深緑に熔ける靄
千里亭希遊
無色透明
有っても無くても、何がしかの偏見を受ける。
色持ち、色無し。
この世界は精霊に守られていると言う。
人は精霊の加護を得、その力を借りて魔法を使う。
守りを得た精霊によって人は体のどこかしらがその精霊の色に染まる。
人は必ず、何かの色を持って生まれる。
それが───イングリットにはなかった。
肌は雪のように白く、髪や虹彩や爪は透き通り、色が───皆無。
十八年前の魔物大反乱の時、ここガイゼリアでは色付きたちが英雄のように活躍した。
そのためかそれ以前からの因習か、この国では色持ちの方が持ち上げられ、色無しが蔑まれる。
遠い北の大陸では逆に、事案当時魔物たちが色持ちを狙っていると口々に喚いていたために、色持ちが忌避されているとか──。
ともあれ、イングリット程にも色が無い者などほとんどいないだろう。
彼女は───幽霊とさえ呼ばれていた。
その外見からなのか赤子の頃に職業ギルドの、よりにもよって冒険者養成所の前に捨て置かれていた。
身寄りなどがない者でも、その財源の殆どが寄付で成り立っている職業ギルドであれば育ててくれるとでも思ったのだろう──実際ギルドはイングリットを育ててくれた。
ただし冒険者といえば大抵が魔法を扱える者達だった。
色の無いイングリットには魔法がからきし使えない。
彼女を蔑む者は少なからずいた。
そいつらを見返すためにひたすらに剣技を磨いた。
彼女の腕は強化魔法を駆使する剣士たちを凌ぐほどになった。
そしてそれは僻みを呼び、ますます彼女は孤立する。
だから彼女は養成所が嫌いだった。先生たちは好きだけど、養成所は嫌いだった。
講義が無い間は街の外に広がる森に入って独り歩きまわるのが習慣になっていた。
森には獰猛な熊などの動物や、魔物すら棲んでいる。
けれどそれらはイングリットの敵ではなかった。
戦利品を持ち帰っては売りさばき、こっそり貯めこんでいる。
あと数年で卒業だ。そしたら、独りで生きてやる。
獲物である動物や魔物が逃げていかないように、気配を隠しながら街道を離れて森の中を徘徊する。
しかしイングリットはその日初めて、普通人が立ち入らない領域で人の気配を感知した。
木陰からそっと窺い見ると、そこには一人の青年が立っていた。
ばさばさで長さも乱暴な髪は明るい若葉の色。まつ毛や目も同じ若葉の色。爪すらも。それは──そうとう強力な加護を受けた証。
イングリットは無意識に警戒心を抱く。色持ちは敵のような固定観念がどうしても拭えない。
だが何だか見入ってしまう。そのまま動けない。
青年はゆっくりとその目の前にある大木に手を伸ばした。幹に触れ、俯く。
思いつめたような表情───。
イングリットはどれだけ彼を見つめていただろうか。はっと我に返ると、彼に気づかれないうちにとその場を離れた。
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