第243話 開発 08
マリー・ミュート。
彼女は両脇を掴まれながらこの部屋に、まさしく連れて来られた、といった様子だった。
見た目は普通の少女だ。とても犯罪をしたようには見えない。
誰もが何故彼女が出てきたのかの意図が掴めていなかった。
『彼女はねー。あの魔王に撃たれた少女なのよー。魔王の被害者なのよー』
セイレンが素性を語る。
『魔王に真正面から撃たれたのに生きているから、興味を持ってねー。で、そんな訳で、治療って名目でアドアニアから無理矢理連れて来たのよー。だから犯罪者じゃないわよー』
「嫌っ! 放してよ!」
お前の方が犯罪者だろう――と言いたくなるようなセイレンの的外れの解説に、マリーは理不尽さに叫びを続ける。
彼女の視点に立ってみれば、入院していた所に突然拉致され、こんな所に連れて来られたのだ。訳も分からず。
しかも彼女には、更に訳が判らないことになっている事情もあった。
「わ、私、知らないわ! 魔王のことなんてこれっぽっちも……!」
『あー、彼女は撃たれたショックで記憶を無くしているらしいわね。だからこれは本心からの叫びよー』
故に尚更、セイレンが口にしたことなんか身に覚えが無いので混乱を加速させるだけだった。
しかし、そんな彼女の困惑を嘲笑うように、
『――でもねー、あたしゃ思ったのよー』
声だけでも笑みを浮かべていることが分かるように、セイレンは告げる。
『もしかしたらー、魔王の能力でわざと突き放した様に見せかけた、ってことが考えられたのよー。彼女が大切な存在だから敢えて突き放した、ってねー。だってずっと記憶を失っているっておかしいじゃないー』
実はセイレンの推論は正しい。
クロードは守るためにマリーを突き放した。
真正面から撃った人間のことを、誰が守りたい人物など思えるか? ――そう周囲に思わせることによってマリーの安全を確保しようとした。
だが、彼の考えはある意味で浅はかだった。
確かに大体の人々はそう思うだろう。
しかして――セイレン。
彼女はアリエッタが口にして誰もが一生に付した魔王の能力のことを、何一つ疑わずに受け入れたのだ。
彼女にこの結論まで導き出させてしまった。
それは完全に失策だった。
『ま、間違っていたらそれまでだし、合っていたら魔王にダメージを与えられるし、あたしに損はないのよー。――ということで、まずは彼女にお手本を見せてもらいましょー。さあ、入れて入れて』
「嫌よ! 離してっ! ……離してよぉ……」
悲痛な叫びが鳴りやまない。
非情な命令と共に、両脇を抱えられていたマリーは緑色のジャスティスまで連れて行かれる。
抵抗はしている。
だけど、すぐに弱々しくなっていく。きっとここに来るまでも相当抵抗したのだろう。いや、確実にそうだったはずだ。
周囲の人々は彼女を憐れんだ。
可哀そうに。
あんな罪もない女の子が犠牲になるなんて。
全くセイレンはひどい奴だ。
だが――それだけだった。
誰も動こうとはせず。
誰も助けようとはせず。
ただ、じっと連れて行かれるのを見ているだけだった。
彼らは恐れていたのだ。
自分が彼女のようにされるのではないか、と。
そんな彼らの憐憫の目を向けられながら、マリーは強引にコクピットに入るために横に置いてある階段を昇らされる。
その間、ずっと口にしていた。
嫌という否定の言葉。
離してという懇願。
何度も。
何度も。
――だが。
彼女はあることを一度も口にしていなかった。
意識的にだったのだろうか。
それとも無意識だったのだろうか。
そして。
ついにジャスティスのコクピットに押し込まれたその時まで。
彼女は――助けを求めなかった。
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