第308話 決戦 19

 ピエール・オパメ。


 『正義の破壊者Justice Breaker』の所有する本物のジャスティスの中で、カズマ以外で唯一の操縦者。

 先の報告をしに来て隣に位置していたのだが、ついその存在を忘れていた。

 というのも、彼はジャスティスには乗っているものの、戦闘ではなくて補給や人員移動、敵にジャックされて欲しくない情報について直接伝えに来る場合の情報伝達手段などに、サブ的な業務に従事していたからだ。それは彼が望んだことであり、カズマと、生身ではあるがライトウ、クロードが敵を撃破していたことから、疑問視はされていたものの声を上げての批判は無かった。

 だから戦闘力とはカウントせず、すっかりとその存在を失念していた――というのは言い訳になる。

 本当に忘れていただけだった。

 もう一つ忘れていたこと。

 スピーカーはモニターと同じようにジャスティスの動力源を用いている訳ではない、と。


『お、お願いです! ぼ、僕は貴方どころか、ほ、他のジャスティスにも攻撃したことは、な、無いです! これからも攻撃はするつ……つもりは……な、ないです!』


 詰まりながら、ゆっくりと次第に速度を落としながら、それでも絞り出すようにピエールは命乞いの言葉を口にする。

 そのことについて、カズマは責める気にはならなかった。

 無理もない。このような窮地であれば逃げたくもなるし、命を惜しむのも仕方がない。

 元々戦闘を嫌がっているということは、命を賭けて戦場にいるわけではないのだから。


『……醜いわね』


 女性の声。

 先刻、獣型ジャスティスから発せられていた叫びと同じ声だった。


『この戦場に立っていながら、よくもまあそんなことを言えるわね。そのふてぶてしい根性は尊敬に値するわ』

『あ、ありがとうございます……』

『褒めていないわよ。ただ、さっきまでの人達は兵士としての矜持かしらね、逃げはしたけれども命乞いの声は発していなかったわ』


 獣型ジャスティスはそこで一気に距離を詰めてくると、その爪をピエールの方のジャスティスに突き付けた。


『でも本当にあんたは私達に危害を加えていないのかしらね? 口だけじゃないのかしら? 今が動けないからそう言っているだけで。今まで私達と対峙してきたあのジャスティスのエースパイロットだったりしないわよね?』

『し、しません。ほ、ほら、僕の肩に星があるでしょう? これがある機体と、た、戦ったことがありますか?』

『ないわね。――それじゃあかしら?』


 そこでようやく、獣型ジャスティス首――視線がカズマの方へと向いた。

 というよりも、初めから理解していて弄んでいたのだろう。


『沈黙は肯定と見做すわよ』

「……そうじゃない、と言ったら信じますか?」


 カズマは重々しく口を開く。黙ることで曖昧にしようと最初は考えていたのだが、しかしながら彼女は決して降伏を勧告してきている訳ではない為に意味がない行為だと気が付く。

 それでも、少しでも時間を稼げないかと抵抗をする。

 ――スピーカーに乗らない様に音を立てず操縦桿を前後させながら。


「自分自身でエースパイロットです、なんて言ったら性格は嫌な人だと僕は思いますけれどね」

『……ああ、その喋り方はあの時のパイロットね。アドアニアであのサムライと一緒にいた』

「そうですね。お久しぶりです」

『そう、だったらエースパイロットだっていうのは間違いなさそうね。あの時、そっちのジャスティスは一機だけだったのだから』

『ぼ、僕もいましたよ! ほ、補給でしたけど……』


 ピエールが何故かそう口を挟んできた。そこでアピールする意味はないにも関わらず。

 そんな横槍に『あらそう。だったら戦闘をしていたジャスティス、という言い方に変えるわね』と律儀に応答し、獣型ジャスティスは一歩こちらへと近づく。ピエールのジャスティスとほとんど距離が離れていないので、身体ごと改めて向き直した、という形だ。


『いずれにしろ、ここまでにこちらのジャスティスをあれだけ破壊している実績からも間違いはないわね』

「……言い逃れようがありませんね」

『あらあら。ひどく冷静なようだけど、この状況分かっているの?』

「ええ、圧倒的なピンチですね」


 口では冷静に。

 挙動も抑えて。

 だけど心は焦りでいっぱいだった。


 それでも。

 彼は諦めていなかった。

 ギリギリまで。

 彼は虚勢の言葉を張り続ける。


「ねえ、どうしてあなたは動けるのですか? 特殊な訓練などをしたからですか?」

『そんなことを教える必要なんてないでしょう』

「だったらそのジャスティスだけが何か――」

『答えないわ。ここで話はお終いよ』


 ――駄目、か。


 そこで初めて諦観の気持ちが芽生えた。

 相手の声から、もう弄ぶような雰囲気が消失した。

 余裕が無くなったからではない。まだ圧倒的な有利だ。

 時間さえあればこちらが復帰する可能性があることを悟られたわけではない。


 単純に――のだ。


 先までは他にジャスティスのエースパイロット――今まで大量に撃破してきたジャスティスを探すための問答。

 次は何か隠していないかを探る問答。

 しかしながらどちらも目的を完遂した。


 カズマはエースパイロットで。

 現状を打破する手段を持っていない。


 それが分かったから、話を打ち切ったのだ。

 打ち切って、後は実行するだけ。


 ――カズマのジャスティスを破壊するだけ。


(……まだ諦める訳にはいかないっ!)


 諦めに傾きかけた心を鼓舞する。

 ここで倒されてしまったら、守れない。

 彼女を守れない。

 ――もう悲しみの涙を流させないと誓った、彼女のことを。


 例え可能性がほとんどなくとも。

 足掻け。

 もがけ。

 みっともなくとも。


「――卑怯じゃないのか!」


 カズマは叫んだ。

 スピーカーの音が割れる程に。


「こうやって動けない相手に対しての一方的な蹂躙! どちらが正義なのか傍から見ても分かる! こちらは一般人を傷つけないようにしているし、反抗してくる人達しか攻撃を加えていない! しかも奇襲ではなく堂々と真正面からだ! なのにそちらはどうだ! 動けない所に攻撃を加えるなんてまるで何も知らない赤子に刃を突き立てるのと同義ではないのか!? いいや、同義だ! 卑怯だ! 僕達『正義の破壊者』はそんな卑怯なことを望んでいない! そんな卑劣なやり方はしない! ただジャスティスを破壊したいだけの集団じゃない! お前達ルードとは違う! 戦闘が大好きで人を傷つけることが大好きな卑怯なルードとは違う!」

『……耳障りね』


 獣型ジャスティスは前足を上げる。

 容赦なく、こちらに向けて攻撃を放ってくる。

 抵抗する術はない。

 ――だけど。

 カズマは最後の最後まで諦めず、最早理論的ではないことを言い放った。



「僕達『正義の破壊者Justice Breaker』は――!」


『黙りなさい』


 その言葉と共に。

 獣型ジャスティスの前足が、カズマのジャスティスへと振り降ろされた。

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