第179話 故郷 02

    ◆



「クロード、ウルジス王、ちょっといいっすか?」


 ウルジス国の執務室。

 そこにいる二人に向かって、金髪白衣の少女が声を投げた。

 交渉時にはハッタリとして変装させていたが、食糧需給の話や支援などについての交渉事には彼女を表立たせる必要があったため、早期にウルジス王と各種政務担当に対してはミューズの本当の姿を明かしていた。ウルジス王は「やられた」と苦笑いをしながらも受け入れた。いや、赤い液体を飲んだために内心は渋々といった様子だったかもしれない。


「何だ、ミューズ? 今ならいいぞ」


 クロードが片手を挙げて応答する。


「『正義の破壊者』経由で確認を取った例の件、場が設定出来たっす」

「そうか。お疲れ様」

「……よく設定出来たな」


 ウルジス王が小さな驚きを見せると、ミューズは「いやー苦労したっすよ」と両手を広げて首を横に振る。


「今回の場の設定には、脅迫、武力示唆というカードを見せられなかったすからね。もう本当、お願い倒したっすよ。そちらの外務大臣が。もう空気圧で頭が擦り切れるんじゃないかってくらい何度も」

「あいつはもう既に毛髪が危ないから気を付けなくてはな」

「それって精神的なやつなんじゃないっすか?」

「はっはっは。そうかもしれんな」


 ウルジス王は笑い飛ばす。存外、ミューズのことを気に入っているのかもしれない。

 一しきり笑うと、ウルジス王はコホンと咳を軽くついて、


「――話を戻そう。例の会談、場所はどこになったのだ?」

「現地っす」

「……現地?」


 ウルジス王が目を見開く横で、クロードが口を開く。


「それは……?」

「そうっす。少なくともこっちの要求ではないっすよ。……変えた方がいいっすか?」

「いや、苦労して設定してもらった会談だ。そのままでいい」

「了解っす」

「日付は?」

「今からちょうど一週間後っす」

「まあ、想定通りだな、なあ、ウルジス王よ」

「……覚悟を決めるには短い期間だが、悩むにはちょうどいい期間ではあるな。しかし私も頭髪を気にしなくてはいけない年なのだが……」


 ふぅーっと大きく息を吐いて、苦々しい表情を浮かべるウルジス王。


「先代の失態とはいえ、責任はこちらで取らないといけないからな。受け入れよう」

「だ、そうだ。調整ありがとう」


 ミューズに礼を告げ、クロードはテーブルに肘を付き、両手を組んで顎を乗せる。


「ついに来たか、この時が」

「そうだな。ここが最大の山場であると私は見ている」

「ウルジス王のお墨付きであれば問題ないな」


 その言葉にウルジス王は苦笑をし、クロードは笑わなかった。


「確実にここが決戦の地となるだろうな。……一週間で準備が出来るか、ウルジス王?」

「先の言葉にはそのことも含んでいる」


 ウルジス王は首を縦に動かす。


「ミューズ。『正義の破壊者』は?」

「問題ないっす」


 当然、ミューズもそのことを計算して一週間という期間を設定したのだろう。

 分かっていて敢えて訊ねた。

 一番、覚悟が固まっていないのは自分だということを悟られないために。

 後戻りはできない。

 拒否は出来ない。

 ならば――やるしかない。



「では行こう――

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