第301話 決戦 12

    ◆カズマ ――市街戦。



 カーヴァンクル市街地。

 そのど真ん中でカズマは獣型ジャスティスと対峙していた。

 獣型ジャスティス。

 二機あるその特殊なジャスティスは『ガーディアン』と呼ばれ、各地で猛威を振るっていた。

 しかしながら先のアドアニアの戦いの後、その姿を目撃した人々はいなかった。その理由はクロードが部位を破壊したから、というのが真実であったが、決して破壊されたという事実をルード側はひた隠しにしてきた。このことがあったからこそ、『正義の破壊者』の敗走を如実に語ることが出来なかったのかもしれない。

 しかし、この場に完全に修復した形で一機、存在している。本来は二機なのだが、もしかすると修理できたのは一機だけなのかもしれない。

 ただ一機しかないこの事態は――好機でもあった。


「ナンバーエイト、右!」

『了解!』


 カズマの指示に従い、一機の模造ジャスティスが右方から飛び出して剣を振り降ろすと、そこにいた獣型ジャスティスは大きく跳ねてこちらから距離を取ってきた。

 用意したジャスティスの正確な数は、ルードから奪った二機と、ウルジス国で開発した模造ジャスティス十機の合計十二機。

 現状戦場で動いている『正義の破壊者』の所持するジャスティスは――十一機。

 つまりは最初に破壊された一機以外は未だに稼働を続けていた。

 それを可能にしたのは、カズマの指揮、そしてパイロット達の訓練の賜物であった。


「陣形!」

『了解!』


 その一言で各ジャスティスは三機が背中を合わせる。これが三セット。カズマと、補給に徹している一機のジャスティス――ピエールを除いた全員がその体勢になっている状態だ。

 通常兵器では弱点とはなり得ないが、対ジャスティス戦でのその機体の弱点は主に二つ。

 背中と頭上。

 この二つはどうしても庇い切れない場所である。

 しかしながら、三機が背中を合わせることで物理的に背中は狙えない。

 となると上部か正面突破になるが、獣型ジャスティスは高くは飛べるが滑空が出来ない為、必然的に正面突破をしてくることになる。

 そこに対して、一機がガード、残る二機が剣をすぐに振るうことが出来る体制になっている。

 この陣形は、以前に獣型ジャスティスと対峙したカズマが考え付いたモノであり、この決戦の場までに何度も繰り返し修練を繰り返して、今ではお互いの距離感も含めて完璧に対応することが出来るようになっていた。

 そのように見た目は少々格好悪いが鉄壁の布陣となっており、それを証明するかの如く、何回か攻撃を仕掛けてきたものの有効打を与えられずに獣型ジャスティスは後退り、現状は攻め手をあぐねている状態である。

 そんな状況でカズマは一体何をしているか?

 指示を出している。――


「……これでちょうど十機目」


 刀を振るった先で崩れ落ちる黒い塊を見ながら、カズマはぼそりとそう言葉を落とした。

 獣型ジャスティスと模造ジャスティスの対峙。

 だが、カーヴァンクル内に存在する敵兵力は獣型ジャスティスだけではない。

 戦車、重火器――通常のジャスティス。

 本来は通常のジャスティスですら模造のジャスティスとでは性能差があることは事実なので、脅威となるのは間違いないのだ。

 しかしながらその脅威をカズマは一手に担い、影から攻撃する機会を狙っていたジャスティス達を単独で撃破していった。相手の集中が獣型ジャスティスとの戦いに向けられていて疎かになっている所をついたのもあるが、ぞれでも無駄のない動きであっという間に十機も破壊していた。

 この国にそこまでジャスティスは多くない。

 故に残るジャスティスもそんなに数はないはずだ。

 にしても、一人で十機も撃破するのは異常である。ルード国だってジャスティスに乗って戦闘したことが無いわけではないだろう。

 それでも、カズマには圧倒的な経験がある。


 ――対ジャスティス、という経験が。


 破壊するわけにいかないのでお互いの実戦訓練も碌に積めない兵士達とは圧倒的にその点が違う。

 加えて。

 カズマは、先の指示を飛ばしていたように、獣型ジャスティスとの戦いについても状況を把握していた。他のジャスティスを撃破する為にその場から離れていたのにも関わらず、まるでその場にいるかのようにリアルタイムな指示を送っていた。

