第120話 来訪 08
「……は?」
ソファベッドに寝転んだままのクロードは呆けた声を放った。
全く話についていけていない。
何故、アレインは全裸になったのだ?
しかもクロードの目の前で。
――いや、その答えは口にしている。
抱いてくれ、と。
「いや、ちょっと待て!」
「あ、あたしだって恥ずかしいんだから早く抱いてよ!」
「落ち着け! っていうか何を口走っているんだよ!?」
久々に叫んでしまった、とクロードは思考を別に向けようとするが、如何せん、視界には柔らかそうな彼女の肢体がちらちらと映ってしまうので、どうしても意識は目の前の彼女に戻ってしまう。
「アレイン、落ち着いて。ほら、深呼吸。すー、はー」
「すー、はー」
呼吸と共に彼女の豊かな胸元も上下する。
未成年には刺激が強すぎる。
(強く意識を持て、俺)
「……少し落ち着いたか?」
「あ、うん。ちょっとだけね」
これで落ち着くアレインもアレインだ。だが現状のおかしさに気が付いてまた暴走しないように言葉を重ねる。
「まず、どうしてこうしたのか、冒頭から説明して」
「えっと……まず、あたしの初めてを貰ってほしくて」
「よし分かった。こっちからの質問に答えてくれ」
思考能力がひどく落ちているのを察知したクロードは回答への道筋を変える。
「まず、誰に何を言われた?」
「ミューズに『へっへっへ……あたしがクロードに選ばれたってことっすね。こりゃアレインよりも先に女になってくるっすよ』って言われた」
「あいつに対しそんな感情で選んではいない。政治的な事情だ」
(……ミューズはきっと分かっていてこんな煽り方をしたのだろう。迷惑な話だ)
クロードは嘆息する。
「で、だから急いで自分がミューズよりも先に、ってことでここに来たのか?」
「うっ……」
「全く、アレインはそそっかしいな」
クロードはすっと立ち上がると椅子に掛けてあったマントを手に取り、彼女に羽織り掛ける。
「あ、ありがとう……優しいね、クロードは」
にへら、という緩んだ笑顔を見せるアレイン。
その表情は年相応の女の子らしくて、とても可愛かった。
「アレイン。君は可愛い女の子なんだ。こういう風に勢いとノリで大切なモノを失うような真似はしないように気を付けるべきだと思うよ」
「……ごめんなさい」
彼女はしおらしく頭を下げるが、すぐにガバッと顔を上げなおす。
「だけどね、考えなしとか勢いとか! ……いや実際そうだったわけだけどさ……で、でも何も考えていないわけでもないんだよ!」
潤んだ瞳でクロードを見つめてくる。
「私、そんなに頭が良くないからすっごく考えたんだけどさ、やっぱり思うのよ。――死ぬのって怖い、って。コズエの件から、ずっと頭にこびり付いていてさ」
ぎゅっ、と。
マントごと自分の身体を抱きしめるアレイン。
「コズエって喋らなくなっちゃったけど、でもコロコロ表情が変わる子で、私はとても好きだったんだ。ずっといると思っていたんだ。でも――死んじゃった。あんなに唐突に、死んじゃった。いなくなっちゃった」
涙声が混じってきた。
堪えるような声で彼女は続ける。
「でも、悲しいという気持ちもたくさんあったんだけど、それ以上に、みんなと唐突に分かれちゃうってことがすっごく怖くてね。そう考えたら、私、やりたいこと何もやっていないじゃん、って思ったのよ。食べたいものを食べるのも、贅沢したいっていうのも、あと――好きな人に好きだと伝えるのも」
「……そうか」
クロードは頷きを返す。
彼女が言いたいことも分かってきた。
行動原理も読めてきた。
だけど、敢えて彼女の口から言わせる。
吐露させる。
「私、クロードのことが好き」
アレインは真っ直ぐに彼の目を見てそう告白する。
「私達のリーダーになった時は、なんだか冷たい人、って思って正直好きじゃなかった。だけど、戦闘の最中にミスをした私を助けてくれた時から、ああ、かっこいいなあって思って、そこからずっとクロードの役に立ちたいと思っていた」
でも、と彼女は表情に陰りを見せる。
「私は戦闘では実際に役に立っているとは思えない。一般兵士とか攪乱とかは出来るけど、クロードが一番望んでいる『ジャスティスの破壊』ということは出来ない。役立たず。ライトウとカズマが羨ましかった……そして、戦闘以外で役に立っているミューズも羨ましかった。ウルジスに向かうチームにミューズだけが同行させられることも妬ましかった」
「……だからやれることを探した、のか?」
「そう。女の私に出来ることはもう一つ。――この身体をクロードに使ってもらうこと」
ふふ、とアレインは少し笑う。
「私も望んでいることだし、ミューズよりは色気があると思ったから、いけると思ったんだけどねえ……私も、好きな人とそういう行為をしないままに死んじゃうのも嫌だったから、この際にえいやー、ってね」
「えいやー、かあ……」
「でも自分自身のことばっかりでクロードの好みを考えていなかったわ。相手の気持ちを考えていない、最低な行動だね。ごめんなさい」
再び頭を下げるアレイン。
好み、というか活発で美人でスタイルも良い女性で、性格も暴走しがちな所はあるが真っ直ぐで裏表のないという彼女に対しては、好む人は多いだろう、というのが正直な感想だ。
そんな女性に迫られて悪い気はしない。
(――と言ってあげればいいのだが、残念ながらそんな優しさは俺にはない。決して経験ないからヘタレている訳ではない。俺は魔王にならなくちゃいけないんだ。そういう俗物的なモノにうつつを抜かしてはいけないんだ。そうだ、うん)
