クロード

第332話 クロード 01

   ◆クロード



 ルード国正門前。

 時は少々遡って、『正義の破壊者Justice Breaker』が全員入国し、その場には二人しかいない状態となった頃。

 二人。

 それは黒衣を纏った少年と、二足型歩行兵器ジャスティスのパイロットのことである。


「今度こそ勝ってやるよ」


 黒衣を羽織った少年――クロードは、一機のジャスティスに向かって無理矢理自分の手を使って口角を上げていた。

 完全なる宣戦布告。

 笑みを見せないクロードが、文字通り表面上だけでその様相を見せつけていた瞬間であった。

 その姿を目撃している人がいれば、敵味方問わず――特に味方であれば大騒ぎだろう。

 無理矢理だとしても、魔王となった後のクロードの笑顔を見た人間など一人もいなかったのだから。それどころか、大きな怒りや悲しみ感情を見せたのもつい最近、かつ幹部の前だけなのだ。

 焦った様子も見せずにクールにジャスティスを破壊する冷血漢。

 それが周囲のイメージであり、クロード自身もそう意識していた節もあった。

 そんな彼が笑顔を見せたのだ。

 普通の人ならば何があるのだろうかと恐怖に震え、中にはその顔を見たくないと目を背ける人もいるかもしれない。


 しかしながら。

 今回の相手はそのような感情は抱かなかったようだ。


「……まだ無理矢理にしか出来ないんだな……」


 その呟きの声と共に、ジャスティスのコクピットが開く。

 顔を出したのは、金髪碧眼の整った容姿の若い男性。

 その若さながらルード軍陸軍トップ――元帥まで登り詰めた、異様な存在。


 コンテニュー。


「笑顔ってこうやるんですよ。よく見てください」


 クロードが一度、アドアニアで敗退した相手は、クロードの無理矢理の笑顔とは対照的な、真っ直ぐな笑顔を見せつけてきていた。

 完全に煽ってきている。

 だがクロードは怒りを感じてはいなかった。

 コンテニューは先のアドアニアの戦いからそうであるが、意味深長な言葉を口にしたりクロードの行動に落胆したりするなどの意図不明な行動を起こすことによってこちらを惑わせてきた。

 所謂トリックスターというやつなのだろう――と、クロードは認識していた。

 相手を困惑させ、判断力を低下させて勝利をもぎ取る。

 だから耳は傾けつつも、深く考えることは止めて話を強制的に変える。


「それより、これからジャスティスごとあんたを倒すって宣言した所で顔を出してきたのは何か理由があるのか? まさか笑顔のやり方を実際に見せる為、とか言わないよな?」

「それもありますが他にも理由はきちんとありますよ。好戦的になってきた貴方を抑制するとかね。現にこうして攻撃をされていないじゃないですか――というのは結果論ですよ、結果論」


 クロードの眉が途中で歪んだのを見たのであろう、そのタイミングで焦ったように結果論だと相も変わらず軽薄な笑いで告げるコンテニュー。


「貴方に対して直接顔と姿を見せて言わなくてはいけないことがあったのですよ」

「……言わなくてはいけないこと?」


 オウム返しのクロードの言葉に、ええ、と頷き、全身が見えるまで彼は更にコクピットから乗り出す。


「クロード・ディエル。貴方は何を望んでいるのですか?」

「……はあ?」


 呆れ声のクロード。

 言わなくてはいけないことが、そんな問いなのか?

 何のためにこんなことをしているのか、という非難の声なのか?

 あまりにも拍子抜けの言葉に、クロードはやれやれと首を振る。


「その答えに何の意味があるんだ?」

「答えてください。貴方は何を望んでいるのですか?」


 クロードの問いに問いを重ねた言葉には答えず、コンテニューはもう一度訊ねてくる。

 その顔からはいつの間にか笑顔が無くなっており、真剣そのものであった。少なくとも意味もなく聞いているのではないのだということは理解し、しかしそれでも伝えるかどうか迷った――が、結局言った所で何も変わらないだろうと判断し、口を開いた。


「俺がお前達ルード国を打倒する理由は――」

「違います」


 クロードが理由を説明する前に、コンテニューが否定の言葉で遮った。

 完全に勢いを削がれた。

 こいつ嫌がらせの為に訊いてきたんじゃないか――と眉間に皺が寄る。

 だが、そうではなかったようだ。


「僕が訊きたいのは『正義の破壊者Justice Breaker』がルード国を倒す理由を聞いているんじゃない。ましてやその先に世界平和を望んでいるとかいう綺麗ごとなんか聞きたいんじゃない」


