第131話 交渉 10
◆
何故だ!?
――そう思わず口に出しそうになるのをウルジス王は堪えた。
クロードに提示した条件はかなり好条件であり、詳細のずれなどの議論の余地は十分に残されていたはずだ。
それを一蹴された。
最初から同盟を結ばないつもりであれば、ウルジス国まで来ないはずだ。
だとすればこちらから提示した条件に不備があったということだ。
一体それは何だろうか――
そのことを考えると同時に、彼の返答への対応についても思考しなくてはいけないという頭の痛い状況に悩んで二の句が告げないでいると、
「ウルジス王。そちらは色々と俺のことをよく調べたようだな」
相手の言葉が続いた。
「俺達がヨモツ・サラヒカを追っていること、その行方が掴めていないことは勿論、俺の過去のこともよく調べたと思うよ」
そう言いながら彼は自らの髪を掴む。
その行動の意味は痛い程に理解させられた。
髪。
それは『赤髪』の少女を使いに出したという事実だろう。
赤髪の幼馴染がいて、その人物は彼にとってかつては大切な人ではあっただろうが、魔王になった際に容赦なく切り捨てた――という所まで調べた。そうした意図は、幼馴染を切り捨てたという所までは魔王の情報としてありふれていたが、それが赤い髪をしていたなどの詳細情報についても調べ尽くしているのだぞ、と彼にアピールし牽制する意味も含めたモノであったので、ある意味正しく意図は伝わっていたのだろう。
(だがそれがどうしたというのだ? まさか赤髪の少女を使ったことに腹正しさを感じて文句に来ただけで、最初から交渉するつもりはなかったとでも言うのだろうか?)
ウルジス王の頬に冷や汗が一筋流れる。
(そうすればあまりにも彼が大人げなさすぎる。……いや、実際、彼は大人ではないか。未成年の少年なのだ。そういう思考に至っても仕方がない。あまりにも相手を高く買ってしまっていたのか――)
などとあらゆる思索を巡らせる。
だが、結論としては――そうではなかった。
クロードはそこまで浅慮ではなかった。
しかし――そこまで深くも考える必要もなかったのだ。
「調べた上で、同盟を結ぶにあたって俺に必要なことが、そっちが提示した条件に含まれていると思っているのか?」
「ま、まだ足りないと?」
「そうだ。俺が求めているのはただ一つだ。それさえあれば他なんてどうでも良かったんだけどな」
クロードは立ち上がり、決定的な答えを突きつける。
「あんた達、俺の目的は分かっているんじゃなかったのか?」
ウルジス王は全てを理解した。
クロード・ディエルが求めているモノ。
それはただ一つ。
「ジャスティスを破壊すること……」
「そうだ。それしか目的はない」
故に、と彼はこう続ける。
「あんた達が提示すべきだったのは――ジャスティスに対抗する術についての情報提供だ」
ジャスティスに対抗する術。
彼が求めていたのはその一点のみ。
「で、ですがそれは二点目にて――」
「言ったよな? ジャスティスに関しての情報ではなくて『ジャスティスに対抗する術』だと」
ウルジス王は血の気が引く音が聞こえた。
聞き間違えではなかった。
聞き間違えだと思いたくて二点目だと主張した。
だが、彼はハッキリと否定した。
対抗する術、だと。
そのことがどういうことを意味しているのか。
(こいつ――どこまで知っているんだ!?)