 その理由は簡単だ。

 見ていたのだ。

 カズマのコクピット席の横に備え付けられたモニター。そこに幾つもの映像が分割して表示されていた。

 そう。

 模造ジャスティスのメインカメラは、全てカズマへと情報収集されていた。

 カズマはそれを見て指示していたのである。

 しかも自分は相手国の通常ジャスティスの攻撃をいなし、交わし、そして確実に撃破しながら、モニターを見て逐次指示していたのだ。

 要領が良い、というレベルを超えている。これはもう、天性のものと言わざるを得ないだろう。


 ジャスティスの操作についてカズマの右に出る者はいない。

 名実ともに色々な意味でエースだ。


 しかしながら。

 そんなエースであるカズマが先導して戦うのではなく――しかも本物のジャスティスではなく――模造ジャスティスが獣型ジャスティスに対応する。

 きっと相手も思っていなかっただろう。

 相手の最高戦力を、獣型ジャスティスにぶつけてくると思っていただろう。

 それを証明するかの如く――


『くそがあああああああああああああああああああああああああああああああ』


 苛立った声が響いてきた。離れた場所にいるカズマですら聞こえたので、相当広い範囲にその声を響かせているのだろう。

 女性の声。

 若い女性の声。

 その声はカズマには聞き覚えがあった。

 アドアニアにて。

 思えばあの時も、彼女は叫び声を上げていた。


 ――クロード、と。


『くそがくそがくそがあああああああああ何で雑魚に翻弄されなきゃいけないのよおおおおおおおお!!!』


 みしみしと音を立てて道路が割れる。それは獣型ジャスティスが地団駄を踏んでいるからである。

 どうしようもない怒り。

 そしてその怒りはすぐにこちらへと向けられた。


「作戦D」

『了解!』


 パララ、と。

 模造ジャスティスが一斉に銃を手に取り、獣型ジャスティスに向かって射撃を開始する。

 一直線に突撃して来ようとした獣型ジャスティスは、緑色のその身体を左右に振ってその射撃を避けつつ迫ってくる。

 だが、確実に勢いは削がれている。


『うおおおおおおお!』


 勢いを削いだ獣型ジャスティスの爪を、模造ジャスティスは剣を持って防ぐ。

 ――三機が刃を合わせた形で。


 ジャスティスが用いる武器でしかジャスティスは破壊できない。

 それはジャスティスに用いている物質と武器がイコールであるが故である。矛と盾、どちらとも同じ素材であれば、あらゆる要素の影響でどちらかが破壊される。それは矛なのか盾なのか、言ってしまえばランダム要素に成っている。傾向的に矛の方が強いのは事実ではあるので、もしかすると矛側には同じ素材と言いつつ、純度が違うのかもしれない。実際にどうなっているか知っているのは開発者(セイレン)しかいないだが。そのことから言えば、実は先に撃った弾丸は他のジャスティスから奪ったモノではないのでダメージを与えられないのではあったが、本物のジャスティスとそう変わらないと錯覚している相手は、ダメージを食らわないようにと避けたのだ。これはカズマの完全なハッタリ勝ちである。

 閑話休題。

 獣型ジャスティスはその鋭利な爪が武器となっているのだが、素材はそこまで異なってはいないであろうことは、想像が付いた。

 だからカズマは考えた。

 獣型ジャスティスの強みは、その圧倒的なパワーとスピードだ。どちらも四肢であるのとジャスティス自体の元出力が大きいことに起因しているだろう。それを同等にするのは、ジャスティスの内部構造についても何も知らず、また模造ジャスティス自体をその域まで引き上げるのは不可能だ。


