第220話 撤退 06

    ◆ミューズ





「あたしが……? ルードの……セイレンの……娘……?」

『そうよん。金髪白衣とか被りすぎて怖いわー。遺伝の力って怖いわー』

「そんな……」


 ミューズは震えながら、自分の身体を抱く。

 この身体。

 自分の身体。

 それが――敵国の要人から生まれ出たかと思うと震えが止まらない。

 存在自体が裏切りみたいなものではないか。


「どう……して……?」

『どうしてはこっちよん。捨てたはずの娘が敵になっているとはねー。いやあ、この部屋の動画を見て一発で分かるくらいに昔のあたしそっくりでビビるわ―』

「有り得ない……有り得ないっす……」

『あー、あー。もう話すことは無いねー。つまらないわー。んじゃね』


 唐突。

 本当に唐突に通信が切られ、モニターの画面も一気に真っ黒になる。


 途端に、ミューズはじくじくとした痛みが内部から上がってくる。

 寒くもないのにカチカチと歯が鳴る。

 目じりから涙が零れてくる。

 吐きそうだ。

 止まらない。

 止められない。


 この真実は何よりも重い。

 自分の母が、クロードの最大の敵。

 ジャスティスを生み出した母。



「ならば……――だ……」



 と、そう呟いたその時だった。

 メカニックルームの扉が開いた。


「……へ?」


 ミューズは揺れた瞳で振り返る。

 そこにいたのは――


「く、クロード……!?」

「ここにいたかミューズ……窓枠が無いから……少々迷ったぞ……」


 ボロボロになった、黒衣の少年だった。

 彼はまるで何かで両足を固定しているような不自然な歩き方をしながら、メカニックルームに入室してきた。


「ど、どうしたっすか!? 怪我までしているじゃないっすか!」


 今まで圧倒し、余裕がある所しか見ていないミューズは大いに動揺した。

 クロードが傷を負う所どころか、息を切らしていることすら見たことが無いのに、今は胸が上下するほど大きく呼吸をしている。

 思わず近寄ろうとする彼女を制し、クロードは首を小さく横に振る。


「すまないが耳をやられている……だから……首の動きで答えてくれ……出来るか?」

「わ、分かったっす」


 彼女が首を縦に振るのを見ると、クロードはモニターを指差す。


「『正義の破壊者』の所属員だけ……音声を拡散することは……出来るか……?」

「それは……」


 ミューズは返答に詰まった。

 動画や画像を全てセイレンに奪われたということは、そのインフラ関係も含めて全て掌握されている可能性が高い。無線通信での戦場の機能も、何らかで妨害されている可能性が高いとみられる。


「分からない、か……」


 眉を下げるミューズの様子にクロードは察したようで、


「じゃあ戦場に……音声を流す装置はあるか……?」

「あることはあるっすけど……」


 ミューズは頷きつつも再び眉間に皺を寄せる。

 だがクロードはそれを、可能だ、と読み取ったようで、「ならば……電波を変えてやってみるか……」と小さく呟くと、


「ミューズ……あらかじめ言っておく……」


 近くにある机から椅子を引いて座ると、その背に全体重を乗せるように寄り掛かる。


「俺はもう限界だ……だから――も頼んだぞ……」

「えっ……?」


 クロードは大きく息を吸い、そして告げる。


「――『正義の破壊者』全軍に告ぐ」


 放送に乗っているか分からない。

 それでもクロードは告げなくてはいけない。


 アドアニア国での戦闘。

 ルード国との戦闘。


 それは――これ以上は不可能だと。



「――撤退だ」

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