。そうすれば優しい優しいクロード君は助けてくれるってか? そんな幻想、さっさと捨てちまえ」


 カチリ、と檄鉄げきてつを上げる。


「優しいクロード君は、てめえの中にしかいないんだよ」


 止めろ。

 逃げろ。

 悲鳴に近い叫び声が校庭に響く。

 ソプラノ、アルト、テノール、バス。

 混在した叫び声という名の大合唱が始まる。

 悲鳴の渦が向けられているその中心には二人。


 黒髪の魔王、クロード。

 紅髪の少女、マリー。


「……笑わないんだね」


 少女はぽつりと言う。


「笑う必要などない。おかしくないんだからな」

「そっか……じゃあ、最後に一言だけ言わせて」


 マリーは唇をきゅっと結ぶ。

 考えに考えたのだろう。

 何を口にするか。

 故に、こう口にしたのだろう。

 言いたいことはいっぱいあっただろうに。

 恨み事も、あっただろうに。

 彼女は最後に――最後まで。



 鹿



「――



 パン。



 乾いた音が響く。

 先刻も聞こえた、その音。

 その音は、場を一瞬で静寂に変えた。

 その音は、周囲の人々の表情を凍らせた。

 その音は、人々から眼を逸らさせた。


 その音は――マリーの左胸を貫いた。

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