第283話 平和 04

 ジャスティスが必要。


 その彼の言葉に人々は衝撃を受けた。

 この組織は、全てのジャスティスを破壊すること、を目的にしている。

 彼の言葉はその組織目的と相反している。

 だから人々の身体は強張り、彼の言葉に対して耳を疑ったのだ。

 その中でも特に、ライトウ、カズマ、ミューズ、ウルジス王の四人は顕著に驚愕の表情を浮かべていた。

 知っていたからだ。


 ジャスティスに対して誰よりも強い恨みを持っている人物。

 それは、クロードであるということを。


 その彼にとって先の言葉は、自分に対して死ねと言った先の青年――ウォルブス・ハーケンが口にしたモノよりも怒りを覚えるものだろう。

 タブーですらない。

 本来であれば決して口にしてはいけないことでもある。

 そのことを理解している面々は、恐々としてクロードを伺い見る。

 だが――


「ふむ、ジャスティスが必要、か。詳細を聞かせてくれないか?」


 言葉に抑揚なく、クロードはそう問いを返す。

 そこに怒りも戸惑いも含まれていなかった。

 逆にその感情が見えないことに恐怖を覚えている人も多かったが、ピエールは意にも介していない様子で答える。


「先の話の続きですが……平和になった世界を維持する為には、やはり圧倒的な武力が一つあった方がいいと思うんです。何かあった時に制圧できる勢力が。ジャスティスにはその力があります。そこが一つ目の理由です」

「武力で押さえつける、か……」

「そうです。抑圧は少なからず必要だと思うのです」

「……」


 数秒の沈黙の後、クロードは口を開く。


「…………他にも理由があるのだろう? 先に、一つ目の理由、と言っていたから」

「よくぞお気づきで。流石『正義の破壊者』のトップを張るだけはありますね」


 どうしてここまで上から目線なのだろう、と周囲の人々がハラハラとしているのもお構いなしに、彼は言葉を紡いでいく。


「二つ目の理由を話す前に、僕について少しお話ししましょう。先にも言いましたが皆さんは僕のこと、ほとんど存じていないと思われます。それは乗っているジャスティスであっても同じだと思います」

「乗っているジャスティスも同じ、とは?」

「僕は前線に立って敵を倒している方のジャスティスのパイロットではないのです。むしろ敵を倒したことなど一度もなく、後方支援や囮、物資支援などを行っています」


 振り返ってみれば、ヨモツとの戦いの際に唯一残ったカズマ以外のジャスティスであったにも関わらず、アドアニアの戦いで前面に出ていなかった。その辺りの編成はカズマとミューズに一任してあったから、二人は知っていたのだろうが。

 しかしジャスティスを先頭に使用していなかったことについては、クロードは気にもかけていなかった。むしろ前面に立っていれば敵と間違えて破壊する可能性もあったので、後方支援に徹していたのは賢い選択だったかもしれない。カズマは動きで何となく理解は出来るから、間違える心配などクロードは微塵に思っていなかったのだが。

 だが、重要なのはそこではないだろう。


「つまりジャスティスは戦闘用に使う時もあるけれど、それ以外の用途にも流用できるという意味で必要だ、と言っているのか?」

「その通りです。二つ目の理由は、ジャスティスを最大限に有効活用してやるべきだ、ということです。そのような用途に用いつつも、いざとなったら戦闘に利用できるという抑圧を加えることで平和が保たれるのです。実際に戦闘以外でジャスティスを操縦していた僕が言うのです。かなり役に立つ道具ですよ、ジャスティスって」


「――うむ。確かにそうだな」


 肯定の声。

 しかしそれはクロードの声ではなかった。

 上部に表示されたプレートを見なくても、誰もが知っている人物。

 ――ウルジス王であった。

 彼は蓄えた髭をしきりにいじりながら首肯する。


「ピエール殿の主張は理に適ったものだ。実際にあれだけの大型のロボットが燃料もなしに、かつ静音で動作できるとなると相当広い用途に使えるのは間違いないだろうな」

「そうでしょう。僕の意見をウルジス王が認めてくれるのはすごく心強――」


「だが――


「くぎゃげっ!?」


 ピエールの口から驚きにしては派手な言葉が出てきた。

 対してウルジス王は変わらず髭をいじり続けている。


「な、何でですか……? 良いことづくめではないですか!? まさか『正義の破壊者』の本質がジャスティスを全破壊するっていう目的から外れているっていうことからですか……?」

「うむ。それもあるな」

「だったらそんな固い考えは捨てるべき……です。本当に平和を考えているならば固定観念など捨てるべき、だと、僕は、思う……いや、思います……」


 ピエールは自信がなさげに見えながらも発言は決して曲げていない。そしてピエールも理解した上で発言していたのか、と周囲の彼に対する気持ちが少し変化した。卑屈に見えながらも何も考えなしに上から目線で語っている人物、という評からはズレ、考えながらも上から目線は変わらない人物に変化していた。いずれにしろ、まだ良い評価に変わり切っていないのは確かだが、一概に場や空気を何も考えずに乱したわけではないことは誰もが理解した。


「それだけではない」


 そんな彼をウルジス王は、ばっさりと断じた。


「『正義の破壊者』の目的――というよりもクロード殿の目的であるジャスティスの全破壊というところからズレているのは、事実としてあるのは間違いない。ただ、それだけで否定するほど、私はクロード殿に対して心酔も、そして甘くも見ていない」

「だったら――」

「だけど、その意見に対して反対だという理由は……そうだな、端的に言ってしまえばこういうことになるな」


 そう前置いて。

 ウルジス王は衝撃的な言葉を口にした。




「君の言ったことは――

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