決戦

第290話 決戦 01

    ◆




 ルード国の真正面で宣戦布告を行う、おおよそ一か月ほど前まで時は遡る。


「―― 一か月後、ルード国首都カーヴァンクルに直接攻め込む」


「何……だと……?」


 クロードの言葉に、ウルジス王の目が飛び出さんばかりに見開かれた。

 この場にいるのはクロードとウルジス王の他には、ライトウ、カズマ、ミューズの三人――いわば『正義の破壊者Justice Breaker』の幹部のみという状況で告げたクロードの言葉に対しての反応であった。

 因みに他の三人の反応は、


「やはりそう来ますか……」

「待っていたぞ」

「あはははっ! クロードらしいっすよね」


 と、おおむね予想通りといった様子であった。

 ウルジス王は三人にも驚きの表情を見せると、クロードは対称に無表情のまま肩を竦める。


「まあ、これが付き合いの長さ、ってやつなのだろうな。俺の考えていることは大体理解されている」

「……君達全員、少し常識人から思考がズレていると言われないか?」

「よく言われる」


 ライトウが即座に頷くが、いやいやとミューズが眼前で手を振る。


「あたしとカズマは完全にクロードの思考を読み取った上っすよ。ライトウは昔から鈍くてあまり考えていない、って評判だったっすけどね」

「そうです。ライトウはともかく、僕とミューズはクロードさんの思想に引っ張られただけですよ」

「まあこのカップルの甘言は敢えて聞き逃すとして――ズレた考えではあるかもしれないが、ズレた作戦ではないとは思うぞ」


 ぶーぶーと文句を言うミューズを無視しながら、クロードは説明を続ける。


「実際にジャスティスを生み出しているのはルードだ。まずは頭を潰してから、どこにあるか不明なジャスティスの量産……はしていないだろうから開発拠点か、そこを潰していく流れにしていった方がよいと考えた。今まで周辺国を攻めていたのは、国際的な批判などを考えてだったからな。それを全てウルジス王が背負ってくれると分かった今、俺はルード本国のど真ん中である首都にジャスティスを破壊しに行くことが出来る」

「……なあ、私の言葉をかなりの拡大解釈をしていないか? 何でもかんでも尻拭いをすると思ったら大間違いだぞ? 過去に告げた言葉の保証範囲でなかったのなら拒否を行うのもやぶさかではないぞ」

「拒否をしていないのならば、今回のは保証範囲内だろう?」

「……一瞬で私の言葉の意味を読み取ったな」


 にっ、とウルジス王は笑う。彼にとっては最初から予想していた要求であったのだろう。というよりも、もう既に拒否する領域ではないという判断なのかもしれない。もしクロードがウルジス国と手を組んだ段階で同じことを口にしたのならば間違いなく拒否していただろうが、現在は世界を二分する形までルード国と『正義の破壊者』に割れているので、ルードさえ撃破すれば後の処理は出来る範囲だ、と判断したのだろう。


「では幾つか質問しよう。まずは一か月先とした理由は?」

「この夫婦の要望だ」


 と、クロードはカズマとミューズを差す。


「おお、結婚でもするのか? おめでとう」

「おめでとう」

「……おめでとう?」

「がぁーっ! 違うっすよ! 何で少し前からこんなからかってくるんすか!」

「そしてライトウは未だに分かっていない様子ですね……ライトウらしいですが……」


 カズマが苦笑いを浮かべながらも、ウルジス王に説明をする。


「少し僕の扱っているジャスティスに手を加えたいので一か月の猶予を頂きたい、とお願いしたのです」

「ふむ。子を成す為ではなかったのだな」

「違いますよ。そんなことをしたら死亡フラグではないですか」

「そうだな。はっはっは」

「この戦いが終わったら考えますよ。あっはっは」

「どっちにしろ死亡フラグじゃないっすか! っていうか何を言っているんすか!?」

「……ああ、成程。だからあの会議の際にクロードはミューズにおめでとう、と言ったのか」

「そしてライトウは色々と遅すぎっす!」


 そう顔を真っ赤にさせてミューズが喚き散らす。天然なライトウを余所に、完全にミューズを弄ぶ一同であった。


「――さて、話を戻そう。一か月先である理由は分かったし、事実こちらから支援など用意しろと言われた場合にはどんなに急いでもそれくらいかかるだろうし、まあ妥当だろう。――しかしそれでも出来ないことがある」

