第230話 敗退 06

    ◆カズマ





 カズマが入室したのは、彼女に声を掛ける少し前の時だった。


 それまで彼が何をしていたかというと、ミューズの仕事を手伝っていた。

 具体的には所属員に対しての指示や伝達、統率や連絡など――ジャスティスを手に入れる以前にやっていたことを行っていた。カズマ自身はアドアニアの戦闘で負傷してはいなかったため、クロードやライトウとは違って自由に動くことが出来た。逆に、それ以外にはやることが無かったと言っても間違いではない。

 彼のジャスティスは、相手に半壊させられてしまっていたのだから。

 その修理もミューズに任せている為、現状のカズマは戦闘行為としては動くに動けなかった。

 故にミューズの手助けをしていたのだ。


 

 ――あの時、クロードに言われた通りのことを。


 それこそが自分の存在意義であると、カズマは心の奥底からそう思っていた。

 そう思って行動していた一週間だった。

 だから他のことに思考を向けずに、作業のように行っていた。


 作業して、寝る。

 作業して、寝る。


 夢など見る暇もなく、疲れ切った状態で倒れ込む様に寝るのが習慣付いていた。


 だからだろう。

 入室した際にミューズが頭を抱えている――いつも飄々としているように見えていた彼女の様子を見て、ふと気が付いてしまったのだ。


 自分の愚かさに。

 クロードからの指示に対して、


 ミューズはアドアニアでの戦闘の撤退からここまで、文字通り休まずに動いてきていたことをカズマは知っていた。

 だけどミューズの本当の辛さは理解していなかった。

 業務の負荷は減らしている。

 では彼女は何に頭を悩ませているのか?


「あたしって……何だろう……?」


 その言葉を聞いた途端に、全てを理解した。

 彼女もきっと、アドアニアの戦いで何かあったのだろう。

 自分自身のアイデンティティに関わるような何かが。


 何故訊かなかったのだろうか?


 自分もやられた。

 ライトウもやられた。

 あまつさえクロードですらやられた。

 なのにミューズだけは無事だったって、どうして決めつけていたんだ?


 後悔が押し寄せてくる。

 彼女に対して本当に助けになっていなかった。


 彼女が悩んでいたその答え。

 正直、意味は深くは分からない。

 だが彼女の問い――恐らく誰に対してではなく問うたその言葉に対して、カズマは瞬時に思ったことがある。


 ずっと一緒に過ごしていたから。

 見てきたから。

 情報を操ることが得意で、頼りになる頭のよい女性。

 でもそんな頭の良さそうな素振りは全く見せずに、愛嬌があって話しやすい。

 そんな彼女は、彼女でしかない。

 だから――



「――ミューズはミューズだよ」



 自分が思っていることを、そのまま口にしてしまっていた。

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