第18話 自覚 06

「え……?」


 思わず、クロードは聞き返してしまった。

 クロードから一番近い男の子から聞こえた言葉。

 にわかには信じがたい言葉だった。

 あまり話したことのない、眼鏡を掛けた彼。

 幻聴かと思った。


「俺はお前の友達だ」


 続いて、ついこの間にクロードをカラオケに誘った少年の一人が、そう言った。

 途端に。

 クロードの中から、嬉しさが込み上げて来た。

 そして。

 それを皮切りに、皆が口々に言う。

 言う。

 言う。

 言ウ。

 イウ――



「……っ!」


 クロードの中から、嬉しいなどという感情は失せていた。

 彼は認めたくなかった。

 その時。

 あるがクロードに向かって、こう告げたことにより、クロードは確信する。



はお前の友達だ」



 決定的だった。

 前の方だけ。

 クロードの近くに位置している人だけ。

 口を開いて。

 狂ったように。

 壊れたように。

 同じ言葉を、延々とその口から垂れ流す。


「俺はお前の友達だ」


 男も。

 女も。

 関係なく。

 まるで、呪文のように。

 呪詛のように――


「……もう、止めてくれ」


 消え入りそうな声で。

 クロードは皆に懇願する。


「……」

 その途端に、ぴたり、と声が止む。


 確定。

 皆がふざけている訳でないのならば、確定していた。


「……今日はもう帰るって、先生に言ってくれ」


 クロードは唇を噛み締めて、皆に背を向ける。

 眼を逸らす。


「あと……ごめんな」


 そう言って、彼は教室から出て行った。

 謝ることではないのかもしれない。

 無意識だったのだ。


「……はは」


 乾いた虚しい声が、静かな階下に小さく響く。

 ふらふらと、足取りがおぼつかない。

 絶望。

 皆の反応に絶望しているのではない。


「……ッ」


 階段を踏み外し、床に身体を叩きつけられる。

 残り一段だけだったので、大した痛みはない。

 しかし、彼の心は痛かった。

 泣きたかった。


 だが――泣けなかった。


 情けなかった。


「ああ、そうか」


 もう一度。

 彼は自分に認めさせるために、口にする。

 否定できない程に。

 自覚させるために。


「……良く聞け、俺よ」


 誰かが聞いていたら、悲しい声だと感想を口にしただろう。

 でも、今は誰も彼の傍にはいない。

 いるはずもない。


「俺は……」


 クロードは、階段に横たわりながら、自らに向かって宣言した。





「俺は――

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