第399話 未来 05
◆
ルード国中央会議所。
軍本部が首都カーヴァンクル中央に鎮座している中、その後ろに隠れるように存在している建造物。
そこにはこの国の中枢たる人物が勢ぞろいしていた。
大統領。
大臣。
補佐官。
しかしながら、その誰もが狼狽していた。
「現況はどうなっておる……っ!?」
「軍は『正義の破壊者』を撃破したんだろうな!?」
「何としてでもこの場所だけは守れ! いいな!」
私腹を肥やして自身の保全を図る大臣達が、現場の人間に怒声を上げる。彼らの無茶ぶりに付き合わされている実動部隊は憔悴と疲労の色を見せながら応答している。しかしながら状況の把握には至れていない様で「現在調査中です」という答えしか返していない。その回答に大臣達が苛立ちを更に募らせる、という負の連鎖に陥っていた。
自軍が負けるはずがない。
だが連絡が無いのは何故だ。
絶対的な強者として長年君臨してきたルード国の現大臣達には、いくら考えても答えが見つからず、ただ誰かが答えを出してくれるのを待っているだけであった。
「キングスレイ……キングスレイはどこだ!?」
「さ、先程から連絡が……」
「……セイレンは!? あいつと関わるのは嫌だが、情報を一番持っているのはあいつだろう!?」
「そ、それが局長もまた連絡が……一方的に『軍本部に毒ガス撒いたから入ってもいいけど死んじゃうよー』と言った後は……」
「あ、馬鹿! それを言っちゃ……」
「毒ガスだと!?」
若き兵士の言に同僚が諌めるが、しかしながらその情報は大臣達の耳に入ってしまった。
「何をやっとるんだあいつは!?」
「というか隣の建物であるここまで毒ガスが来るのではないか!?」
「離れる! わしはここを離れるぞ!」
「おやめください! ここを離れては守りが……」
予測通り、大臣達は自分の命大切さに混乱を期していた。外に出ればもっと危険が待ち受けているとも考えずに目先のことだけで行動しようとする。それが分かっていたから、大臣達以外は情報規制をしていたのだ。
――自分は生きていてしかるべき人間だ。
そう思い込んでいる大臣達は、理不尽で不可解な要求を出す。
「キ……キングスレイを出せ! この事態の責任を――」
「――残念だが彼はもう責任など取れないよ」
静かな声が、その場に響き渡る。
それは、入室してきた一人の男性から放たれた声だった。
いや――男性、というには若すぎる。少年といった方が正しいだろう。
しかし風格は、既に少年の域を超えていた。
黒衣を纏った少年。
「ま、魔王……クロード・ディエル……」
大統領が告げたその名を冠した少年。
その彼がその場にいた。
武器は持っていない。
だが右手には、何やら黒い布で覆い被されたモノを持っていた。
その異様さが際立っていたモノの、誰もその点について注視などしていなかった。
「ど、どうしてここに!?」
「だ、誰が侵入を許した!?」
「排除しろ!」
口に泡を付けて叫ぶ大臣達。
突然の登場に呆然としていた兵士は、そこで意識を取り戻す。
だがそれは、攻撃体勢を取ったわけではなかった。
――恐怖。
目の前にジャスティスをその手で破壊する魔王がいるのだ。
彼らは魔王への攻撃をすることもなく――出来ず、自身の命を奪われる恐怖に何も動けなくなっていた。
そんな状況の中、余裕綽々にクロードは肩を竦める。
「他人任せとはいいご身分だな。実際、いい身分なのだろうけど。ただ、自分で攻撃してくればいいじゃないか、って思うよな? ――なあ、君」
近くにいた一般兵の肩を左手でポンと叩くと、「ひっ……」と声を上げてその兵士は床にへたり込んでしまった。
「うん。その行動は肯定だね。――なんて、お遊びはここまでにしようか」
クロードは視線を中央に向ける。
「この中で一番偉い奴は誰だ? 今から十秒以内に答えろ」
その言葉に、一斉に大臣達の目が一人に向けられる。
「だ、大統領、あなたですよね?」
「こ、この中で一番上の責任者は、あ、貴方だ」
「さ、さあお呼びですよ大統領」
席に座っていた人々全てが、中央で一番、豪華な椅子に座っている、一人の銀髪の男性を指差す。
