第229話 敗退 05

「ライトウはある意味、ぶれないっすね……」


 ぽつり、とミューズは言葉を落とした。

 大人の色気とかそんなことに思想を向けていたが、ライトウの頭の中にいる大切な女性は、ただ一人だけであったことを忘れていた。

 アレイン。

 他の女性に靡かないのは彼女のことをしっかりと忘れていないからだ、とミューズは少し嬉しくなった。

 と、同時に少し凹む。

 それは女医が色気があって自分が色気が無いからではない。


「……流石っすね。ああも簡単にライトウを従えられる言葉を告げられるなんて」


 ミューズが歯噛みしているのは、先程、ライトウを抑えるために女医が口にした内容についてだった。

 先に女医は「デタラメ」と言ったが、それは刀についての例えのことだろう。熱すぎるときに叩いたら脆くなるということについては、聞いていて自分も疑問符が浮かんだものだ。

 しかし、真偽は問題ではない。

 要は、相手に合わせた説得が出来るか、ということだ。

 過程がどうであれ、ライトウは結果的に理解した。

 ――ライトウは刀関係で例えれば理解は早い。

 そんなことを、一週間かそこらの付き合いの人間が実行した。

 何年も一緒に過ごしていたはずなのに――


「……自信、無くすなあ……」


 椅子に座り、言葉を零す。

 先のアドアニアの戦闘から、ミューズはすっかりと意気消沈していた。

 セイレンとの情報戦で、嘘か誠か、自分と同じ年齢で同じことをやり遂げていたと告げられた。その後のネット上での情報操作も、望む様に持っていくことが出来なかった。

 自分は情報に長けた、かなり有用な人間だと自負していた。

 最初にクロードに取り入った時だって、自分の情報力をカズマは初めに推してくれた。

 そんな自分の力に、疑問を持ってしまった。

 ――加えて。

 ずっと一緒にいた人間の説得すら碌にできない、ということが分かってしまった。

 はっきりと自覚した。


 自分は特殊な人間では無い。

 ただの無力な子供なんだ――と。


 大人になったつもりでいた。

 他より優れていると思い込んでいた。


 だから一度の失敗でここまで崩れる。

 相手のことまで思考が廻らない。


「……駄目だわ、あたし……」


 彼女は頭を抱えて下を向く。

 吐き気がする。

 めまいがする。

 自分はこんなにも強くなかったのか。

 自分はこんなにも弱かったのか。

 ミューズという存在は。


 分からなくなってきた。

 ライトウやクロードの治療の手配や、インターネット上での情報操作などの行動をしている間は考えていなかった。それに疲れ果ててすぐに眠る生活をしていたので、考える暇が無かった。

 考える暇を与えていなかった。

 だが、ふと考えてしまった。

 考え込んでしまった。


 途端に――迷い込んでしまった。

 思考の迷宮に。


 ようやく知る敗退の重み。

 そして自らの身に流れる血の重み。


 敵の幹部を母に持つ、自分の血。


 全く自覚は無かった。

 全く記憶に無かった。

 それでも――それは言い訳にならなかった。


 クロードの目的は、ジャスティスを破壊すること。

 その前に立ち塞がるモノは容赦なく排除してきた。

 憎むべきジャスティス。

 それを生み出した張本人。

 彼女は自分の母親だ。

 否定しようがない。

 嘘だと思うとした。

 だけど、嘘じゃなかった。

 心が嘘だと否定させてくれなかった。

 自覚すればするほど、調べれば調べるほど、自分とセイレンの共通点が見つかってくる。

 意図的ではないにしろ、今まで調べるのを避けていたのだろう。

 これだけあっさりと見つかるのならば、もっと早く分かっていてもいいはずだ。

 認めたくなかったんだ。


 自分は味方だ。

 敵ではない。


 そう主張したかった。

 だけど、本当にそうなのか?

 本当に自分は味方なのか?

 血に操られて、実は敵だったりしないか?

 セイレンの娘なのだ。

 無意識の内に操られているのではない?

 血によって。

 ならば自分は――あたしは――


「あたしって……何だろう……?」



「――



 その声に彼女は顔を上げる。

 いつの間にか部屋に人がいた。



 カズマだった。

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