 コンテニューは人差し指を突きつけてくる。


を聞いているんですよ、クロード・ディエル」

「俺自身の……望み……?」


 それは世界平和だ――と、先のコンテニューの言が無ければ言っていただろう。先の言葉の続きもそう口にするつもりであった。

 しかしそれは違うという。


「分からないようですね」


 見透かされたようなコンテニューの言葉に、クロードは眉を顰める。


「……何が言いたいんだ?」

「貴方自身の望み――というか願望ですね。それを貴方自身の口から聞きたかったのですが……まあいいでしょう。僕が言い当てますね」

「本当にお前、何が言いたい――」


「貴方の願いは――、でしょう?」


 コンテニューのその言葉に、苦言を呈そうとしたクロードは二の句が告げなかった。


 身近な人の幸せ、ではない。

 身近な人『』幸せ、なのだ。


 一文字だけの違いではあるが、大きな違いがある。

 前者は他者の幸せを願う。

 後者は他者も含めた――を願っている。


「世界中全ての人間が幸福でいられる世界なんか望んではいない。身近な人が幸福でいられる世界を望んでいる。そこに自分もいたい」


 滔々とコンテニューは語る。

 クロードの望みを語る。

 まるで自分のことのように語る。


「友となった人達の笑顔を傍で見守っていたい。好きな人と一緒に添い遂げたい。――ただそれだけでしょう?」


 それだけ。

 コンテニューはそう口にした。

 その問いに関しての答えは、クロードの中で既に持っている。


 ――その通り、だ。


 クロードの望みは結局はそこだ。

 知っている人間が幸せになればいい。

 だけど幸せになる為には、全世界が変わらないといけない。

 だから行っている。

 そこに自分もいられたらいい。

 それが願望だ。



 だ。



 ここまで来るのに、クロードは多くの犠牲の上に立っている。

 屍を踏み越えている。

 それを自覚していた。


 最初の犠牲はマリーだ。彼女を犠牲にして魔王という立場を確立させた。

 次にコズエだ。彼女の犠牲によってカズマを復讐の鬼とさせ、自身も非情な心を身につけた。

 更にはアレインだ。彼女の遺体すら回収させないことでライトウの意識を変革させた。

 身近な人の犠牲すら利用し、ここまで戦ってきた。

 他にも、名も知らない一般兵も多数犠牲にしている。

 勿論、蹂躙してきたジャスティスのパイロット、邪魔をしてきたり反旗を翻してきた人の命を、赤い液体の効果という間接的なものではあるが奪ってきている。

 その業はかなり深い。もしあの世というものがあるのならば、間違いなく地獄に落ちるだろう。

 それだけでは足りない。

 ここまで世界を混沌とさせた存在が、幸せに暮らせるわけがない。傍にいる人間も不幸になる。

 故に先の願望は、確かにクロードの願望ではあるが――



「――『そんなのは決して叶えてはいけないものだ』」


 その言葉はクロードではない。

 コンテニューの口から放たれた。


「そんなことを考えていそうな顔ですね」

「……」

「図星の様ですね」


 コンテニューはくだらないといった様相で鼻で笑い飛ばす。


「そんな風に思っているのであれば、決してその願いは叶いませんよ。叶えるつもりが無いんですから。だけど……僕は違います」


 自らの胸のあたりの服をぎゅっと握り、彼は少し翳りのある表情になって語る。


「これまで僕はたくさんの人をこの手で殺しました。最初は戦場のど真ん中でジャスティスを試運転をしていたパイロットを殺して乗っ取った所からですね。そこから何人も殺しました。もしかすると今の貴方以上に殺しているかもしれないですね。しかしそれは全ては自分の知っている人の幸福の為、ひいては――自分の幸せの為ですね」


 とんでもないことを口にしているコンテニュー。

 後悔している表情。

 だけど、彼の言葉に言い澱みは一切含まれていない。

 表情と内心。

 どちらが真実なのだろうか?


「お前は……その生き方を後悔していないのか?」

「後悔だらけですよ。ええ」


 きっぱりと彼は答えた。


「ああすればよかった。こうすればよかった。助けられる人を助けられなかった。こんなはずじゃなかった――そんな後悔をどうにかしようと生きているのが僕ですよ。むしろと言っても過言ではありません」


 妙な言い回しをしてくるコンテニュー。

 しかしながら彼が後悔しているというのは間違いないことらしい。

 後悔した上で、選択をしている。

 ――尚更たちが悪い、とクロードは苦々しく思った。


「だけどそれでも僕は――他人の幸せを踏みにじってでも――身近な人の幸せ、果ては自分の幸せを求め続けます」


 コンテニューは胸を張る。

 堂々と。

 自分が間違っていると分かっていても。

 ――真に自分が間違っていないと分かっているから。


「親しくなった人間は全て生きていてほしい。寿命まで幸せに暮らしてほしい」


 親しくなった人間。

 ライトウ。

 カズマ。

 ミューズ。

 アレイン。

 コズエ。


 後者二人に対しては、もうその願いは叶わない。


「好きな人と結婚して、幸せな家庭を作りたい。一緒に老いていきたい」


 マリー。

 好きであるが故に突き放した少女。

 だから手を取って共に進むことは絶対に出来ない。


 コンテニューのその口にした願いは、クロードでは絶対に――


「――クロード・ディエルが諦めている望み」


 と。

 そこでコンテニューはクロードの名を告げる。

 告げた上で、力強く言い放った。



「その望みを――!」



 コンテニューと会話をしたのはそこまで多くない。むしろまだ二回目である。

 だけど、それでも言える。

 断言出来る。

 そこから始まる彼の言葉には、今までのどんな言葉よりも――感情が乗っていた。


「さあ見ろ、クロード・ディエル! 姿! ! ! ! ! ! ! ! こ! ! ! ! ! ―― 一七歳という若さながら陸軍のトップに上り詰めた僕のこの全てをきちんと記憶に刻んでおけ!」


 両手を広げ、コクピットから完全に足の先まで乗り出す。

 ――全身を見せつけるように。


「僕の名はコンテニュー! ただのコンテニューだ! 戦場で生まれ、非道な手段でここまで辿り着いた男だ!」


 嗄れんばかりに声を張るコンテニュー。


「君を犠牲に僕は君の望みたかった世界を掴み取る! 君から全てを奪い、君の代わりに幸せになる男だ!」


 そして。

 好き勝手言い放った挙句、彼はこう締めくくった。



「だから――! !」

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