第108話 分散 03
「聞いてくれ。俺の元に情報が入ってきた。次のジャスティスの出撃についての情報だ」
中央に大型の机とそれを取り囲む椅子が並んでいる、いかにもとある会議室のような場所。他には端の方にタンスが一棹と簡易的なベッドソファが置かれている簡素な部屋だが、実はこの場所は会議室ではなく、クロードの自室であった。比較的シンプルなうえにそこそこの広さを持っているため、幹部達の集いの場所として提供されていた。その為に先の机と椅子は中央部に鎮座しているのだが。
この場にいる幹部とはクロードを除いて四人。
長い刀を抱えている武骨な青年 ライトウ。
そわそわとした様子で部屋を見回している短髪の少女 アレイン。
パソコンを二台操作している少女 ミューズ。
虚ろな目をして黙り続けている少年 カズマ。
今のところは初期メンバーのみである。
その理由は、現状のメンバーのモチベーションのためだけである。
特にカズマ。
彼の精神状態は非常に危うい。
少し前まで無数の部下を取り仕切っていた線の細い少年の面影は残っていない。
剣呑な雰囲気を纏っており、今にも崩れそうだ。
だが、それを支えることも、崩すことも、誰にも出来ない。
なので扱いに少々困っている内情ではあるが、カズマが今までやっていた統率はミューズが代理としてやっており、一応は形を整えている。「カズマが作った土台に沿ってやっているだけっすけどね」というのはミューズの弁だ。
そんな危うい一本の縄の上を歩いている集団であるという事実を再認識せざるを得ない状況の中でクロードは先のように皆に告げた所、真っ先にミューズが反応する。
「それはどこからの情報っすか? まだ詳細聞いていないから分からないっすけど、あたしの所に無い情報っぽいすね」
「恐らく未確認情報だろう。その出所含め、後に話す」
そう答え、クロードはとある紙を皆の前に差し出す。
途端に、ライトウが眉間に皺を寄せる。
「……読めんな」
「そりゃそうだ。アドアニア公用語だからな」
アドアニアに住んでいたクロードは読めるが、他の四人はそうではない。もっとも、クロードの能力のおかげで会話は出来るのだが。
「で、結局何が書いてあるのさ?」
「抜粋して要約するぞ」
首を傾げているアレインをはじめ、どうやらここにいる全員は読めないらしいので、クロードは手紙に書いてある文字を指差しながら告げる。
『親愛なるクロード・ディエル様
ジャスティスを破壊している貴方に情報を提供します。
八月二日。
ガエル国ハーレイ領。
その日時、場所にて、ヨモツ・サラヒカが率いるルード空軍が襲撃を計画しております』
「ヨモツ……ッ!」
ギリリ、と歯が軋む音。
その発生元の黒髪の青年は、血走った目をクロードに向ける。
「あいつが……出てくる……」
「落ち着け、カズマ」
右手を翳して静止し、クロードは続ける。
「ということでヨモツ率いる空軍がガエル国に出軍する。今まで唯一、ミューズでも情報が取れていない奴の行動だ。空軍故に行動も早くて仕留められていない。だからこそ、この機会を逃す手はない」
「そもそもだけど、それは信用していいのか?」
「この手紙をか? ライトウはどう思う?」
「……俺か?」
質問した相手にそのまま問い返すという行為をされ、困惑するライトウ。だが真面目な彼は数秒沈黙の後に回答する。
「俺は、信用できないと思う」
「どうしてだ?」
「どうしても何も、こんな手紙を送りつけてくる奴の内容なんか信じられないだろう。敵の罠に決まっている」
「それは違うんじゃない?」
アレインが口を挟む。
「よく考えなよ。クロードがあたし達にこの手紙を見せてきたんだよ。信頼性がないものなんか見せてどうするのさ?」
「それはそうか」
「納得するの早いっすね……」
「――いや、俺自身、信用できないと思っているぞ」
え? とライトウ、アレイン、ミューズの三人が疑問の声を上げる。
「こんな手紙一枚で真偽判断なんて出来る訳がないだろう。本当にヨモツがこの場所に来るかなんて、誰も判断が付かない」
「クロードでもっすか?」
「そりゃそうだろ。俺を何だと思っているんだ?」
「魔王っす」
ミューズのその受け答えに笑いも、かといって怪訝な表情もせず「そりゃそうだよなあ」と淡々と述べてから話を戻す。
「とりあえず、この手紙は信用出来ない。だけど、無視するわけにはいかない」
「先遣隊を出す?」
「いいや」
アレインの提案にクロードは首を横に振る。
「先にも言った通り、ヨモツが率いる空軍は襲撃から撤退まで異常に速い。つまり『正義の破壊者』が襲撃を知ったとなれば尻尾巻いて逃げる可能性がある」
「確かに……だからこそここで叩いておきたいね」
「全員で行くか?」
全員。
ライトウの口にしたこの単語には次の意味が含まれている。
クロード。
お前は行かないのか?
「行かない」
クロードは答える。
ライトウの意も汲んだうえで。
「何故だ? 全員で向かう必要が無い相手だという判断か?」
「違う。ヨモツを決して侮ってなどいない」
「だったら――」
「――クロード」
ライトウの詰めの言葉を遮る声。
ミューズだった。
「その手紙の宛先、誰からっすか?」
「おいミューズ。今はそんなことを聞いているんじゃ――」
「ライトウ。あたしの勘なんすけど――答えは、そこにあるっすよ」
「答え? 何のだ?」
「クロードが同行しない理由っす――」
「その通りだ」
首肯するクロードは、もう一つ手元にとあるモノを掲げる。
「それは……?」
「これは『その手紙の入っていた封筒』だ」
「封筒?」
「そう。ただの封筒じゃないぞ、これ」
バン、と机に叩きつけるように置く。
「これには――『俺が同行しない理由』――『信用できないながらも書いてあることが無視できない理由』――そもそも『この手紙が俺の所まで届けることが出来た理由』が全て詰まっている」
その言葉にミューズがハッと目を見開く。どうやら真っ先に気が付いたのは彼女の様だ。
彼女はその封筒を――正確には封筒の端にある『あるモノ』を指差す。
「その紋章、っすね?」
「紋章……あっ」
他の人も気が付いたようだ。
紋章。
大鷲が羽ばたく様子を象ったエンブレム。
それが示す国名をミューズは言う。
「その手紙は――『ウルジス』からの手紙なんすね?」
「ああ。そうだ。しかも、ただの『ウルジスにいる人』からの手紙ということではない。それはこの署名を見れば判るだろう」
手紙の右下を指差す。
アドアニア語で書いてあったが故に、そうではない署名にも他の四人はあまり注視していなかったのだろう。
しかし、先の前提を元にそこに視線を向ければ、異常なことが書いてあることに気が付くであろう。
署名。
そこに綴られている名前とは――
「『ウルジス・オ・クルー』。ウルジスの王の名前だ」
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