「それは何だ、ウルジス王?」


「ズバリ言うと――首都カーヴァンクルへの侵攻、だ」


 眉間に皺を寄せ、首を横に振るウルジス王。


「長期間、我がウルジス国はルード国と対立してきた。しかしジャスティスという兵力差に大差があったとはいえ、それが開発される以前から完全には攻め込めない理由がある。それは――」


「――


 クロードの断片的なその言葉に、ウルジス王は目を丸くする。


「……知っていたのか?」

「当たり前だ。何も考えずに突き進んでいた頃とは訳が違う」

「そうか……まあ、有名だしな」


 といっても過去にクロードはルード国について意図的に情報を耳に入れていなかったので、この事実を知ったのはつい最近ではあるが。


「ルードの首都カーヴァンクルを囲うようにしてある巨大な防壁は、いつ築かれたか分からないくらい古いものではあるもののかなりの強固さを誇っている。定期的なメンテナンスや改善、改造もしているのか、破る手段というのが全く思い当たらない。ベースがあるのとないのではその手間は遥かに違うもモノではあるが、それでもここまでの堅守を維持しているのは敵国ながら賞賛に値する。――知っているか? 昔はルード国は『』と言われていたんだぞ」


 今ではジャスティスを用いて、どちらかといえば『攻めに強い』という印象を持たれているだろう。


「だから攻守ともにルードは一目置かれる存在になっている。攻撃面のジャスティスは君達が破壊した。だが、守備方面の巨大な防壁については、歴史上で一度も破られたことが無い。この点をどう攻略していくつもりだ?」



「……」


 間髪入れずに告げたクロードの回答に、ウルジス王の表情は固まった。口は半開きのままで二の句が告げない様子だ。


「まあそんな反応だろうな。俺一人だったら空を飛んでそんな防壁軽く無視するんだが、如何せん、今回は俺一人だけが侵攻するわけではないからな。大人数を空中で運ぶには飛行設備の用意が難しいし、何よりそんな大型であれば迎撃されるのは間違いないからな。他の壁もこれだけ兵器が発達した中でも破壊されていないということは、ただの壁以外にも色々あるということだ。――であれば、真正面から堂々とカーヴァンクルに入ればいい」

「……ひどくシンプルだな」


 ウルジス王は皮肉を込めてそう言う。

 しかしクロードは意にも介さず――むしろ誇るように胸を張る。


「そう、シンプルだ。だからこそ何よりも強い。俺は余計な考えを持つと弱くなるらしい。だから複雑な策を巡らさず、真っ直ぐに堂々としたルートで攻めることとした」


 クロードは考えていないわけではない。

 ただ、意図的に考えを止めているのだ。

 クロードの能力は考えれば考える程に制約が出る。

 だからこそ、最も自分が活かせる形での作戦を立案した。


「俺が最前線に立って、その後ろにカズマ、ライトウ。――これが『正義の破壊者』にとって最善であり、そして最強の策だ」


 通常であれば組織の長が最前線に立つなどもってのほかだ。リーダーを失えば、それだけで組織は瓦解する可能性がグッと高くなる。

 しかしながらこの組織は、クロードの『ジャスティスを絶対に破壊する』という強い意思と実際の強さが引っ張っている為に、彼が前線を張らなくては所属員の士気に関わったり支持率低下に関わる。

