第32話 別離 14

『は……?』


 呆気に取られるジャスティスの操縦者。


 その隙に、クロードは足を動かさずに一気にジャスティスに詰め寄る。


 あまりの速い平行移動に、ジャスティスはあっという間の「あ」も告げられなかった。

 おおよそ、クロードとジャスティスの距離が眼と鼻の先になったのと、ほぼ同時。

 パキ、という軽い音が、ジャスティスの足元から音が聞こえた。

 そして崩壊し始める、ジャスティス。


『ば、馬鹿なっ!』


 銃を持っていた右腕が折れる。どうやら動かそうとしたらしい。

やがて、ジャスティスは膝を着く。


『い、嫌だ! し、死にたくない!』


 という、操縦者の悲痛な声と共に。


『うわああああああああああああ……あああ……あ、あ……』


 叫び声が止まる。

 同時にジャスティスの頭部が地面に崩れ落ちる。

 あっという間の出来事だった。

 誰も、声を発せられなかった。

 数分前には、誰もが想像していなかった光景。


 ジャスティス三機、プラス、兵士五〇人、バーサス、人間。


 その構図は、あっという間に次のように書き変わる。



 ジャスティス三機、プラス、兵士五〇人、バーサス――



 立っているのがクロードだけだと、誰が予想できただろうか。

 銃弾を喰らわない人間がいると、誰が思うだろうか。

 宙に浮かぶことができる人間がいると、誰が信じるだろうか。

 そのようなことを行った人物を、誰が人間だと認めるのか。


「……まあ、誰もいないわな」


 地面に降り立ったクロードは、そう言う。

 それは先程の問いに対して。

 加えて、今の状況について。

 彼の他に、立っている者はいない。一般兵もすっかり戦意喪失してへたり込んでいる。逃げ出すには、クロードの前を通らなくてはいけない。かといって、校舎に向かおうとすれば目立ってしまう。だから彼らは、その場で座り込むしかなかった。

 そんな彼らに向かって、クロードは言う。


「そうだ。一応言っておくけど、ジャスティスに乗ろうと思ったら、こうなるからな」


 足元に転げる、中央のジャスティスに乗っていた中年の襟首を掴む。蒼白のその顔の下半分には引き裂かれんばかりに口が開かれており、一層恐怖を煽り立てていた。


「お」


 そこで、ぶらりと垂れ下った死体の胸元から拳銃が零れ落ちる。それを拾って、クロードは撃鉄を上げ、引き金を絞る。


「ドン」


 パン。

 クロードが口にした以上の軽い音が鳴る。放たれた銃弾は、クロードが掴んでいた中年軍人に命中する。


「やっぱ死んでも血は流れるんだ。って、当たり前か」


 クロードはそう言葉を吐き捨てて、左胸からじわりと赤黒い染みが広がっていく中年軍人を投げ捨てる。微動だにしないえんじ色の軍服の背中が、無防備だということをアピールしていた。

 校舎から再び悲鳴が聞こえる。そこまで叫んで喉は大丈夫なのか、というずれた心配をするクロードは天を見上げ、


「これで終わり、いや……」


 呟く。


「――、か」



「……クロード……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る