第23話 別離 05
轟々と赤い世界が目の前に現れる。
ぱちぱち、と木々が弾ける音。
家は崩れ落ち、黒煙があちらこちらで立ち込めている。
「どういうことですか、これは……」
そう驚きの声を上げたのは、アリエッタだった。
「え? アリエッタ様は、このことを予想していたのではないのですか?」
「……予想していましたよ。黒煙から、魔女の家が燃やされているということは。魔女狩りなどのイメージから、炎で浄化しようとすることは心理的に有り得るだろう、と。だから住人達が行ったのだ、と」
「住人が誰もいないことに驚いているのですか? でしたら、避難したのだと思いますよ」
「……ジェラス大佐、良く見て下さい」
彼女は紅に人差し指を向ける。
「相も変わらず、凄い勢いで燃えていますね」
「おかしいと思いませんか?」
「おかしいのですか?」
魔女の家が燃やされているのがおかしいと言っているのか? だったらそれがおかしい。などと、おかしいがおかしいを呼んで混乱しつつあるジェラスに、彼女は告げる。
「どうして――あの魔女の家しか燃えていないのですか?」
「……え?」
ジェラスは眼を凝らす。
いや、眼を凝らさなくても判った。
言われてみれば違和感。
おかしい。
明らかにおかしい。
周りには木々がなぎ倒されており、風も少量ながら吹いている、この状況。
だが、炎をあげているのは、あの家――魔女の家だけ。
周囲に飛び火していない。
あれだけの勢いがある炎が。
「何だ……あの火は……」
気が付いた途端、ジェラスは背筋に冷たいものが走った。
気味が悪い。
まるで、炎が意志を持っているかのように――
「――あんた達、やってくれたね」
唐突に、二人の背部から声が掛けられた。
魔女の息子か、と思わず身構えて振り返ると、そこにいたのは、綺麗な女性だった。見た目は二十台後半だろうか。短く揃えた赤髪が印象的で強く目に焼き付く。
しかし、明るい見た目と反し、その女性の表情は険しかった。
「あの……どなた様ですか?」
「あんた達、ルード軍の人間だろ」
質問には答えず、女性は腰に手を当てて二人を睨みつけて来る。
軍服を着たままのジェラスは軍人だと判るだろうが、彼女は「あんた達」と言った。顔を隠して軍服を着ていないアリエッタも軍の人間と見ている。一緒にいるからであろうとジェラスは思ったが、しかし彼女の動向を見て、それは間違いだと気が付いた。
二人を睨み付ける、と述べたが、それは違う。
彼女は最初から、アリエッタを中心に見ていた。
「特にあんた、相当なお偉いさんの――アリエッタ元帥だね?」
「……」
彼女が突きつけた指は、当然、黒いヴェールに向けられていた。
正直、ジェラスは驚きを隠せなかった。彼女がアリエッタだと判る要素は全くなかったはずである。それにも関わらず、彼女はアリエッタだと見破った。
「まさか……あなたも魔女……」
「何でもかんでも魔女に結び付けるのは良くありませんよ、ジェラス大佐」
そうピシャリと言い放つと、アリエッタはヴェールを外し、赤髪の女性と向き合う。
「まあ、このような異様な状況の連続では、そう思いたくなるのも無理はありません。ですが恐らく、私がこの国にいることを、この女性は知っていたのでしょう。そして――私の命により、ジャスティスでここを襲撃させたことを」
「……何だって?」
女性は眼を見開き、眉を潜める。
「……あんたがジャスティスで襲撃させたとは聞いていなかったね。最悪だね、あんた」
(聞いていなかった?)
ジェラスはその言葉に引っ掛かりを覚える。すぐさま質問しようとしたのだが、その前にその女性は首を横に振り、
「――『必ず、このようなことをした軍、そして命令を下したアリエッタは始末しますから』」
「……はい?」
「クロード君が言っていたことさ」
唖然とするアリエッタに対し、女性は視線を鋭く向ける。
「だからあんたがこの国にいることは分かってたし、で、顔を隠している女性がいたから、当てずっぽうで言ったんだけどね」
「……ちょっと待って下さい」
アリエッタは顎に手を当てる。
「あなたは、私がジャスティスを仕掛けたことを知らなかったと言いましたね? ですが、魔女のむす……クロードさんが言っていたという言葉が一言一句間違っていなかった場合、それはジャスティスを仕掛けたことに対しての台詞に聞こえるのですけれど」
「……あくまで知らない、というんだね、あんたは」
キッと、赤髪の女性はアリエッタを睨み付ける。
アリエッタが指示したのは、ジャスティスで家とクロードを踏み潰すことだけである。つまりクロードという少年が口にしたらしい『このようなこと』とはそれを指すはず。
しかし、目の前の女性はそれを知らなかった。
ならば、彼女は何に対して『このようなこと』と言ったのか。
(……まさか、何か他にも――)
「もう遅いよ」
赤髪の女性が首を横に振る。
「あんた達はクロード君の逆鱗に触れた。もう、後悔したって遅いよ」
「……あの少年は!」
ジェラスは思わず、大声で割り込む。
「一体……何なのですか……?」
「クロード君は普通の少年だよ。ごく普通に暮らしていて、ごく普通に学校に通って、ごく普通に恋し恋されて――」
女性の拳が握られる。
「母親を殺され、自分も殺されかけた、そんな少年だよ」
いや違うね、と女性は首を横に振って、言い直す。
「そんな少年――『だった』」
だった。
過去形。
そう言い直して彼女は悲しそうに眉を潜め、二人に向かって告げる。
「あんた達は、目覚めさせてはいけないものを、目覚めさせたんだよ」
彼女のこの言葉が全ての始まりのような気がした。
――直後。
まるで運動会の開催を告げる花火のように。
市内の方向から爆ぜた音が聞こえた。
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