外伝 戦場 06

    ◆



「何が起こった!?」


 小太りの軍服を着た男性が憔悴の声を放つ。

 彼は今回の行軍の総指揮官を任された人間だった。

 キャンプに残っていた彼は突然の周囲のざわめきを感じ取ってゆったりと過ごしていたテントを飛び出し、すぐさま近くの者に説明を求めた。

 だが誰も答えなかった。

 理由は簡単。

 答えずとも見れば判ったからだ。


「……何が起こった……;?」


 先と同じ言葉を別のニュアンスで指揮官は口にした。

 目と鼻の先。

 黒色のロボット。

 今回の作戦に当たって導入された新兵器。

 むしろ今回の作戦がこのロボットの実戦導入の為に行われたことは、軍部内では周知の事実だった。

 だからこそ理解出来なかった。

 黒き二足型歩行ロボット。

 味方であるはずのロボット。

 それがどうして自軍の兵士を攻撃しているのかっていうのが。

 止めようと手元にある銃で迎撃するが、鋼のボディを貫通することは出来ず、文字通りに一蹴される。

 残っていた戦車も機動させているが、砲塔は真っ先に曲げられて機体は踏みつぶされ、遠くからの射撃にもロボットはびくともしない。それどころか射線を近付かれ、ロボットが持っていた刀で一掃された。

 まさにどのように倒せばいいか見当もつかない状態であった。


「おーおー、派手にやっとるねー」


 背部から緊張した状況とは真逆の声と共に、白衣を着た金髪の背の低い女性がひょっこりと姿を現す。

 彼女の名はセイレン・ウィズ。

 非常に幼い容姿に見えるが、このロボットの開発者であり、本作戦の総責任者でもある。


「何を呑気なことを言っているのですか!?」


 指揮官は無責任な様子の彼女に激高する。

 だが彼女は意にも介さない様子で「だってさー」と目を輝かせる。


「これって言ってしまえば既存の兵器には対抗手段がないっていう『ジャスティス』の成果ってことじゃないかー」

「……ジャスティス?」

「あのロボットの名称だよー」


 いい名前でしょー、と無い胸を張るセイレンの姿に指揮官は頭を抱えたい気分になる。

 しかし現状はそんな暇をくれはしない。


「そんなことはどうでもいいです! そのジャスティスは何故こうして味方に刃を向けているのですか!?」

「んー、機械の暴走って線がミクロン単位であるけどねー。多分、誰かに奪われたね、ありゃ」

「奪われた?」

「だってあれって誰でも動かせるようにしてあるしー、きっとルードに恨みを持っている誰かに奪われたってのがあたりだろうねー」

「そんな呑気なことを!?」

「んー、まあ大丈夫でしょー。あれを見なよー」


 彼女が指を差す。

 指揮官も「あ」と声を上げる。

 その目に映ったのは、複数の黒色の機体がこちらに向かっている様子だった。

 その数、五機。


「そろそろだと思っていたからねー。まー、流石にあれだけのジャスティスを全部奪われていたらあたしゃおしまいだよ」

「嫌なこと言わないでくださいよ。……じゃあ撤退させてよろしいでしょうか?」

「撤退? 何を?」

「何ってあのロボット……ジャスティス以外の部隊の撤退ですよ」

「駄目だよー。もしかしたら一般兵の攻撃で倒せるかもしれないじゃなーい」

「えっ?」

「あたしが見逃している可能性があるかもしれないんだからー途中で止めちゃったらデータ取れないじゃないー」


 ぷんすか、という表現が正しい怒り方。

 ――ただ内容は、有り得ない程に恐ろしい。

 データを取る。


「それは……犠牲を厭わないという意味ですか?」

「そうだよー。当たり前じゃんかー」

「無駄な犠牲を生じさせて何が得られるのですか! 一般兵たちの命をあなたは――」

「あー、うるさいねえー」


 パン。


 乾いた音が鳴り響いた。

 同時に指揮官の額から血が飛び散り、その身体を地面に投げ出した。


「当たり前の質問を繰り返ししてくる人はあたしゃ嫌いだよー」


 いつの間にか彼女の手の中にあった拳銃の銃口から煙が上がる。

 他に誰もいないから間違いがない。

 セイレンが指揮官の頭を撃ち抜いたのだった。


「ここにいる人達全員、命なんか最初からないに決まっているでしょうが」


 そう言い放っている間も、先程の応答の間もずっと、彼女の目線は暴れているジャスティスの方に向けられていた。

 まるで人間である指揮官には全く興味が無い、といった様子で。


「……おっ」


 と。

 唐突に彼女の目がきらめく。

 それは彼女の想定を超える出来事が、目の前で起こっていたからだ。


「ありゃー、こりゃ予想外だわー」


 五機のジャスティス。

 それらは全て暴走している一機を止めるべく攻撃していた。


 ――だが。

 最終的に立っていたのは、だった。

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