第147話 空戦 05

 可翔翼ユニット付きのジャスティスは、パイロットの中の特にエリート部隊が訓練して乗れるような代物だ。しかもセイレンの設計でどのジャスティスにも接続できるというよく分からないオプションは付けたはいいものの操縦性は非常に難易度が高く、ヨモツ以外の人が対応できなかった。その為、最初から可翔翼ユニット操作用に製作したジャスティスに皆は乗っている。それが非常にコストが高いとセイレンは嫌がっているのだ。今回、破棄させたジャスティスも実は通常のジャスティスに可翔翼ユニットを付けただけ――つまり、今の相手のジャスティスと同等の形であった。

 故に驚いていた。

 あれだけ安定した飛翔を初見でやっているのか。

 計器類も何もない中でよくバランスを取れているな――と。


(……っとに、敵じゃなければスカウトしたいくらいだぜ)


 少し惜しい気持ちが出てきた。

 なのでほんの少しだけ欲が出てきた。

 ヨモツはスイッチを押し、相手側への通信チャンネルをオープンにした。


「おうおうおう! 俺達と見分け付かねえから青色の機体にでもしやがれや!」


 声だけでも聞いてやろうと煽る。

 そんな余裕はないかと思いながらも少し期待して待っていると。


『――フィクション作品の見過ぎですね』


 返答が来た。

 意外と若い声だ。

 渋い声を想像していたヨモツは、その違いに驚きつつも笑みが深くなるのを止められなかった。


(……へっ。おもしれえじゃねえか!)


 返答してきたというのは余裕があるということ。

 加えて、敵との交信の可否について自分で判断できるということ。

 ほぼ予想ついていたが間違いない。


 目の前の相手は『正義の破壊者』でもかなりの地位にいる者だ。

 

 エースパイロットだからそうに決まっている、と言われるかもしれないが、実際にヨモツが若い時はそうではなかった。

 上官の判断を仰ぎ、上官の言う通りにする。

 エースパイロットと呼ばれていても戦場ではほとんどがその繰り返しだった。

 だが、繰り返し戦場に出る中で、それは間違っていると気が付いた。

 上の者は経験はあるが、所詮古い戦争から来る経験だ。

 ジャスティスという新しい分野の戦場には机上の空論だ。

 だから途中から無視し続けた。

 自分が正しいと思うように突き進んだ。

 それが一番、正しいやり方で。

 一番――自分が生き残れる方法だった。


 それを若いうちから判断出来ているってのは、驚異的だ。

 この先きっと伸びるだろう。


 そう――


(――俺と戦わなきゃ、だけどな)


 惜しい。

 本当に惜しい。

 同時に――羨ましくなる。

『正義の破壊者』にはそのような人材がいる。

 一方、ルード国は大国故に、そのような気概の者は皆無と言ってもいい。

 その気概を今、空軍ジャスティスのパイロットとして直々に育てていっている、というのがヨモツの気持ちだ。

 その為、その可能性があった者を二人も失ったのは非常に残念だ。

 尚更相手が欲しくなったが、そんなくだらない考えは捨て去る。

 相手は敵だ。

 敵を味方にする戦いなど出来る訳もない。

 手強い相手と認識しよう。

 故に必勝するため、ヨモツは挑発を更に重ねる。


「ああん? てめえらこそフィクションみたいな存在じゃねえか! どっから湧いてきやがった?」

『……どっから?』


 少し怒気が混じった。

 何処に引っ掛かったのだろうかを考える前に、相手から回答が来る。


『お前が滅ぼした国からですよ? そんなのも分からないんですか?』

「あー、あー、すまねえな。知らねえよ」


 だってよう、とヨモツは鼻で笑う。


「そんな国はたくさんあるからなあ! ゲヒャヒャヒャァッ!」

『……っ』


 相手の言葉が詰まる。

 怒りを含んでいるのだろう。


(――いいぞ。もっと怒れ。怒りは判断を鈍くさせる)


 笑いながらも頭は冷えていた。

 これがヨモツの強さだ。

 内面は決して見せない。

 表面上で取り繕える。

 ポーカーフェースとは少し異なるが、それが得体の知れなさを生んでおり、相手から畏怖される要因となっている。

 そんな印象を初見の相手にも植えつけるべく更に挑発を重ねようとした時、


『……もうおしゃべりはおしまいにしましょう』

「ゲヒャヒャ! なぁんだ。俺にもっと聞きたいことがあるんじゃねえのか? 思い出してほしいのならば具体的国名を言わなきゃ分かんねえよ! 言ったら分かるかもしれねえぞ? ん?」

『その必要はありません』


 相手のその言葉と同時に、ヨモツの傍に二機のジャスティスが集結する。

 三体一。

 しかも相手が不慣れな空中戦。


(こういう所で既に勝負は付いてんだよなあ)


 時間稼ぎの目的の一つは、この優位的状況を作ることだった。

 その作戦に相手はまんまとはまったこととなる。


(さあ、焦れ。考えろ。そして――時間を使え)


 ヨモツは内心で煽る。

 相手がどんな顔をしているだろうとほくそ笑む。


 ――だが。


『僕はただ、ジャスティスを破壊するだけです。お前の懺悔など必要ない』


 意外と冷静に相手は返してきた。

 若干拍子抜けしつつも、更に煽りを掛ける。


「なんだよ。恨んでねえのか? あ?」

『恨んでいますよ。当然じゃないですか』


 でも、と相手は続ける。


『僕以上にお前に対して恨みを持っている人間がいるのだから、その人以上に恨みを燃やしても仕方ないとは思っていますよ』

「……何じゃそりゃ」


 素が出てしまった。

 相手が何を言っているのか不明だった。


 ――と、同時だった。


『は?』


 間の抜けた音声が聞こえた。

 それは敵からではない。


 味方のパイロットの一人の声だった。


 ――ガキィイイン。


 直後に響く高い金属が擦れる音。

 その音の方――左前方を見ると、味方ジャスティスの機体が真っ二つになっていた。


 唐突に起きた出来事。

 思考が数瞬遅れた。

 だがすぐに気が付く。


 先程までの場所に相手機体がいないこと。

 そして左前方に帯刀した相手ジャスティスが移動していることに。


『――まず一つ』


 信じられないことに、一瞬の隙を付いて、相手はこちらのジャスティスに攻撃を仕掛けたのだ。

 速度は決して早くなかっただろう。

 しかし、意識の空白に入り込んだのか如く、全く反応できなかった。

 結果、一体撃破されてしまった。


「ッ!!」


 ヨモツは咄嗟に機体を後方へと動かす操作を行う。

 身体が勝手に動いていた。

 だが右前方にいたもう一人のパイロットは同じ行動をしなかった。


『くそがあああああああああ!』


 声高に叫びながら相手機体に向かっていく。

 待て――という言葉が口から出かけたが、既に遅かった。


 ――怒りは判断を鈍らせる。

 先のヨモツの思考の通り、怒りにまかせた直線的な一撃は回避され、


『――もう一つ』


 二機目もあっという間に破壊され、地上へと落下していった。

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