 こちらの防御力を上げるのは不可能だ。

 ならば――相手の攻撃力を下げればいい。


 相手の勢いを削いだがゆえに、通常の金属――ジャスティスにダメージを与えられる物質――ではない模造ジャスティスの剣でも受け止められたのだ。

 ある意味、賭けではあった。

 ここまで勢いを削いでも、相手の爪の切れ味だけで攻撃を防げなかった可能性もわずかながらあったのだ。

 わずかながら、といったのは、限りなく低いと推定していたからだ。

 ――カズマ自身が持っている刀の強度を鑑みたが故に。

 カズマだってさっくりとジャスティスを斬り伏せていた訳ではない。そこに物理的な意味で多少の重みがあったのは事実であった。

 そこから推定した。

 結果。

 刃を重ねるごとで、本体にダメージを受けないまま迎撃することに成功したのだ。


『くっそがああ――』


 再び雄叫びを上げている途中であった女性パイロットは、しかしながらそこで叫びを中断して再び後方へと距離を取ってくる。

 直後、先程まで獣型ジャスティスがいた場所に複数の刃が振り降ろされる。

 相手の攻撃を耐えたグループ以外のグループが、逆に攻撃をした証であった。


『ああ、惜しい!』

『あともう少しだったのに!』

『くっそおおおおおおおお!』


 悔しさが滲んでいる声が聞こえてくる。

 彼らも手ごたえを感じているのだろう。

 自分達は圧倒的とも言える獣型ジャスティスに、きちんと対抗できるということ。


 ――倒せる。


 誰もがそう思った。

 戦場にいる人間達の士気が向上する。

 手の届かない場所にいるような武功を上げている相手に、一歩も引いていないのだ。

 引いていない。


 ――そう。

 引いてはいないが――進んでもいないのだ。


(このままでは駄目だ)


 そのことについて現状理解しているのは、カズマだけであった。

 あくまで翻弄しているだけで、やっていることはただの防御なのだ。

 決定打を与えられてはいないが、与えてもいない。

 ジリ貧になって不利になるのはこちらだ。

 模造ジャスティスは本来のジャスティスと異なって燃料を用いている。その燃料効率はそこまで良いモノとは言えない。

 故に必要になってくるのは、短期決戦にしなくてはならないということ。

 なのに攻撃に転じられない。

 転じても当たらない。

 勿論、防御以外の策も多数講じてきた。

 だが、そのどれもが使えない。


(予想よりも相手が冷静じゃなくて、また直情的過ぎにもなってこないな)


 非常にやりにくい、とカズマは臍を噛む。

 冷静ならばその冷静を突き崩す策を、直情的ならば挑発を繰り返して隙を創り出す策を取るのだが、一見直情的であるようで先の回避行動に見られるように適切な行動を取っている面もある。

 思った以上に難敵だ。

 そう実感しながらも、カズマは一機の量産型ジャスティスの頭部を斬り落とす。


『カズマさん』


 ほぼ同タイミングで横から声がした。

 身体ごと横に向けると、一機のジャスティスが横付けされていた。一見しては敵のジャスティスのように思えるが、肩に星マークがついていることから、すぐに誰が乗っているモノなのか判別が付いた。


「ピエールさんですか。どうしました?」

『見回ってきましたが、獣型ジャスティス以外の敵影は見当たりませんでした。ミューズさんが作ったレーダーにも反応はありませんでした』

「そうですか。他のスナイパータイプだとか特殊なジャスティスなようなモノはありましたか?」

『それも見当たりませんでした。一般兵はいたのですが……』

「一般兵がジャスティスを破壊出来る装備を持ってなどいたら、ルード国内で反乱が起きうるでしょう。ならば絶対にありえないと考えるべきです」

『そうですよね。僕もそう思っていました。――あ、その一般兵については通常所属員が応対していますけれど、ジャスティスに頼り切りな兵士だけあって練度は高くなく、こちらが押している状況です』

「予想通りですね。ありがとうございます」

『上手くいっていますね。このまま押し切って行きましょう。僕も援護や補給でサポートしますから』


 上手くいっている。

 果たしてそうなのだろうか、とカズマは思う。

 先に考えた獣型ジャスティスの攻め方の件は上手くいっていないのは間違いないのだが、それ以外の部分は上手くいっていると言えるのだろうか。

 客観的に見れば、予想通りなのだからその通りなのだろう。

 強敵である獣型ジャスティスを除いた戦力について『正義の破壊者』の方が有利に立ち回っているのだ。

 あとは獣型ジャスティスを何とかすればいい。


 その為の策は――実はある。

 一つだけある。


 獣型ジャスティスに対抗する方法。

 それは模造ジャスティスでは絶対に出来ない方法。


 カズマだけの――

 対抗できる策は、長時間は持たない。いや、短時間しか持たない、という表現の方が正しい。

 だからタイミングは慎重に見極めないといけなかった。


「……やるしかない、か」


 カズマは大きく深呼吸をする。

 そして操作部の中央にあるボタンを凝視する。そこには万が一間違えて押さないように付いているプラスチックのカバーがあるが、彼は腹を括ってそのカバーを押し上げた――その瞬間だった。


 

 突如、爆発音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る