第259話 過去 07

「うーん……難しいかもしれないけどやってみるね」


 ライトウの願いに対してクロードは唸り声を上げる。やはりあまりにも無茶な願い事なので困惑しているのだろう。

 と思ったのだが、彼はすぐにライトウの目の前に手を翳すと、


「まずは肉体の方――えいっ!」


 ……しん。

 何も変化が起きない。

 いや、起きていないように見えた。

 何らかの変化が起きたように感じなかった。


「……これで望みどおりになったのか?」

「多分ね。もしなっていなかったらごめんね」

「いやいや、謝る必要はない。お願いしたこっちの要求が無茶なんだ」


 あまりにも荒唐無稽な願い事。

 だが今なら判る。

 クロードはきちんと、ライトウの言う通りに実行していたのだと。


「じゃあ、次は何でも斬れる刀だね。……って、刀ってどんな形をすればいいの?」

「刀を見たことが無いの?」

「うん。あんまり」

「じゃあ、えっと……このページのような形で、鞘を付けて……あ、何でも斬れる刀って言ったけど、刀を収めるこの『鞘』ってのだけは斬れちゃ駄目だからね」

「うん、分かった。じゃあ『刀では斬れない鞘』のセットってことだね。……ちょっと待っててね」


 そう言うとクロード少年はしゃがみこみ、地面に手を置いた。


「んーと……こんな感じかな? どう?」


 あっという間に。

 彼の両手には、土の色をした鞘と刀が形成されていた。


「長さとか大きさとかこんな風でいいかな?」

「あ、もう少し長くてもいい?」

「こう?」

「あ、うん。そのくらいで」

「じゃあ次は色を付けるよ。――よっ、と」


 軽い言葉と共に彼はこともなく長さを自由自在に変化させたかと思うと、次の瞬間にはそれらしい紋様を鞘に刻んでおり、気が付いたら土気色だった刀身にも鈍色が既に彩色されていた。

 一体どのような理屈なのか。

 どのようにしているのか。

 全く理解出来ないことが目の前で起きている。

 だが――


「すごいな! ピッタリだよ!」


 幼きライトウは全身で喜びを表していた。

 彼の心にはきっと新しい刀のことしかないのであろう。

 自分が望んだ、自分の為に作られた刀のことを。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 刀を受け取り、ライトウ少年の喜びは爆発した。

 腰に鞘を差し、刀の柄を握る。

 いつものスタイルと同じように。

 幼い身体には少々長めなその刀ではあったが、決して地面を引き摺るような真似などはしなかった。

 そしてゆっくりと刀を抜く。

 驚く程スムーズに引き抜け、格好も様になっていた。きっと幼い頃からずっとエアで練習していたからだろう。

 二、三度空を斬る動作を行った後、鞘に刀をしまうまでの一連の動作を行った彼は、


「……やばいな、これ」


 嬉しそうに声を弾ませた。

 振っただけで明らかにその良さが分かる。

 現在、その刀を所持し続けているライトウにはもう味わうことが出来ない感動だろう。

 正直、羨ましく思う。

 ――自分に嫉妬した。


「あーっ! ライトウだけずるい!」


 そこでアレインがこちらを指差し、非難の声を上げてきた。どうやらコズエ関係の騒動はひとまず収束したらしい。コズエを背に乗せたカズマもこちらの方へ歩んでくる。カズマはひどく疲れた様子だが、何があったのかは全く予想が付かない。

 子供ゆえの張り上げた声の応酬が始まる。


「いいな! 剣いいな! ずるい!」

「ずるいって言われても……アレインもこれ欲しいの? というかこれは剣じゃなくて刀だぞ」

「ううんいらなーい。けどずるーい! 無料でもらって!」

「何だそりゃ?」

「……無料? 無料っすか!?」

「お、起きたのね、ミューズ」

「今無料って言葉聞こえたっす! そのことについて詳しく!」

「んーとね、そこにいる黒髪の――クロード君っていうんだけど、あの人が何でもくれるってさ。ほら! ライトウの手を見て!」

「あ、本当っすね! 刀っすね! どうやってやったんすか!?」

「こう手からパーッと出てさ! 何もない所でさ! 凄かったよ!」

「まじっすか!? どうやったんすか!? むしろそっちの方が気になるっす!」

「僕もそっちは気になりました」


 カズマもそう神妙そうに声を挟んでくる。


「コズエの言葉が聞こえて来たこともびっくりしました。どうやったのか教えてほしいです」

「教えてくださいっす!」

「教えて!」

「ああもう! うるさいぞみんな! ……ごめんねクロード君、みんながうるさくて」


 その言葉に周囲が「何だよ! 自分が一番貰っているのにずるいや!」とぶーぶーと文句をつけてくるのを「あー、あー、聞こえなーい! でもうるさーい!」と耳を塞ぎながら矛盾を口にしている様相に、昔から中途半端にリーダーぶっていたんだな、とかなり恥ずかしい気持ちになってきた。自分だってさっきまで興奮していたじゃないか。他の人から見たら、こいつ何を言っているんだ、と反発を受けることが間違いない――と客観的に見ると子供時代のあらが見えてきて目を覆いたくなる。

 そんな子供達の争いの渦中の中に放り込まれたクロード少年はニコニコとしていた。


「大丈夫だよ。みんな、落ち着いてね。別に俺の『おちかづきのしるし』は制限なんてない――」



「クロードッ!!」


 突然、背部――家の方から悲鳴に近い女性の叫び声が聞こえて来た。

 女性といってもアレインやミューズ、勿論コズエの声でもなかった。

 声の方向に視線が移動する。


 そこにいたのは――先程、母親と話をしていた、黒髪の綺麗な女性だった。


 ここである種の確信を、ライトウは抱いていた。


 見知らぬ女性。

 クロードと同タイミングでの来訪。

 黒髪。


 この状況から推察できるのはただ一つ。

 その女性はきっとクロードの――



「あ、



 クロードは女性に向かって、嬉しそうに手を振った。

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