第258話 過去 06

 ――次は君だよ。


 クロード少年はそう言いながら、こちらに笑みを向けてきた。

 今考えると非常に不気味なものであるのだが、しかしどうもライトウ少年は思わなかったらしい。あっさりと何の疑いも持たずに受け入れたようだ。

 ――いや、この段階ではまだライトウ少年の反応からはそのことが分かることなど出来るはずもなかったのだが、しかし彼はそれでもある種の確信を持っていた。

 知っていたからだ。


 だからこそ――今があるのだということを。


「何でもいいのか?」

「うん。もしかしたら出来ないことがあるかもしれないけど、とにかく言ってみて。頑張るから」

「うーん……悩むなあ……」

「一つじゃなくてもいいよー。最初に『おちかづきのしるし』について教えてくれた人にも何回かやったし」

「何回か? その人にはどんなことをお願いされたんだ?」


「んーとね……かな?」


「……ロボットの作り方?」

「うん。その人にとっては夢だったんだって。ロボット作るの。でもロボットの作り方を教えたっていってもババーンと作る訳じゃなくて、なんか変な図とか文章とかを見せられてね。それはよく分からなかったんだけど、でもそれがその人も分かっていたと思うから、質問されたことに、うん、か、違うよ、かを言うだけだったんだけどね。内容が分からなくても『正しいのがどっち』なのか分かったからね」

「へえ、そうなんだ」

「だからね、遠慮なんかいらないよ。あ、何ならさっきの人みたいに自分の夢に役立つことでもいいんじゃないかな?」

「俺の夢、か…………そうだ!」


 と、そこで幼きライトウは自分の胸元に手を入れ、そしてあるモノを取り出した。

 それは――本だった。


「なあに、それ?」

「俺の夢だ。恥ずかしくって隠していたけど、でもやっぱりこっそり見たくて、こうやっていつも持っていたんだ。けど君になら話してもいいかな、って……と、あった、ここだ」


 とあるページを開いて、そこに映っている人物を指差す。

 それは、とある男性。

 皺が刻まれた、初老の男性。

 しかしその身体は筋肉質で背筋はピンと伸びており、その荘厳さは雑誌越しにも伝わってくるようなものだ。

 ライトウはその人物のことをよく知っていた。


「『剣豪』だ!」


(……ああ、そうか)


 ようやく思い出した。

 何故今まで忘れていたのだろう。


「一人で戦車とか兵器とかバッサバッサ斬ってさ! それがもう――」


 自分が剣を目指した理由。

 それは――


「――!」


 剣豪を――キングスレイをかっこいいと思ったからだ。

 子供心に響いた。

 だから剣を握ることを望んだ。


 ――憧れたんだ。


「俺の夢はだ。みたいになりたいんだ」


 熱く。

 熱を持った言葉が、子供のライトウの口から紡がれる。


「だからが欲しい。でもことが出来るが欲しいんだ」


 刀。

 剣ではなくて刀。

 それは無意識に口にしていたのだろう。

 キングスレイは剣を用いていた。

 だったら自分はキングスレイとは違う形で――『剣豪』を目指す。

 刀という切れ味の鋭い、東洋の国の伝統武器を用いて。


 勿論、それだけではない。

 よい刀があっても、それを振るえる力が無いと意味がない。

 ならば――


「その為に努力する。だから俺はも欲しい」


 そうだ。

 それが自分の望みだった。


「それは、強い身体が欲しい、ってこと?」

「少し違う。それじゃあ努力にならない」


 首を一度横に振り、告げる。


「俺は努力する。努力すれば努力するほど刀に見合う男に成長していく身体が欲しい、ってことだ」


 剣豪キングスレイを目指す。

 その為の刀が欲しい。

 でも刀があっても使う方が貧弱ならば意味がない。

 ならば努力してそれに見合う身体も欲しい。

 これから自分の身体はどのように成長していくのか分からない。

 だから、刀に見合う身体に成長できるように依頼した。



 ――それが、自分がクロードに依頼したことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る