交渉
第122話 交渉 01
ウルジス国。
軍事的に拡大してきたルード国に対し、ウルジスは商人が盛んに行き来し合う国、という特徴がある。
故に城下町では商人が我先にと声を張り上げ、自らの店の商品を売ろうと日夜汗を流している。
そんな賑やかしげな城下町が眼下に広がっているのを、毎日確認しては満足そうに頷いている男性がいた。
立派な髭を蓄え、小奇麗な格好で身を包んだ男性。
彼の名はウルジス・オ・クルー。
ウルジスの王である。
彼はザハルの中心部に建設されている城にいた。この城は階層をかなり高く建設されているので、上階の方になれば町の様子が一瞥できる。
この城は彼が作成したわけではなく先代が見栄の為だけに作らせたものだったが、それなりに気に入っていた。
高い所からは景色がよく見える。
自分が築き上げたこの景色を見るのは最高に気持ちがいい。
この景色だけは守って見せる。
「そう……何があっても、だ」
誰にも聞こえないように呟く。
民衆から彼は、清廉潔白で公明正大な王であると認識されている。
だが、実際は色々と手を汚している。
平和を保つには綺麗ごとだけでは生きていけない。
王とは常に背後に気を付けるものだ。
そして今も――
「っ!」
「お、王様!」
メイド服の女性が両手を上げ、はわわと焦ったような声を放つ。
突然の振り向きに驚いたようだ。
――という訳ではなく。
「……全く、付け入る隙がないよねー」
にやり、と女性は不敵な笑みを浮かべる。
その様相は先程の狼狽していた女性とは全く別物だった。
「後ろからあれだけ殺気を放っていれば分かるぞ」
「あー、今日もお給金は上がらないかー」
ちぇっ、と舌打ちをする女性。
彼女の名はフレイ。
王宮に使えるメイドでありながら、あらゆる闇と通じている女性でもある。
当初は王の命を狙っていたが、そのことを事前に察知していた王に捕えられ、命の保証と引き換えにそのスキルを十二分に発揮するように取引させられた。その際、王に「私の首に触れられたらその分だけ給金を上げてやろう。但し狙うのは日が出ている間だけな」と戯れの提案をさせられたので、一日一回、こうやって疑似的に王の首を狙っているのだ。
文字通り。
「ちょうどいいところだ。フレイ。聞きたいことがある」
「はいはいなんざんしょ?」
「魔王からの返事は何かしらあったか?」
彼はフレイに命じて、クロードをウルジス国に招くための書簡を使者に持たせて各国にばらまいていた。
その意図は二つある。
一つは、そのままの通りにクロードに対して書簡を届けさせること。クロードの所在はつかめておらず、どこにいるか分からない為、総当たりでやるしかないのだ。
もう一つは、各国に対し、クロードと交渉しているという意思を見せることだった。
ウルジス国は『正義の破壊者』と交渉する意図がある。
それだけでルード国に対してプレッシャーを与えられる。
加えて、ウルジス王はある政略を立てている。
その為には、クロードから何らかの反応が必要なのだ。
「んー、まだ何も来ていないみたいよ」
「もう使いを出してから一週間以上経っているが、流石にまだ無理か」
「無理に決まっているっしょ。派遣員だって別に赤髪の少女なだけでそういう探索スキルがあるわけじゃないんだから。むしろあっちから拾ってくれることが無い限り無理っしょ」
確かにそうだ。
派遣員にクロードを見つけてもらう訳ではなく『正義の破壊者』に気が付いてもらうことが前提の派遣なのだ。一週間で結果が出る方がおかしい。
少し逸りすぎたかな、と自戒した所で「そういや、国王様。こっちからも質問あるんだけどさ」とフレイが訊ねてくる。
「何で赤髪の高校生くらいの少女を条件に使いに出したのさ?」
探すのすっごい面倒くさかったのよ、と文句を垂れるフレイに、ウルジス王は口の端を上げる。
「魔王、クロード・ディエルには幼馴染がいたんだよ。赤髪の同年代の少女がな」
「へえ。だからどうだっての?」
「どうでもない。何かしら思う所があるんじゃないかと思ってだしただけだ」
「そんな理由で苦労させられたのかい。しょうもなー」
唇を尖らせるフレイ。
すまんな、と苦笑するウルジス王だが、実は他にも思惑があったことは口にしない。
赤髪の少女は、クロードの幼馴染であり、彼が魔王になるに辺り、切り捨てた存在ということは調べてある。もしその少女を想起させるような人員を派遣したことで何かしら反応がある場合は、その切り捨てた少女を人質に交渉するのもありだろう、と探りを入れる意味合いもあった。
王としての見方だが、本当に大切にしたいものは味方に引き込むのではなく、関係ない所に関係ないと思わせるような仕掛けをしたうえで遠くに置いておくべきだと考える。
実際にウルジス王には妻と子供がいるが、それは政略的に有力者の娘と結婚し、そこで生まれた跡継ぎというだけであって、何ら感情も持っていない。本当に大切であったら王宮に囲わず、追放なりなんなりで王政とは無関係な所で暮らしをさせていたであろう。
推定口調となっている通り、ウルジス王には本当に大切な人などいない。
王になる上で全て捨てた。
だがそれでいいと思っている。
王には弱点はいらない。
弱みは見せない。
度量がある様に見せつけなくてはいけない。
――そうやって、彼は生きてきた。
故にウルジス王は泰然自若にフレイに命じる。
「フレイ。進捗あれば教えてくれ。魔王のことだから思わぬ所から反応があるかもしれないからな」
「はいよー……あ、一応やっておかないとね」
軽く手を振ってその場を離れようとしていたフレイは立ち止まると、スカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「――では失礼いたします、王様」
そこには先程までの不遜な態度は何処にもなく、王に仕える淑やかなメイドでしかなかった。
その鮮やかな変貌ぶりにウルジス王は一瞬目を見開いたが、すぐに、
「うむ。これからも頼む」
と、堂々とした態度と共に言葉と共に踵を返す。
これからしなくてはいけないことがある。
クロードがこの国に来る前までにしなくてはいけないことは既に最終段階に入っているとはいえ、まだ見落としが無いかどうかを確認しておきたい。少しでも時間を使っておきたい。
「……」
底知らぬ不安感から、彼の歩幅が少しだけ大きくなった。
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