自己弁護を脳内で行い、頭を下げる彼女に対して話題を少しだけ逸らす。
「それより――怖いってことは、やっぱりアレインは不安なのか? ヨモツとの戦闘について」
「不安よ。だってクロードがいないもの」
(おう、ストレートに言ってきたな。これが告白した後の勢いの力か……ていうか告白の返事をしていないな。このまま押し切ってしまおう)
そんな下種なことを考えつつ、クロードは言葉を紡ぐ。
「本当はそっちに行きたかったんだが、政治的な事情でこちらに行かなくちゃいけないんだ。すまないな」
「ううん。分かっているわ。クロードにいつまでも頼り切りじゃいけないものね」
ふん、と気合を入れるアレイン。
すっかりと最初の羞恥は忘れてきているようだ。
――まだ裸マントという状態ではあるのだが。
更に忘れさせるように、励ましの言葉を掛ける。
「アレイン。ヨモツなんかにやられると思っていないからこそ、三人に向かわせた。本当に無理だと思っているならば全員でウルジスに行って、ヨモツはまた次の機会、という手段を取っていた。そうしなかった意味、受け取ってくれるか?」
「うん。分かっているよ」
「そうか。じゃあお願いをさせてくれ、アレイン」
本当は命令に近いのだが「命令」という言葉を使うと変な方向に行く可能性があったため、敢えて「お願い」という言葉を使った。
クロードは真っ直ぐに彼女の目を見て告げる。
「死ぬな。何よりも命を大切にしてくれ。いいな?」
「っ、うん!」
アレインの目から涙が一筋零れ落ちる。
かなり不安だったのだろう。
その言葉だけでも、彼女の心に安堵が生まれたのは目に見えて判った。
と、同時にクロードは反省する。
コズエを失って、悲しんでいたのはカズマだけだと思っていた。
――正確には、ひどく悲しんでいるのはカズマだけだと思っていた。
そうではなかった。
ライトウもミューズも、そしてアレインも、同じように傷ついていた。
そのケアを忘れていた。
不安になっていた。
そのことに気が付かなかったのは反省点だ。
(――甘い)
クロードは自分自身を叱責する。
見捨てるならばケアなどしないで切り捨てればいい。
見捨てないで利用するならば、利用するまで配慮を欠かすべきではない。
どちらも中途半端。決まり切っていない。
表面上だけで冷徹さ、非情さを装っていても振り切っていない。
(……これからどうしていくか、考えていくとするか)
結論は出たようで出ていない。
クロード自身も自分の態度の向く先を定められていないだけだ。
ただ、自分自身を見つめるいいきっかけにはなった。
(そのことに気づかせてくれたアレインに感謝だな。今ならば何でも願いを聞いてあげてもいい気分だ……そういえばカズマもライトウにも要望を叶えてあげたしな)
複雑な思考の末に少々気分を良くしたクロード。
だが、その思考がまたも足を引っ張る。
「そ、それでね。ね、ねえ、クロード。その一つお願いをしたいんだけど……」
心の中を読み取ったかのようなタイミング。
正直驚きしかなかったがクロードは心中でそれを押し殺して「何だ?」と訊ねる。
すると彼女は顔を赤くして人差し指をつんつんと合わせる。
「その、不安だから今日だけでいいから、このまま一緒に寝てくれない?」
「……え?」
「あ、違うの。抱いてくれっていうさっきのとは違って、その……クロードの傍に一晩だけ、手を繋いだ状態で寝かせてくれない? 隣で一緒に寝ているだけでいいの。手は出さなくてもいいの。繋いでいるだけで」
「普通は『手を出してもいいの』だよね」
思わずツッコミをしてしまったクロード。
全く何が違うのか説明が付いていない。
やれやれと溜め息を吐きつつ彼女に否定の言葉を告げるべく視線を向けた――その時。
「……」
クロードは見てしまった。
彼女は――震えていた。
寒いから震えている訳ではない。
恐怖だ。
先の言葉をずっと述べている時に、一瞬は収まっていたのだが、また思考が落ち着かなくなってきていたのだろう。彼女は小刻みに震えていた。
――不安だから。
この言葉に嘘偽りはなかった。
このまま放っておくか?
――クロードの中にはそんな選択肢はなかった。
先に悩んだ通りだ。
彼女のケアを怠っていた。
それはクロードの責任だ。
今、クロードの頭の中にあるのは次のことだけだ。
そんな彼女の震えを止めたい。
安心させたい。
ならばどうするべきか。
「……なあアレイン」
少しの逡巡の後、クロードは口を開く。
「正直に話そう。――今の俺に、誰かを好きになることも、誰かに対して愛を求めたりすることも、どちらも考えられない。アレインが悪いんじゃなくて、それは俺の気持ちで、魔王である俺の意思だ」
「……うん」
「だから、そういう行為はしない」
「……うん」
「だけど――君の望みは叶えよう」
「うん……えっ?」
クロードはソファベッドに移動すると左手の人差し指を自分の口元に、右手は彼女に向かって差し出した。
「今日だけだからな」
「……っ、うん!」
アレインはクロードの手を取り、そのまま二人は横になる。
(しっとりとした柔らかい手だな)
彼女の手を取った最初の感想はそれだった。
クロードは必死に思考をする。
邪な方向に行かないように。
視線が横の方に向かないように。
(……あ)
そして気が付いた。
後悔した。
言うことを忘れていた。
(「服を着てくれ」って、言うべきだったな)
少女の満足そうな鼻歌が聞こえる今、そのことを言うのは野暮な気がした。
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