 ――ということは、クロードは考えていない。

 ただ単純に最終決戦を自分の手で成し遂げたい、という思いだけだろう。


「ウルジス王」


 真っ直ぐな瞳。

 濁りのない瞳。

 それをウルジス王に向け、クロードは言う。


「これが最終決戦だ。負ければウルジスもろともルードの支配下になる。勝てば世界平和にグッと近づける。だから全力を出してくれ」

「……分かった」


 真剣な表情で頷くウルジス王。

 彼も覚悟を決めたようだ。


「……で、だ」


 クロードが深く息を吐く。


「ウルジス王、俺の性格は分かっていると思う。だから怒らないし、今更過去のことを掘り返すつもりもないと言ったら本当にしないと理解しているだろう?」

「それはそうだが……何のことだ?」

「とぼける必要はない。俺の甘さを付いたミューズが、ウルジス国との契約の際にこっそりと『』を作ってくれていたんだからな」

「あ、バレていたっすか?」


 ミューズが舌を出す。

 同時に、ウルジス王の表情が渋くなってくる。


「……あれも意図的だった、というわけか」

「俺は後で気が付いたんだけどな。でも、ミューズは最初から考えていたみたいだ」

「裏切りではないので赤い液体の効果は無いとほぼほぼ分かっていたっすが、それでも怖かったっすよ」


 いやー、と頭に手を当ててあっけらかんと笑うミューズ。内心で怯えていない様子を見せていないから、きっとこれは嘘であろう。

 それはウルジス王にも言える。


「ミューズもウルジス王も裏切りとしてではなく、考えた上での選択をしてくれた。このような場合に備えて、俺のワガママみたいな要求に対して柔軟な発想を持って対応をしてくれた。……まあ、カズマの現状を見ればそのぐらいの融通を利かせられるものだと予想したのかもしれないがな」


 クロードの言葉にカズマが頷く。ということは、カズマもクロードが言いたいことを理解しているということであった。一方でライトウは反応は見せてはいないが、逆に見せていないことから、ある程度察しているのであろう。


「……分かった」


 この場にいる全員が理解していると悟ったのだろう、ウルジス王は深い溜め息を吐いた。


「君の言う通りこれが最終決戦になるであれば、出し惜しみをする必要はないな。用意をしよう」

「ありがとう」

「よい。……しかし、バレていると思っていなかったぞ」


 完全に緊張感が抜けた顔でウルジス王は言う。


「必要となった場所で君の意表を付いてやろうと画策していたんだけどな」

「嘘を付け。であればこの局面でしかないだろう」

「嘘を付いたら赤い液体の効果で私は死ぬぞ。だから嘘ではない」

「そんな厳しい制約は設けていない。まあ、今、この場でその制約を変えることは容易に出来るがな」

「おお、怖い怖い、やめてくれよ。……で、先の話に戻るが、言い訳をさせてもらうと、私はこの戦いが最後だとは思っていなかったのだ。だからまだ必要となる場面ではないと判断した」

「そういう理由だろうなとは思っていたよ」

「嘘を付け。そこまで頭が回るのはそこの白衣のお嬢ちゃんとその旦那だけだ」

「まあ一理あるな」

「……さりげなく会話がまたあたし達をいじる方に言っているっすね!」


 もう! と憤慨するミューズ。

 その様子に一同は笑顔を見せる。

 いや――たった一人以外。

 クロードを除いた全員が見せていた。

 しかしだからといってクロードが難しい顔をしている訳ではない。

 雰囲気だけではあるが、彼も和んだ様子を見せていた。

 気を張るような最終決戦。

 一か月後とはいえ告げられたその言葉に、誰しもがある種の緊張を持っていた。


 やることはただ一つ。

 一か月後。

 ルード国首都に攻め込む。


 今は水面下でそのことを進める。



 ――そのように。

 緊張感を持ちながら準備を進めていた彼らは、各々の役割をきちんとこなし――



 万全の状態で当日を迎えた。

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