第228話 敗退 04
◆
「全く……あんたも重傷だから動くな、ってあれだけ言ったわよね?」
女医が額に手を当てながら、やれやれと首を横に振った。
その目の前にはライトウがいた。
正座した状態で。
「ふむ。これも一種の修行だな」
「反省していないわね!?」
「無理っすよ、先生。ライトウは昔から変な所でポジティブなんで」
ミューズがあははと笑った後、ライトウと同じ視線上になる様にしゃがみ込む。
「というかこれだけ怒られながら、何でやろうと思うっすか?」
「俺は強くなる。その為には休んでいる暇はない」
「この一週間で七度目よ、それを聞くのは」
つまり毎日ということだ。
はあ、と大きな溜め息を吐く女医。
「まあでも一週間前の怪我直後よりはよくなっているから、素振りくらいはしていいことにしようかしら」
「本当か!?」
「但し腹筋に力を入れないこと。あんたは腹部を刀で貫かれていたんだからね。傷口が開くわよ」
ライトウはアドアニアでの戦いで自身の刀により腹部を貫かれるという重傷を負った。
にも関わらず、彼は一度も気絶することもなく、女医の手で縫合された時に麻酔をして眠りについただけで、眼を覚ましてからは何かとあって身体を動かしたがるのであった。
普通はしばらくは動けない。それよりも、少しの所作ですら動きたくもならないくらいの苦痛がある。
それなのに、
「嫌だ。俺は強くならなくてはいけないんだ。こんな所でサボってなんかいられない」
「もう私、治療止めていいかしら?」
「もうちょっとだけ付き合ってほしいっす」
「……このやり取りも?」
ピクリと眉根を動かす女医の問いを無視して、ミューズはライトウの額を小突く。
「何を焦っているっすか、ライトウ?」
「……焦ってなどいない」
「いいや、焦っているっすよ。自分の行動を鑑みろっす。そして一度きっちり休んで、そこから一気に頑張れば――」
「――それじゃ駄目なんだ!!」
吠えるライトウ。
同時に、彼は拳を床に叩きつけた。
「俺は、キングスレイに負けた……完膚なきまでに、剣士としても戦士としてもだ。――だからこそ、次は絶対に勝たなくてはいけない。いや……俺は勝ちたい。あいつに勝ちたい。ただ、それだけだ……っ」
強い意志。
怪我を押してまで強くなろうとする理由。
それはコケにされた相手への強い反発心。
悔しい気持ちをバネに、痛みすら超えて目標へと辿り着く。
――それがライトウの気持ちだった。
「だから……っ!」
「あー、はいはい。分かった分かった」
と、その時、逸る彼の肩に手がポンと置かれた。
女医だった。
「気持ちも分かった。理由も分かった。男の子だってのも分かった。でもとりあえず医者として告げるのは一つだけよ。――仕事を増やさないでほしいわね」
彼女はライトウの腹部を指差す。
じんわりと赤く滲んでいた。
「ちょっと叫んだだけでこの有様だってことは自覚しなさい。ま、あんたの体力だったら三日大人しく我慢すれば完全に塞がるでしょうね」
「だけど俺は――」
「あのねえ――人間って、あんたが後生大事に抱えているその刀と同じなのよ」
ねえ知ってる? と唐突に女医は問う。
「刀って熱いうちに叩くんだけど、でも熱すぎる時に叩くと脆く弱くなるのよ。で、弱くなったら元に戻せない。――だったら万全の時に鍛えた方が良いんじゃないかい?」
「……っ!」
ガツン、とライトウは衝撃を受けたように目を見開いた。
それを見てミューズは、ああ、と納得した様に頷いた。
ライトウは焦っている。
自分のことを省みずに、ただただ前しか向いていない。
それは時に強さを生むが、加減を間違えると逆効果だ。
そのことを何より刀で例えられたことが、非常に分かりやすかったのだろう。
(……やっと分かってくれたっすかね。あたしが言っても全く聞かなかったのに……やっぱり大人だから、っすかね)
幹部ではない全く第三者の女医からの言葉――というよりも、大人の経験から子供に諭す様に伝えていることが、彼の心に響いたのだろう。
やはり経験の差か――と、少し歯痒く思っている内に、ライトウは女医に対して首肯を返していた。
「……了解した。腹部に負荷が掛かるトレーニングは控えるとする」
「うんうん。それでいいのよ。デタラメ述べた甲斐があったわ」
「……何のことだ?」
「何でもないわよ」
白衣を翻し人差し指を唇に当て、ふふふと微笑む女医。
大人の女性という表情だった。
色気がある、と正直にミューズは見惚れてしまった。
女であるミューズですらそうなってしまったのだから、それを真正面に受けたライトウは――
「うむ。考えても仕方ないか。ではトレーニングに行ってくる」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あんた腹から血が出ているのよ!」
「三日経てば直るって言っていただろ?」
「それは縫合してからに決まっているでしょ!」
「では行ってくる」
「待ちなさいって! 話を聞きなさい!」
刀を携えて意気揚々と外へ向かうライトウの後ろを、女医が追い駆けて行った。
「……」
残されたミューズは、じとっとした目でその様子を見守ったのだった。
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