その男性は困り果てたような表情になる。一番の責任者は自分だが、他の人達が一斉に責任転嫁してくることに戸惑っている――ということを如実に物語っている。
「ああ、きっとその人がそうだろうなと思っていたが、成程。この人は大統領なのか。それはそうと……ウォルブス。今の責任転嫁した大臣の姿、撮っておけ。国民達に晒してあげよう」
「……」
そのクロードの言葉で、大臣達はようやく扉の前でカメラを構えている青年の姿に気が付いたようで、狼狽した姿を見せ始める。
「カ、カメラだと!?」
「や、止めろ! カメラを止めろ!」
「誰かそいつからカメラを奪え!」
ここまで来ても自分のことばっかりだ。
だから気が付かないのだろう。
カメラを構えているウォルブスの顔が真っ青であることに。
「――さて、では大統領」
狼狽える大人達に視線すら向けず、クロードは大統領に言葉を掛ける。
「ここまで俺がすんなりと来たことで分かると思うが、お前達の軍隊を俺達『正義の破壊者』に敗北したということだ。終戦宣言と共に降伏宣言をしてもらおう」
「なっ……」
大統領は驚いた体を示していたが、実際は皆が理解していただろう。
ここまでクロードが来ているということは、あれだけの軍備を潜り抜けていたという証。
そして、政務方面のルード国主要人物を押さえたということ。
この二つの事実により、実質的には勝負は素手に付いているということを。
「……承服しかねる」
しかしながら、大統領は否定の言葉を告げた。
それはそうだろう。
大統領の立場からしてみれば、まだ未成年の若者がいきなり本部に乗り込んできて、お前の負けだ、と一方的に突き付けている、とも言えるのだ。そこで、はいそうですか、と負けを認める程に愚かではないし、それが悪あがきだということを理解していない程に愚かでもない。
「まあ、そうだよな」
クロードもそこはきちんと理解した上で、口にしていた。
だからこそ、彼は用意していた。
「そういえば――ルード国って何事も決めるのに、大統領と総帥の決定が必要なんだってな」
「えっ……?」
「だったらこれで分かってもらおう」
そう言って彼は、右手に持っていたモノを両手で掴み、自分の身体の前に――後ろのカメラから見えない位置に持っていく。
そして、掛けていた黒い布を剥がす。
「そんな決定はもう二度と出来ない、と」
クロードより前方にいる人物――大統領、大臣ら閣僚は、絶句した。
クロードが持っていたモノ。
それは――キングスレイの首だった。
「ジャアハン国では昔、こうやったらしいな。まあ、こんな若者が軍部を制圧した、って言っても通じないだろうし、有効手段だよな、これ」
「なっ……そんな……」
「信じられない、って顔をしているな」
そう言いながらクロードは大統領の元まで歩いていくと、
「だったら本物かどうか確かめてみるんだな」
ドン、と。
大統領の目の前の机にその首を置いた。
その間、誰しもが行動を出来なかった。
呼吸することすら躊躇われた。
色々な意味で――完全に空気を呑まれていた。
「ひっ……ひいい……っ!」
大統領は腰を抜かし、椅子から転げ落ちた。
目の前に置かれた生首。
間近で見て確信したのだろう。
というよりも、認めざるを得なかったのだろう。
――間違いなく、キングスレイの首だ、と。
「ああ、わざわざ椅子から降りるという形で降参を示してくれたのか」
と。
極めて平坦な口調で白々しく、クロードはテーブルを乗り越える。
その際にキングスレイの首が落ち、大統領の所まで転がる。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいい!」
大統領は思い切り後ずさる。
そうして引いた後に、クロードは平然と彼が座っていた椅子を起こすと、
「――さて、ルード国民、並びに『正義の破壊者』所属している諸君に告げる」
堂々たる様でその椅子に座り、宣言する。
「ここからの戦いは無意味だ。
停戦せよ。
見ての通り、ルード国はこちらの支配下になった。
我ら――『
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