幕間
第177話 幕間
◆
ルード国首都 カーヴァンクル。
中央に位置する軍本部。
その中にある開発塔の地下にある、とある一室。
研究室の一つ。
狭苦しい中にテーブルと椅子が二つずつ。
「いやーん、ここで会うのは久しぶりね、コンテニューちゃん」
「お久しぶりです。二度と来ないようにしていたのですが」
「辛辣ぅー」
金髪の童顔の女性が白衣を揺らすのを、少年は微笑みながら碧眼で捉える。
ジャスティス開発者 セイレンと、陸軍元帥 コンテニューだった。
「それで、何のために僕がここまで来たのか、分かっていますよね?」
「あらー、コンテニューちゃん怒ってるー?」
「別に」
コンテニューは微笑みを深くする。
「無益な会話は時間の無駄です。端的にお話し下さい」
「んー、まー、引っ張っても仕方がないよねー」
くるくると部屋にある椅子に座りながらゆっくりと回り、彼女はにししと笑う。
「聞きたいんでしょ? あの二人――『ガーディアン』のことでしょ?」
「『ガーディアン』?」
「そ、ルード語で『守護者』って意味。あたしが付けたのー。センスあるでしょ?」
「貴方のネーミングセンスは直球すぎだと思っています。『ジャスティス』しかり『可翔翼ユニット』しかり」
「シンプルなのがいいのよん。論文に書く時に便利なのよん。覚えておくのよん」
「必要ないので忘れます。――それで、その『ガーディアン』ですが。一体、何を守るのですか?」
「決まっているじゃないー。――キングスレイよ」
総帥 キングスレイ。
ルード国軍最高司令官。
老齢になってもなお、トップに一〇年以上君臨し続けている驚異的な人物。
「あの子たちはキングスレイ直轄のジャスティスなのよん。だから命令系統もそっちー。だからあのガエル国でコンテニューちゃんの命令を聞いたのは本当は駄目なのよん。後で教育しなきゃねー」
「……やはり、ですか」
コンテニューは嘆息する。
「陸軍ではないのに、何故あの場に送ったのですか?」
「ん? 実戦経験を積ませようと思ったのよー。ガエル国ならどうでもいいからねー」
「あの時のように、ですか」
コンテニューの脳裏に映るのは八年前のとある村のこと。
あの時のルード国の目的も――ジャスティスの試運転だった。
「さーてね。どうなんだかー。あ、怒った? トラウマった?」
「別にそんなことはありませんよ」
コンテニューはニコリとまた笑顔を見せ、話を続ける。
「話を戻しますが、ガエル国へ送ったのはヨモツ元帥への支援、ではないのですね」
「そうよん。だってタイミング遅かったでしょ? あくまで実戦実戦。コンテニューちゃんがさせてくれなかったけどねー」
「実戦はしていたみたいですよ。女の子を一人、捕まえていました」
「ありゃーそうなんだ。で、どうしたの?」
「正々堂々と戦うならまだしも、人質によって手も足も出ない相手に勝った所で貴方の臨んだ結果にならないでしょう。感謝してほしいくらいです」
「本当だー。ありがとねー……っておかしくない!? コンテニューちゃんが実戦させてくれなかったんだよね!?」
「そんなことよりあのパイロットですよ」
白衣をバッサバッサとなびかせて抗議するセイレンをバッサリと無視して、コンテニューは会話を続ける。
「あのジャスティス普通のジャスティスじゃないですよね?」
「そうねー。あ、詳細を教えるつもりはないわよー」
「必要ありません。ですが敢えてこう質問させてください」
彼女の耳元に口を寄せて、低い声で問う。
「あのジャスティス――パイロットへの負荷が尋常じゃないですね?」
「……」
ピクリ、とセイレンが微妙に表情を動かす。
「……相も変わらず驚くわあ。どこから入手したの、その情報?」
「見るだけで分かります。パイロットへの負荷が全く考えられていないっていうのが」
「中でも見たの?」
「見てません。中のパイロットの姿も見ていません。拒否されました」
「あっはっは。そこは守ったのね、あの子達」
「パイロットは二人ですか?」
「二人だねー」
「二人だけしか作れなかった、ですか?」
「……ホント、どこから仕入れて来たんだろうねー、末恐ろしいわー」
セイレンの口元が引き攣っている。
ただ、それは恐怖故にではない。
喜び。
未知への探究心がくすぐられた喜びだ。
――と、コンテニューはあたりを付けていた。
彼女とは短くない付き合いであるが為、ある程度は感情を読み取ることが出来るようになっていた。
そのどれもが、歪んでいるということを知っていたから。
そんな歪んだ彼女は、口元に人差し指を当てながら、恍けた口調で言葉を放つ。
「そうねー。結局機体も二機だけだしー、残った人も帳尻合わせたかのように二人だけだったしー。っていうか、全く予想だにしなかった二人が残ったっていうかー、本当、不思議だよねー」
そこで、セイレンは一瞬だけ間を置いてこう告げてきた。
「やっぱり――魔王と関わると何かあるんかねー?」
「……魔王と?」
「あー、あー、口滑らせちゃったなー。ざーんねん。これ以上話すと漏れそうだからあたしゃ退散して行くよー」
あれー、と両手を上げて急激に立ち上がり、そのまま部屋から出て行こうとするセイレンの背中に「待ってください」とコンテニューは言葉を投げる。
「他の開発者の皆さんはこの件に同意したのですか? 汎用性を求めていた皆さんがそんなことを望んでいるとは――」
「んー、みんなはねー」
セイレンは足を止める、こちらに振り返り、
「命がけであの二体を作ったからねー。――文字通りに」
にやり、と。
醜悪な笑みを浮かべた。
「まさか……あのジャスティスの駆動源として……?」
「おっと、新しい子達はあんまり優秀じゃないんだよねー。指導しなきゃー。んじゃあねー」
くるくると身体を回転させながら、セイレンは部屋から退室して行った。
「……」
部屋に取り残されたコンテニュー。
彼はしばらくの間、ただ目を瞑って上を見上げ、その場に佇んでいた。
やがて、
「……久しぶりに壁を殴りたくなったよ」
目を開けた彼は拳をゆっくりと開いた。
そのまま肩を揺らす程に大きく深呼吸をし、コンテニューは誰に言うまでもなく言葉を落とす。
――本当に辛そうな声で。
「出来るのに何も出来ないなんて……キツイな……」
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