第345話 真実 06
◆
「アドアニア国に行くのは初めてなので、観光でもさせてください」
アドアニア出奔にあたり、キングスレイにそう申し出をした所、キングスレイは目を丸くし、傍にたまたまいたセイレンが大爆笑した。無理もない。かなり突拍子もない発言だったのだから。
結果、言葉の裏の意図を読んでくれたようで、呆気なく了解された。
子供であることを利用して相手国の隅々まで把握するという冷酷非道な目的という裏の意図を。
――実際はそのような裏の意図があるように見せかけただけなのだが。
「ならば付添いの者を付けよう。子供一人では大変だろうからな」
キングスレイがそう切り出してくる。ジャスティスのパイロットとして生き残らせている自体が子ども扱いしていないのであるから、これはただの詭弁である。本心は遠征に向かうコンテニューを見張る為だろう。スパイかどうかの可能性を未だに疑っていることが明白だ。ただ、だからといって既にコンテニューは主要部に入り込み過ぎている。結局は警告代わり、といった所が正しい見込みだろう。信用はしていないが信頼はしている、という微妙な状況であることは肌で感じ取っていた。
ならば、ここでコンテニューが返す言葉はこうだろう。
「遠慮します。僕は一人でぶらぶらと観て回るのが好きなので」
「そうは言ってもなあ……見知らぬ土地で一人はきついぞ?」
「ここだって僕にとっては『見知らぬ土地』でしたよ。でも何とかやれているじゃないですか」
笑顔でそう嫌味を返す。
これがコンテニュー。
すっかりと板についていた。
笑顔のまま彼は肩を竦める。
「それに、その観光の時にはジャスティスに乗っての行動はしませんよ。まさか生身の僕に何か脅威を感じている訳ではないですよね?」
「あっはー、言うねえー」
セイレンが手を叩いて囃し立てる。
「分かってると思うけどーあたしゃ、というか総帥ちゃんもだけどー、あんたがウルジスのスパイじゃないかって疑っているのよー」
「スパイ? そんな風に見えますか?」
「見えないわねー。ついでにスパイだったとしてももう取り返しのない所まで深く入り込んでいるから、何とも言えないわねー」
「だから行動を制限する、と?」
「今だってそうしているじゃないのー。まー、だけどたまに羽根を伸ばさないといけないからー、あたしゃ観光くらいならいいと思うけどねー」
言葉通りに受け取ってはいけない。
裏にはこう隠れている。
――尻尾を出すかをこっそりと監視する。
「お好きにどうぞ。まあ、監視されるのは嫌なので絶対に撒きますけどね」
「……そう宣言するということは、人を付けても無駄だということだな」
キングスレイが深く溜め息を吐く。もし彼の立場であったらかなりの心労を抱えるだろうな――と思いながらも、コンテニューはにっこりと改めて笑顔を見せつける。
「斬りますか? 今、ここで」
「……うむ。それも一つの選択肢だな」
キングスレイの口の端が上がる。
そして彼は腰に手を――
「まーったく、何を言ってんだかさー」
緊迫した空気を打ち砕いたのは、白衣の小さき金髪の女性であった。
「今の総帥ちゃんにはあの剣はないでしょうー? あたしが借りているんだからさー」
「……む、そうだったな」
恍けたようにそう言うキングスレイだが、腰元に持ってきた手が空を斬っていたことから、ある程度は本気で忘れていたように思える。
何故セイレンに貸し出しているかは不明ではあるが。
「だから総帥ちゃんはさっさと議会を政治的な意味で変える方に刃を向けなよー。政治的にねー」
「……うむ。確かにそうだな」
短く息を吐き、キングスレイはじろりとセイレンに視線を向ける。
「今回のアドアニア侵略のように、大統領権限のみで軍事を動かすことが出来る体勢は変えないとな。――いち科学者の意図に操られている閣僚達の愚かな政治体制を、な」
「さあて、何のことやらー」
嘯くセイレン。
「というか代替の剣とか何で持たないのよー?」
「しっくり来ないのだ。まあ徒手空拳でもある程度は大丈夫であろう」
「そう言えるのが『剣豪』って名乗っていていいのかねー」
邪気のない笑い声を上げるセイレンに、少し毒気を抜かれた様子のキングスレイ。
その話の隙間を狙って、コンテニューは「ということで」と言葉を挟んだ。
「出撃命令が下るまで、のんびりとアドアニア観光をしてきます。探さないでくださいね」
そう宣言して逃げるようにその場を後にし、数日後に彼はアドアニアに足を踏み入れた。
初めて。
そして――久々に。
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