第136話 交渉 15

「察しがいいな、ウルジス王」


 クロードは否定しなかった。

 つまりは正しいということだった。

 頭の中で『赤い液体』という思い込みがあったからこそ、無意識に安堵していた部分であったし、考えていなかった。

 だが、無色透明に出来るとなれば話は別だ。


「この液体に味はない。無味無臭無色透明。水と同じだな」

「そんなものを混ぜたなんて……」


 悪魔だ――と言い掛けて止めた。

 悪魔ではない。

 魔王だ。

 クロード・ディエルは魔王なのだ。


「さあどうする?」


 クロードは再度問うてくる。

 この質問の意図は単純なモノではない。

 脅されているのだ。

 このような液体を既に不特定多数の国民に行き渡っている。

 つまりはこういうことだ。



 ――と。



「……ちょ、ちょっと待ってください」


 流石にウルジス王は躊躇した。

 これ以上は自分一人で決められることではない。


「やはりまずは一度、この状況について大臣などと相談してから答えさせて――」

「駄目だ」


 クロードから否定の言葉がすぐに飛んできた。


「ウルジス王、あんた一人で判断しろ。まさか俺には一人で判断させようとしたのに自分は出来ない――なんて言わないよな?」

「……っ」


 思い当たる。

 ウルジス王は先にクロードに判断させようとした。

 横にいる有名な銀髪の女性ではなく。


(っ、まさかっ!? なのか!?)


 ウルジス王は身が凍る思いをした。

 この展開について、ウルジス王は全く予想していなかった。しかし、クロードはそうなるようにしている節があったのだ。

 だからこそ――アリエッタ、というウルジス国にも顔が知られている有名人物を傍らに置いていたのだ。

 そうではないと、彼女がここにいて何も意見しないという行動に整合性が取れない。

 全てが――最初から計算づくされていたのだ。


(どこまで私は甘かったのだ……っ!?)


 ウルジス王は後悔した。

 クロードはこの交渉にあたり、幾つものカードを持ってきていた。

 反面、こちらは何も準備はしていない。結果は後手に回り、対応にあたふたしてしまっている。

 完全に準備の差だ。

 ここまで実感させられてようやく分かった。

 クロードが、何を悩む必要があるんだ? と言わんばかりの呆れの表情を浮かべているのも理解できる。

 何故思いのままに出来るものだと思っていたのか?


 ――既に交渉は終わっているのに。


「……分かりました」


 ウルジス王は今度こそ腹を括った。

 勝てない。

 ウルジス国として、目の前のクロードに勝てない。

 同盟すら駄目だ。

 彼が求めているのはその先だ。

 ならばもう、そこに従うしかない。

 打算も何もない。

 滅ぼされないために――


「ウルジス国は――『正義の破壊者』の


 ウルジス王は目の前の無色の液体を飲み干した。

 そして、絶句している周囲に向かって、再度告げる。


「繰り返します。ウルジス国は『正義の破壊者』の配下となります」


 そのように告げても――ウルジス王は倒れなかった。

 つまりそれは、心の底からクロードに対して屈服した証でもあり、ウルジス国として――『正義の破壊者』に全面降伏した証でもあった。


「――交渉成立、だな」


 クロードが頷いてウルジス王の前まで歩を進め、右手を差し出す。


「これより、ウルジス国は『正義の破壊者』の配下に入った。故に――全国民が『正義の破壊者』に属することとなる」

「承知した」


 ウルジス王は差し出された手を握り返した。



 ――こうして。

 ウルジス国――世界二大国の一つを従えた『正義の破壊者』は、その歴史に名を刻んだ。



 そしてこのことにより。

 名実共にルード国の最大の敵となった。

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