目に見えて焦りを見せるウルジス王に、クロードは畳み掛けるように続ける。
「この数年間、ジャスティスの圧倒的な戦力によってルードの領土は徐々に拡大していった。確かにこれは事実だけど、でも徐々にっていう所がおかしいと思わないか、なあ?」
「ええ。その通りですね」
隣の銀髪の女性が相槌を打つ。
「我々『正義の破壊者』が現れるまではジャスティスへの対抗手段なんて話は上がったこともありませんでした。通常の兵器ですら歯が立たないモノだったのです。それ故に疑問点として上がるのが一つありますね」
「そうだ。ジャスティスが出現したのは数年前だ」
数年。
ここ数か月の話ではないのだ。
「それだけの期間――ウルジス国はどのように領土を守り続けたのだろうか?」
「そ、それはっ!」
思わず声を荒げるウルジス王。
「それは……資源や流通などを盾に、政治的な交渉をした結果で何とか……」
「圧倒的な武力の前にそんなことは通じるわけがない」
徐々にトーンダウンしていく彼の言葉はあっけなく一蹴された。
そしてそれは――正論だった。
「――さて、ウルジス王に訊ねよう」
クロードはウルジス王の机の前まで行くと、身体を乗り出しながら告げる。
「あんた達は数年間、ジャスティスの兵力に対してどのように対処してきたんだ?」
「……」
ウルジス王は口を噤む。
その質問への回答を紡がない。
誰も答えない。
沈黙が場を支配し、重苦しい空気が人々に圧し掛かる。
「――そういやさ」
唐突にクロードは振り返ると、銀髪の女性に問い掛ける。
「今日、ここに来るまでに色々と勝手にウルジス国観光させてもらったよな?」
「ええ。色々と興味深いモノを見させていただきましたね」
首肯する女性。
そこからクロードと女性は淡々と会話をする。
その話が進むたびに――ウルジス国側の人間の顔がどんどん青くなっていった。
「やはり商人の国だけあって、城下町は活気があったよな?」
「ええ。スラム街もなく、貧富の差もそんなに無いように感じましたね」
「水資源も豊富なようだしな」
「どの家庭にも蛇口をひねれば水が出てくるってよいことだと思います」
「ああ、そういえば――その時にたまたま訪れた赤い髪の家庭の周囲に何故か政府関係者がいたな。まるで見張っているかのように」
「はい。何故か銃器類を持っていましたね」
「この国って銃器類の所持って問題ないんだっけ? 記憶違いでなければ駄目だったはずだけど」
「禁止されています。間違いないです」
「うん。記憶はあっていたな。じゃあどうして政府関係者が持っているんだろうって思ったよな?」
「ええ。思いましたよね」
「だから――武器を製造している現場を探しに行ったよな?」
「すぐに見つけましたよね」
「見つかったと言っておこうじゃないか。まるで隠していたのを魔法を使ったかのようにあっさりと見つけたみたいな言い方になってしまうからな」
「そうですね。たまたまある所にあったら見つかったのですよね」
「そうしたら銃器以外もあったよな」
「ええ。とあるモノが幾つも」
(……すっかりと抜けていた……っ!)
ウルジス王はギリと歯を鳴らす。
唐突の訪問からいつの間にそんな所まで見ていたのか――というイレギュラーなことが起こっていたとはいえ、考えるべきだった。
この交渉においてもっとも隠さなくてはいけないこと。
それが露呈しないようにもっと配慮すべきであった。
――いや違う。
(あっちには――元ルード陸軍元帥のアリエッタがいたじゃないか!)
であれば『あのこと』は既にあちらに筒抜けであったと考えるべきであった。
今回の交渉で、最も重要であることを読み違えていた。
ウルジスという大国との同盟という大義名分?
『正義の破壊者』の金策支援?
ましてやアドアニアの支援?
――そんなものは必要としていない。
彼が求めているのは、ジャスティスの破壊。
ただそれだけだったのだ。
「もう一度言おう、ウルジス王よ。俺は『正義の破壊者』の代表、クロード・ディエルだ。目的は二足歩行型ロボット、ジャスティスを破壊すること。故に――ウルジス国と同盟を結ばない」
それだけ。
それだけのことに気が付かなかった哀れな王は、決定的なミスを、相手の口から聞かされることとなる。
「――ジャスティスを自国に所持することによって武力対抗していたウルジス国とはね」
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